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第三話 秘密の特訓

目を覚ました瞬間、いつもより日が高く昇っているのを本能的に知覚した。案の定外を見れば、昼間際、それこそ昨日この街にたどり着いたくらいの時間になっている。


何も予定がないため寝坊とは言わないが、それでもこんなに眠っていたのはいつぶりだろうか。街中の宿という安置、クエストも仕事もなく、待たせる相手もいなければこんな時間まで眠ってしまえるのは、やはり旅の疲れが溜まっていたということなのだろう。


眠い目をこすりながら、それでも腹に何かを入れるために俺は渋々ベットから立ち上がり、宿の階段を降りた。


「…」


「あ、おはようセンフ。」


「おう、兄ちゃんか。随分と遅い起床だな。」


宿のロビー兼酒場となっているところに、ユアと店主がいる。店主は昨日、俺が部屋に戻る時もカウンターにいたのに、もう仕事に取り掛かっていた。


「…何でお前ここにいんの?」


「仕事だよ。今日は店で出す野菜を持ってきたんだ。」


「サボっているようにしか見えないぞ。」


ユアはカウンターの前に何か飲み物を置き、手元には本を持っている。おそらく昨日の件で、ユアにとっては罰ゲームである家の手伝いをしているのであろうが、少なくともこれで働いているというのは無理がある。


「…休憩中なんだ、ハニーさんがジュースを出してくれたんだよ。」


「それにしてはくつろぎすぎだろ。仕事中に本を読むな。」


明らかに仕事を放り出しているユアに対し呆れていると、そのそばで店主は笑っていた。


「まあそう言ってやんな。そもそもユアちゃんはあんたが起きるまでずっと待ってたんだぜ?」


「あ、ちょ、ハニーさん!それ言わなくていいから!」


店主の言葉に対しユアは焦ったように手を振る。商品の仕入れというのは、基本的に店を開く前、朝早いことが多い。ここ以外にも多くの店に食材やら何やらの仕入れをしているらしいし、朝早くから働いてはいたのだろう。


「待ってたって…お前まさか、昨日のこと諦めてねえのか?」


「いや別に…そういうわけじゃ。」

「ならとっとと仕事に戻ったらどうなんだよ。道草食ってる暇あるのか?」


「朝のうちに街中のお店は巡ってきた。仕入れ自体はここで最後だから問題ない。今日の手伝いは昼までなんだよ。今家に帰ってもまた新しい仕事を振られるだけし、ここにいる。」


「つまりここで時間を潰して、仕入れをしていたように偽装しようとしてんのか。」


「そこら辺はハニーさんが口裏合わせてくれる予定だ。」


ユアが店主の方を指さすと、当の本人はなぜかドヤ顔を浮かべる。相変わらず知り合いの娘が可愛いのか、変なところでこの店主はユアに甘い。


「…それで結局、ここにいる理由は俺に魔法を教わりたいからなのか?」


仕事をサボるだけの目的なら別にこの店でなくてもいい。そりゃ店主が融通を利かせてくれるとか、飲み物を出してくれるとかここでサボればいいこともあるのだろうが、帰りが遅いユアを見かねて両親が探しに来る可能性もあるだろう。にも関わらずこの宿にいる理由は、ただ休むためだけではない。


ユアは世界を知るために、さまざまな知識を得るために、旅に出ようとしている。だが魔法使いとしてはまだまだであり、俺の推測ではあるが、自分の身を守れないからという理由で、おそらく両親から一人で外を出歩くことを禁止されている。だからユアは魔法使いとして強くなろうとしているのだ。


「まあ、そうとも言えるな。」


「そうともってなんだ…」


「ちゃんと素直に言っときなユアちゃん。そこの魔法使いの兄ちゃんに魔法を教わりたいってよ。」


なぜか渋々、というか分かりきったことを頷かないユアを見かねてか、店主がユアの背中を優しく2回叩く。


「ここで誤魔化してもユアちゃんの願いは叶わねーぜ。なんせこの兄ちゃん、厳しいからな。」


「おい店主、どちらかといえば俺の方が普通だからな。」


店主の態度に呆れてしまい思わずため息をつけば、当の本人はそうかもしれないな、なんて言いながらまた豪快に笑った。


「…結局、お前は俺にどうして欲しいんだ?」


相変わらず視線を逸らしている目の前の少女に対してそう尋ねれば、最初は押し黙っていたが、しばらくするとその口を小さく開いた。


「魔法を教えてほしい。魔法使いとして強くなるために稽古をつけてほしい。」


「はあ、やっぱまだ諦めてなかったんだな。」


ユアがここにいる時点である程度察してはいたが、どうやら昨日の件について諦めるつもりがないらしい。


元々街の人間や両親の静止を振り切って、あんな山中まで一人で出歩いていたのだ。よく言えば行動力がある、悪く言えば無謀なのだろう。よく考えればそんなユアがたった一度俺に断られた程度で諦めるはずがない。


「昨日も言ったよな。魔法を教えるなんて面倒だって。俺が時間をかけて、お前に魔法を教える理由がないから無理だ。諦めてくれ。」


「見返りがなければ手を貸してはくれない、確かそうだったよな。」


「一昨日のことは気まぐれだ。同じように上手くいくと思うな。」


「…見返りならある、準備した。」


「昨日お前が言ってた、あの何でもするってやつか?」


「それは違う!昨日のあれは忘れろ!」


ユアは先ほどと同じように焦りながら、俺の方を睨む。ようやく青のオッドアイがこちらを捉えた。


「見返りってのは知識だ。センフはこの辺りを訪れるのは初めてだったよな?ならこの地域についてあまり詳しくはないだろう?」


「それはまあ…そうだな。」


生まれてこの方、様々な街を転々としてきたが、それでも世界というのは地図で見るよりもずっと、圧倒的に広い。


実際この街を訪れるのは初めてだったし、シアンが魔法協会の支部長としてこの辺りを管理していることさえ知らなかった。もしそんなことを知っていたら、すぐにこの街から出て行っただろう。


「私は生まれも育ちもこの街だし、近くにはよく出て行っているからこの辺りには詳しいんだ。だからこの地域について教える代わりに、魔法を教えてくれないか?」


「知識、ねえ。例えばどんなことを教えてくれるんだ?」


「この辺りの有名な街や特産品、危険な場所、そして冒険をするなら利用できる施設なんかだ。自慢ではないが、この辺りのことは調べ尽くしたつもりだ。何でも教えられるぞ。」


「…流石、知識を追い求めて旅をしようとしているだけはあるな。」


何でもというのは流石に誇張表現なのだろうが、それでもこの辺りについて詳しいのは事実なのだろう。


魔法使いとしては未熟なのに魔法に詳しかったり、ずっと旅をしている俺よりも植生について知っている。見境のない好奇心と十数年の時間が積み重なれば、それなりに有能な情報も多くあるのかもしれない。


「どうだ?中々いい提案だろう?」


「…」


頭の中でユアの提案とこれからの旅路について整理する。自分にとって利益になるか、その点が結局重要だ。


「却下だな。お前に魔法を教える気にはなれない。」


「…なっ、どうしてだ?」


「単純に等価交換になっていないんだよ。取引ってのは双方が需要を満たすことで、初めて成り立つもんだ。」


「つまり私の知識に価値はないということか?」


「そんなわけじゃない。ただ俺が必要としていないって方が正しいな。」


正直なところ、ユアの提案は俺にとって結構魅力的なものだった。旅をするにあたって周辺地域の知識があるかないかによって、その充実度や危険性は大きく変わってくる。ユアの知識に価値がないか、と言われれば躊躇いなく首を横に振れる。


「旅ってのは基本的に何も知らず、何もわからず進めることが多い。俺もずっとそうだった。別に旅先の知識がなくたってどうとでもなる。」


「でも旅先について知っていた方がいいんじゃないか。」


「それはそうだが…別にお前に魔法を教えてまで貰いたい情報でもないんだよ。」


これからこの地域で過ごすにあたりに必要な知識と、魔法を教えるという手間を考えた時に、どうしても後者の比重の方が重く感じてしまう。そもそも魔法を教えると言っても、何をすればいいかわからないのだ。


「ぐぬぬ…」


「お前、こええぞ。」


ユアは悔しそうに歯を食いしばると、なぜか俺の方を睨む。自分の考えが通らなかったことに対して思うことがあるのかもしれないが、その歯をこちらに向ける意味がわからない。


「兄ちゃん、あんたがこの街を出るのは、鍛冶屋に預けた自分の武器を受け取ってからだったよな?」


「早ければ明後日には点検が完了するらしい。その時になれば出ていくよ。」


「逆に言えば最低でも後3日、ここにはいるんだろ?その間は何か用事でもあるのか?」


「いや、特に。街を探索したりするつもりだが…」


「ならその空いてる時間、ユアちゃんに少しでも魔法を教えてあげてくんねえか?」


「おいおい店主、いくら何でもユアに肩入れしすぎじゃないか?」


あいも変わらずユアの味方をする店主に対し、思わずため息をつけば、店主は意外にも顔を竦めて少し気まずそうな顔をしていた。


「いや、今回ばかりは俺の事情だ。」


頬を膨らませて拗ねているユアを横目に、店主は俺の方に近づいてくると、手で口を隠して声が響かないようにする。


「…昨日兄ちゃんが出て行った後に、ユアちゃんのお母さんが来たんだよ。ユアちゃんが家に帰ってくるのが帰ってくるのが遅かったってな。」


「昨日の時点でバレてるのかよ。よく今日もここにいるな。」


「その時ユアちゃんはもう帰ってたんだが…お母さんに怪しまれててな。ユアちゃんのサボりを匿ってるんじゃないかって。」


ユアの親は中々に手厳しい存在らしい。まあ街を無断で出て行ったユアに対して手伝いという名の無賃労働を課している辺り、しっかりとしているとは思うが。


「んでユアちゃんは多分、兄ちゃんが魔法を教えてくれるまで毎日ここにくるつもりなんだよ。」


「ああ…」


昨日断られたぐらいで全く諦める素振りを見せなかったユアなら、明日も、明後日も、こうして俺がこの宿にいる限り、訪れることは想像ができる。俺に魔法を教えてもらうための取引内容を探し出し、毎朝交渉をしてきそうだ。


「手伝いの度にここへ寄ってたら、ユアちゃんのお母さんに感づかれちまうのは時間の問題だ。」


「ユアを追い払えばいいんじゃねえの?」


「そんなんできねえよ。一回断れば、次ユアちゃんが仕入れに来た時に悲しんじまうじゃねえか。」


「おい店主…あんたほんとさ…」


この店主がユアを大切にしているというか流石に緩すぎると思ったが、それを言葉にしたところで今更だろう。


「それだけじゃない。ユアちゃんを匿ってるのがバレたらエルスターさんに怒られちまう。俺の店、酒の類は大体あそこから仕入れてもらっているんだ。」


「要はユアを庇いたいけど、店の経営に打撃も与えたくはないから、俺に都合のいい役を引き受けてくれってことか?」


「頼むよ。俺からも報酬は弾ませてもらうからさ。」


「昨日はもう値段を引けないって言ってなかっただろ。」


「ちょっと都合が変わった。流石にエルスターさんところと取り引きできなくなるのはまずいんだ。」


店主は若干眉を下げながら、片手を手の前に上げる。


ユアを匿っていたくらいで取引がされなくなる、なんてのは中々考えにくい。だがここは街といっても小さな部類、そして店主とユアの両親は古くからの交友がある。


エルスターさんなんて敬称をつけているあたり、ユアの両親と店主の力関係はなんとなくわかる。


狭いコミュニティ、古くからの関係、それらを考えれば、気軽な罰ゲームのつもりで取引を打ち切るなんてのは考えられなくもない。


「なあ、ハニーさん。ユアと何話してるんだ?」


俺と店主がこそこそ話をしているのを不思議に思ったのか、ユアがひょっこりと横から顔を覗かせる。


「ああいや、兄ちゃんの宿泊のことでな。もし泊まる日数が長くなった時にどうするかっていうのを話しておきたかったんだ。」


「ふーん…ここに泊まる期間まだ決まってなかったんだな。」


ユアは若干不思議そうに首を傾げつつも、また椅子に座ってグラスを傾ける。昨日のシアンの姿と比べれば、やはりどこか子供のように見えた。


「これからの宿泊費を10ルイ下げてくれ。それなら引き受けてやる。」


「10ルイか…そんだけ引き下げたらユアちゃんに魔法、教えてやってくれるんだな?」


「あんまり気乗りはしないけどな。」


胸元にある青の巾着袋の中身は心許ない。治安維持部隊に見つかるリスクを冒してまで、昨日違法な賭けに手を染めたのは、ひとえに所持金に余裕がないからだ。ここで宿泊費が少しでも安くなるのなら、ありがたいことこの上ない。


「じゃあ昨日の分も含めて一泊175ルイに下げるよ。昨日貰った金の一部はまた後で返す。」


「交渉成立だな。」


俺は小さくため息をつきながら、店主に確認をする。人に魔法を教えるなんて面倒くさいことをする気は起きないが、金の力には抗えない。人は生きていくために金が必要だ。


「兄ちゃん魔法教えてくれるってよ。よかったなユアちゃん。」


「え、本当か!?」


「バッチリこの耳で聞いたからな。間違いないぜ。」


店主がぼーっと本を読み老けていたユアの方を振り返る。ユアは視線を上げると、カウンターから立ち上がりこちらの方へと向かってきた。


「センフ、魔法教えてくれるのか?」

「簡単なことでいいのならな。」

魔法使い五級…レベルとしては一番下のユアがある程度魔法を扱えるくらいに訓練するくらいなら、なんとかなるだろう。



ユアの実力を見てはいないが、適性が全くないのならそもそも魔法使いにすらなれない。


「どうして急に引き受けてくれたんだ?さっきまであんなに嫌そうにしてたのに。」


「気分が変わった。或いはお前のしつこさに負けた、っていうところだな。」


「しつこいって…」


「昨日断った時点で諦めないのは十分しつこいぞ。」


金のためと言ってもいいのだが、そこを深く掘り下げればユアの両親の話にまでつながるだろう。店主はユアにその話を隠したがっていたし、本当のことを話す必要もない。


「この街にいる間、魔法を使う機会もないし、体が鈍らないようにするためって考えたらちょうどいい。」


「…そうか、ありがとうセンフ!」


ユアはこちらの方にさらに一歩近づくと、両手で俺の手をぎゅっと握りしめる。その顔にはまるで無邪気な子供のように満面の笑みを浮かべていた。


…店主がユアを子供のように扱う気持ちがほんの少しだけわかった気がした。ユア・エルスターは幼く見える、ではなく、所々で本当に子供のように純粋なのだ。


「なんだ店主その目は。」


「何もない。気にすんな。」


「気にするなって言われると余計気になるんだけど…」


隣の方に視線を向ければ、なぜか店主は笑っていた。いや、どこか微笑ましそうに俺のことを見ていた、という方が正しいのだろうか。


店主がそんな表情をする意味がわからず、俺はただ首を傾げていた。



「…なあ、どこに向かってるんだ?」


「見たらわかるだろ。山だ。」


「いや、山なのはわかるんだけど…なんで山なの?」


追放4日目、時刻は昼と夕刻の境目ごろ。ソロの冒険者であるセンフ・カリスタは街娘のユアと共にバングスルーから飛び出し、近くの山を登っていた。


ユアによればどうやら今日の仕事は終わったらしい。正確に言えば仕事の時間は終わった…つまり、あの宿で時間を潰すことに成功したとも言い換えられる。

「練習をするならそれなりのスペースがいる。まさか街中でぶっ放すわけにもいかねえだろ。」


街中で魔法を使ってはならないという法自体はこの大陸にないが、それでも街によっては独自のルールで定めているところもある。


例えそんなルールがなくとも、街中で無意味に魔法を飛ばせば、周りの建物や住人に被害を及ぼす可能性だってある。街中では、大抵戦闘用に用意された広場で魔法を使うか、或いは周囲に影響に影響を与えないものを選ぶのが一般的だ。


魔法の特訓を、魔法使いとして旅を望むユアがその見を守れるくらいのものを教えるなら、当然街中で使えるものではない。だからわざわざ街を抜け、山の中へと入っていったのだ。


「このあたりでいいか。」


街を出てから半時間ほど歩いたところで、小高い丘の上に広い空間を見つけた。かつてドラゴンが荒らしたか、或いは崖際であるために元々木が育ちにくいのか。いずれにせよ好都合な場所だ。


「いつも使ってる魔法の杖は持ってきたか?」


「ああ、ちゃんと後ろに背負ってる。」


「ならそれ取り出してくれ。」


俺の少し後ろを歩いていたユアも広場の方に抜けてくる。ユアは背中に紫の布を被せた細長い袋を持っている。


肩にかけていたその袋を取り外すと、封を外してその中身を取り出す。中からは少し黒みがかった長い木製の杖が見えた。


「なかなかいいやつ持ってんな。どこで買ったんだ?」


「魔法使いの試験に合格した際に両親から買ってもらった。それまで使ってたものはお下がりだったから新しくってな。」


「ふーん…大事にしろよそれ。」


「言われなくともわかってる。」


ユアの杖は一目見たところ、ただ古びただけに見えるが、実際かなりいい木が使われている。年季こそ入っているが、おそらく職人の手によって端正に作られた上で魔法を打ちやすい構造に加工されたものだ。安い杖なら、10本は買えてしまうくらいの値段がするだろう。


「数時間もすれば日が暮れるし、もう始めるか。」


「はい、よろしくお願いします。」


俺がそう言えば、目の前にいるユアが珍しく丁寧な口調で頭を下げた。


「そもそもお前って何の魔法を使えるんだ?」


魔法にはいくつかの種類がある。炎、水、風、土、雷なんかの自然的な特徴を持ったものもあれば、魔法を防ぐ魔法、剣のように対象を切る魔法、分身を作る魔法など、作為的に開発されたものもある。ひとえに魔法と言ってもその種類は多岐に渡り、人によって向き不向きがある。


「あまり多くは使えない。普通の魔法弾と風を起こす魔法を使えるくらいだ。」


「ふーん…まあそんくらいあれば十分か。」


だが、魔法は基本的に2つか3つ操れれば十分魔法使いとしては生きていける。どちらかと言えばその魔法の威力や精度の方が遥かに重要だ。


「一回魔法弾をあっちに向かって撃ってみろ。」


俺は崖の先を指差す。飛び出して仕舞えば死んでしまうくらいの高さがあるその崖の先には、山々に囲まれた空間がある。


「あ、わかった。」


ユアが手元の杖を取り出し、崖の先の方へと向ける。


…やはり遅い。


魔法弾、何の特徴も持たないただ魔力を純粋にぶつけるそれは、最も基礎的な魔法であり、すべての魔法使いが扱えると言っても過言ではないものだ。


シンプルな構造に魔力をぶつけるだけという単純さから、魔法弾を放つ工夫というのは数少ない。故に魔法弾というのはそれだけで魔法使いの力量を見極められる。


ユアの場合、それをすぐに撃てていない。自分が持つ魔力をそのまま杖に還元できていないのだ。故に魔法弾を放つまでに時間がかかっている。


数秒の時間が経ち、杖の先から灰色の魔法弾が飛び出す。握り拳程度のそれはまるで風に揺られるかのようにフラフラと飛び立ちながら、崖の真ん中の方で爆発した。


「なるほど。」


「どうだ?」


「…うーん、まあ、あれだな。頑張って、いるな。」


「私は魔法の感想について聞いたんだが。」


ユアがじとーっと目を細めて俺の方を眺める。このまま端的に換言して仕舞えば、中々酷い物言いになってしまいそうなため、口を開けなかった。


「別に自分の魔法弾がダメなものだとはわかっている。魔法学校の実技の授業はいつもボロボロだったしな。」


この街娘の場合、レベルの高い魔法を知識として知っているために、知り過ぎているために、自分の無力さを自覚しているのだろう。


「別に今更何を言われても覚悟はできている。遠慮はいらないから改めて感想を聞かせてくれ。」


「…わかった。」


ここまで言われれば、言葉を覆い隠す意味もない。俺は手を広げて、ユアの方を向ける。


「まずチャージが遅い、自分の魔力をそもそも扱いきれていない。後弾が小さすぎる。あんな大きさじゃ魔物に当たらない。それに火力がない。当たったところでそれなりの強さがあるやつならノーダメージだ。後何より、杖を扱いきれていなさすぎる。」


問題点を一つずつ、指を折りたたみながら説明すると、ユアが若干その顔を縮こまらせた。


「…改めて欠点を並べられると、こう、中々くるものがあるな。」


「覚悟できてるんじゃなかったのかよ。」


「そのつもりだったが思ったよりも衝撃が強かった。」

自分の言葉が無神経になりがちなのは自覚している。やはり言葉に出さない方がいいのではないかとも思ったが、今回はユアから感想を聞かれたので仕方がないだろう。


「とにかく魔法使いとして強くなるなら、魔法弾の基礎から見直さないとな。」


「やっぱり、そこからか。」


ユアの場合、単純に魔力を杖に込められていないのが要因として大きいのだろう。生まれつき人によって魔力の大きさは異なるものであり、ユアはそこまで魔恵まれているわけではない。それでも先ほどの魔法弾はユアの持つ魔力を扱いきれていなかった。


「今のお前は体の中にある魔力を杖の中に押し込められていない。だから魔法弾を打つまでに時間がかかっている。まず魔法弾を速攻で放てることになるようにするのが最優先だ。」


「なるほど…確かに魔力を込めてから射出までいつもタイムラグがある気がする。」


「だろ?お前が魔法を撃つまで敵は待ってくれない。だから杖持ったら速攻で撃てるくらいにはしとかないとな。」


旅をするなら、自分で自分の身を守れるくらいに強くなるというのなら、魔法を錬成するのに時間をかけているのは論外だ。たとえ小さな魔法弾でもすぐに放つことができれば、小型の魔物くらいは簡単に追い払える。


「魔法をすぐに放てるようにするにはどうすればいい?」


「…知らん。」


「いや、え、知らないって…」


「理論的な話ではなく、ここら辺は感覚だ。とりあえずさっきのと同じように魔法弾をあっちに向かって500回打ってこい。話はそれからだ。」


「は、500!?いきなり何言ってるんだ!」


「この際威力はどうでもいい、早く撃つことだけ意識しろ。」


「おい、話は終わってないぞ!」


俺はユアの言葉を横目に、山の広場から森林の方へと歩いていく。ユアが何か言いたそうに俺を追いかけてこようとするが、しばらく歩けばその姿は見えなくなった。


魔力を杖に込めて、それを前に放つ。この一連のプロセスにはおそらく効率的な仕組みはあるのだろうが、それだけを知ったところで意味がない。いくら体を効率的に鍛える方法を知ってたとしても、トレーニングをしなければ机上の空論と同じだ。


山の中に小鳥の囀りが聞こえる。魔物が持つ濁ったような鳴き声ではなく、どこまでも響き渡りそうなほど透き通っていた。




空は快晴、山の中に吹き付ける風は昨日よりも暖かくなっているように思えた。 木の上は地上よりも風の流れを感じやすい。


山に来て幾分時間が経った。この大陸基準で言えば、1時間か2時間か。日はまだ沈むほどではないが、それでも先ほどよりは西の方に傾いている。


山間部でも街に近いこの場所は、おそらく治安維持部隊か大陸魔法協会の警備が行き渡っているのだろう。魔物の姿は一つもなくまさに平和そのものだ。


「…おいセンフ!何でそんなところで居眠りしてるんだ!」


その長閑さに思わず目を閉じた瞬間、下の方から俺よりも少し高いくらいの声が耳をつんざいた。


「おう、ユアか。随分と元気だな。」


「おう、じゃない!どうして私を放っておいて優雅に休憩してるんだよ。」


高さ数メートルの場所からでもわかるほど、ユアの顔が赤くなっていた。もちろん照れではなく怒り、いや、あるいは少し疲れの色も見えているのだろうか。


「人の事情に文句を言えるのなら当然、ノルマの500回はやったんだろうな?」


「…それは、まあ。いい感じにやったぞ。」


「はあ、いい感じね。」


ユアはバツが悪そうに目を逸らす。あの表情を見るに、多分やりきっていない。時間帯的に考えれば、多くても半分かそこらだろう。


「まあ別にいい。500ってのは適当だしな。数こなすのが結局重要だ。」


「適当って…教えるのを放棄しただけじゃないのか?」


「別にそういうわけじゃねえよ。実際、魔法弾は早く撃てるようになっただろ?」


「ああ、力をこめてからほんの少しだけ早く飛ぶようになった。」


「ならそれでいい。」


おそらく1秒どころ小数点以下の秒数しか早くなっていないだろうが、それでも十分な成果だ。


「魔法弾を撃つ感覚は慣れだからな。一定の出力を出すには時間がかかる。」


どれだけ優れた戦士であろうとも、魔法使いであっても、朝起きてすぐに万全の力を出すことは難しい。幾分準備をして、その上で初めて出力を解放できるのだ。200回でも魔法を撃っていればおそらく最初よりは魔法を撃つスピードが上がっているはずである。


「それでも500は多いだろ!サボるために適当な回数言ったんじゃないか!?」


「適当な回数ってのは間違ってないが、サボってはねえよ。」


俺はあくびをしながらも、ユアが来た方と反対方向を指差す。


「お前なら知ってるだろ。」


「あれは…空間生成の魔法か?」


「ああ、舞台準備。この辺じゃ、ライズカーテンなんて名前だったか?」


俺が指差した方向には、先ほどとは別の小さな雑木林が広がっていた。草が踏み倒されていたり木が折れていたところから、おそらくかつて魔物が棲家にしていた場所だ。


その場所には今、鏡のように透明なベールが壁として包み込むように張り巡らされている。


「専門じゃないからな。少しばかり時間がかかった。」


ライズカーテン、舞台準備と言われるその魔法は一定範囲内に密室を作り出すものだ。透明なため中を見ることは簡単だが、魔力に応じて壁を強固にすることが出来る。


大抵はそれなりの権力を持った人間が、自身の棲家を守るために使われることが多い。


「…お前、何者なんだ?空間魔法なんて普通の奴は使えないだろ?」


「生きてりゃ色々あるんだよ。別に空間魔法を生業として扱っている奴らほど上手くは扱えない。現にこうして時間がかかっているわけだしな。」


空間を保護する魔法は、魔力を込めて攻撃とする一般の力とは全く異なる性質のため、扱える者自体がごく少数だという。権力者を守る壁を作る、専門の職人がいるほどだ。


俺もほとんど扱えていないと言っていい。あの雑木林に作っている壁も、専門の人間なら15分程度で作れるだろう。かくいう俺の方はユアの元を離れてからかれこれ数時間が経っている。


「ちょうどいいタイミングで来たな。今し方壁の生成が終わったところだ。」


ユアと雑談を交わしている間に、舞台の準備が整った。俺は木の上から飛び降りると、その広場に向かって歩いていく。


「ついて来い。続きはこっちでやる。」


手を振ってジェスチャーを送れば、ユアはこちらの方へと小走りで向かってくる。透明な壁を外から開いて中に入ったところで、俺はユアの方に立ち直った。


「試しにあっちの方に魔法弾を撃ってみろ。」


俺は入ってきた方とは反対側の壁を指差す。一見何もない林の一部だが、光の反射によってわずかながら透明な壁が時折姿を見せる。


「ああ…わかった。」


ユアが手元の杖を握って、魔法を放つ準備をした。

杖の先から放たれた魔法弾は、やはり先ほどと同じように小さく、そして遅い。ふらふらっと風に揺られながら、やがて透明な壁に衝突するとその衝撃で爆発を起こした。


「とりあえず問題なさそうだな。」


「すごい…傷一つない。」


煙が消え去った後、爆発が起きた方を改めて確認すれば、壁にはヒビ一つ入っていない。これなら魔法弾が直撃してもすぐに壊れることはないだろう。


「じゃあ始めるか。ユア、杖を構えたままそこに立ってろ。」


「始めるって…何をだ?」


「訓練の続き、まあ、実践形式ってとこだな。」


俺はユアと反対側、先ほど魔法弾が直撃した地点の近くにある木の方へと向かう。


「パラノサモイア」


そう呟きながら力を込めれば、手元から灰色の魔力の塊が実体化し、球状を保ったまま広がっていく。やがて適当な大きさになったところで放り投げれば、それは徐々に形を変えて、四足歩行の獣…狼へと姿を変えた。


「今からそいつをお前にぶつけるから、魔法弾で倒してみろ。」


「は、え、どう。」


「ほらいくぞ。」


先ほど魔力の塊を投げた時と同じように手に握ったものを放り投げるような仕草をすれば、魔力の狼がユアの元へと突進していく。

ユアは呆気に取られたまま硬直していた。すぐに狼はその手元へと襲いかかる。ユアはようやく自分の身に向かってくるそれを認知し、まるで逃げるように尻餅をつく。狼はユアの元への辿り着き、その横をすり抜けた。


「本物なら死んでたな。」


「いや、あまりにも唐突すぎて頭の整理が追いつかなかった。」


「そんなんだと自分の身を守れないぞ。本当の旅じゃ待ったとかないからな。」


先ほど召喚したのは狼型の魔物、オオイヌだ。凶暴な性格ですぐに人を襲うため、危険性の高い魔物認知されている。今召喚した偽物は、身体能力や行動をある程度本物に寄せている。


「…あの魔法は?まるで本物の狼の様だったぞ。」


「召喚魔法って聞いたことあるだろ。それの派生系だ。魔力をうまい具合に動かしてるだけなんだけどな。」


「話には聞いたことがある。だが扱う奴を見たのは初めてだ。」


「こんなん金持ちの娯楽にしか使われねえからな。そりゃ当然だ。」


召喚魔法は魔力の消費が大きく、扱いも難しい。いくら獣とはいえ、ある程度思考体を持った生命を誕生させるのだ。生半可な力でできるものでもない。


「俺のも別に本物じゃねえし、弱い魔物の動きを再現するくらいしかできない。それでも、無為に杖を振り回すよりかはこっちの方が効率的だ。」


旅をする上で必要な力は結局、自分の持つ力を即座に引き出せることだ。どれほど優れた魔法使いでも、寝ている間に奇襲されれば多少傷を負ってしまう。魔法使いとして旅をするなら即座に魔法を放つ練習は必須だ。


「次の訓練は魔法弾でこいつを倒すことだ。できるまでやるぞ。」


「…ああ、わかった。」


ユアは俺の言葉を聞いてまた杖を握り直す。先ほどの呆けていた様子からは一転、その目は真剣そのものだ。


「パラノイサモア」


同じように手のひらに魔力が集結し、オオイヌの形となって地面へと降り立つ。


オオイヌの偽物はユアを捉えると、その瞳を睨んだ。ユアは杖をオオイヌの方へと向ける。一瞬の時間の後、魔物がユアの元へと飛び出した。それと同時に杖の先から魔法弾が放たれる。


その灰色の…先ほど壁にはなった時よりもさらに少しだけ早く射出された魔法弾は、身軽なオオイヌの横をすり抜ける。


そしてそのまま、オオイヌはユアの懐へ勢いよく飛び込んだのだった。




若干茜色が除いた空は、山に登ってきた時よりも数多の雲で覆われ、日の姿はその後ろへと消えていた。ライズカーテンの外側、悠々と聳え立つサンカスの木にもたれかかっているユアは、かなり疲れた様子だ。


あれから30分ほど、召喚した偽物の魔物を魔法弾で追い払う訓練をした。結論から言えば、その中で一度も、多少惜しい時はあったが、ユアの魔法弾が魔物に命中することはなかった。本物だったら多分10回は死んでいる。


「…はあ。」


ユアは小さく息を吐く。剣士が剣を振るように、戦士が斧を振り回す様に、魔法はそれなりに体力を消費する。


俺からすれば全然疲れる意味がわからないのだが、獣との戦闘なんていう、慣れない…慣れることに成れているわけがない訓練を連続でしたのだ。街娘には中々きつい運動なのだろう。


だがそれ以上に、ユアの表情には翳りがある…その理由は、おそらく魔法弾が一度も獣を追い払えなかったことへの失意だろうか。


「魔法を教えるのはいいんだが、お前の目標はなんだ?」


「目標?話しただろう。魔法使いとして一人前になり、旅に出るんだ。」


「それは最終的な到達点だろ。俺が聞いてるのはこの鍛錬の行く末だ。」


先ほどまで俺は旅の中で役立つ様な、実践的な訓練を施してきた。それはユアが旅に出たいからと、強い魔法使いになりたいからという願いを叶えるためだ。


だがそもそも強い魔法使いの定義がよくわからない。より上の階級になることなのか、それとも一人で旅をできるくらい力をつけるのか、或いは旅をするパーティーに雇ってもらえる人材になるのか、その終着点が見えない。


「一人前ってのは多分、お前の父親に認めてもらうことだろ?」


「正確に言えば両親だが…お母さんよりはお父さんの方が圧倒的に厳しいな。」


「ここで訓練をつけたとして、お前はどうやって父親に自分の力を認めさせるんだ?」


ユアの旅に出たいという言葉から、俺は勝手に旅をする魔法使いとして強くなるための訓練をしていたが、よく考えれば適切なものではない気もしていた。


「お前が旅に出れるくらい力をつけたとして、それをどう証明するつもりなんだよ。」


ユアの旅を阻害しているのは、ユアの父親の存在だ。会ったことがないため何も言えないが、ユアの話を聞く限り、結構厳しいのだろう。自分の娘が安易に旅を出るのを許さないくらいには。


「それは…」


ユアは顔の下に手を当ててうーんと、考え込む。


「まあなんかほら、いい感じに。」


「考えてなかったのかよ…お前らしいけど。」


元々後先考えず好奇心だけで山に飛び込むような奴だ。なんとなく察していた部分もある。


「魔法使いとしての技量の見せ方ってのは色々あるが…多分、俺が認めたから大丈夫です!とか言っても意味ないだろ。」


俺はそもそもユアの父親と会っていない。そんな奴から『あなたのお子さんは旅に出ても大丈夫です!』なんで進言されても何も意味がないだろう。というかそんなことしたら強さとか関係なく俺が捕まる。不審者って意味で。


「…まあ、多分なんとかなる。」


「お前のなんとかなるって信用ならねえんだけど。」


「お父さんは昔、そこそこ腕の立つ剣士だったらしい。お母さんは元々魔法使いだ。多分、力をつければあの二人にはすぐにわかるはずだ。」


「本当に大丈夫か?魔法使いの良し悪しなんて大抵、魔力で測られるだろ。いくら少ない魔力をうまく扱う技術…旅で使える技術を身につけて、旅の魔法使いとしての実力を手に入れたところで、そんなんわかる奴は少ないと思うぞ。」


「それなら心配あるまい。私の家は武器屋だぞ?旅人なんてどれだけ目にしてきたと思ってるんだ。」


「そういえばそうだったな。」


武器の街、バングスルーには多くの冒険者が訪れる。武器は冒険者にとって日常品だ。おそらくユアの両親は、いや、或いはユアさえ俺よりもずっと多くの冒険者を見てきているのだろう。


「なら、余計に頑張らねえとな。」


「…ああ。」


十分休憩も取れただろうと、改めて下を振り返れば、ユアは高品質な杖を手に握りながら、どこかその表情を暗くしていた。休憩が足りていないのかと思ったが、呼吸や体の動きを見るに十分動けるはずだ。


「どうした?」


「いや、何もない。」


「嘘つくなよ。なんで落ち込んでんだ?」


「…自分の不甲斐なさを実感したんだ。さっきの訓練の結果、中々に酷かっただろう。」


「そりゃ、まあな。」


言ってしまえばユアは魔物に対峙した時、一人で対処する力を持っていないということになる。そんな状況で街を離れても悲惨な結果は目に見えている。


「口では旅に出るとか、魔法使いとして強くなるとかそんな大事を叩きながら、何も進歩していない。本当に強くなれるのかと思ってな。」


ユアはその眉を顰めて、視線を地面の方に落としていた。杖を握る力が弱くなっており、若干それが傾いている。


「…はあ。なんか神妙な面持ちしてると思ったらそんなことか。」


「そんなことって…」


「その程度で、と言い換えてやるよ。お前の悩みは浅はかだって笑ってやる。」


どうしようもない、というかしょうもない、そんなユアの悩みに思わず俺はため息をついた。


「普通に考えて、1時間や2時間だけで強くなれると思うのか?お前は自分の実力不足を嘆いているみたいだが…そんなんわかりきってたことなんだろ。」


ユアは先ほども、いや、俺と出会った時からずっと自身に魔法使いの能力がないと言っていた。なぜ今更落ち込むのか理解できない。落ちこぼれ、才能がない、そんなの事実だっただろう。


「自分の努力が足りていないのもわかっているさ。たださっきのを見てると、これからどれだけ努力しても、自分が強く慣れない様な気がしてな。」


「ああ、そういうことか。それなら安心しろ。」


ユアはどうやら、自分の成長具合について憂いている様だった。なるほど確かに、それなら自身の実力を嘆く意味も多少なり理解できる。


「この世は残念ながら、実力を上げるための努力量は人によって不平等だが、0な奴はいないんだよ。どれだけ才能がなくとも、人は成長する…してしまう生き物だからな。お前だって伸び代は十分ある。」


成長を懸念すること自体が、間違っているが。


「相対的な評価よりも、自分がどれだけ伸びたかって方が少なくとも旅をするには重要だ。魔法学校と違って、旅人に成績はつけられないからな。」


「…確かに。旅にはテストなんてないもんな。」


魔法学校なんかは、個人の能力や魔法使いとしての実力で順番がつけられる。それ故に他者と明確に差があることを視覚的に認知してしまうが、旅は違う。


旅は一人ないしは少人数で行うものだ。仮にパーティーを組むとしても、その中に同じ役職はいても二人…むしろいる方が珍しい。そんな環境では相対評価なんてする意味がない。


「というかお前は多分伸びる方だぞ。」


「それは私が低い位置にいるからってことか?」


「いや、違う。お前には知識があるからだ。」


ユアがむすっとした表情で俺の方をまた睨んだ。だが、若干顔色が良くなっている様にも見える。


「おそらくお前は、俺よりも魔法の精度な種類に詳しい。…今も肌身離さず持っている、胸ポケットのノートには、叡智が存分に詰め込まれてるだろ。」


俺が体の方を指差せば、ユアはおそらくノートが入っている胸ポケットに触れる。


「つまりお前は結論…目標の形を知っているってことだ。」


ユアは魔法の完成系…いや、発展系を知っている。精度や魔法の種類に関してはおそらく俺よりも詳しいだろう。俺は魔法の勉強など一度もしたことがないからだ。


「人は研鑽を重ねれば成長するが、その手段が間違っていたり、方向を見誤れば目標には近づけない。」


努力は人を成長させるが、必ずしも結果になるとは限らない。そのやり方、量、或いは個人の実力。それらが合わさって努力は結果となる。


故にたどり着きたい目標を見誤れば、過程すらも異なり、意味のない時間を過ごすことになる。


「だがお前の場合、その知識を持ってすれば山の中で道に迷うことはあっても、努力の方向性を見誤ることはない。」


「山で迷ったのは関係ないだろ。」


「人生の方向にも迷ってるかもな。」


笑いながらそう言えば、ユアは不服そうに杖で俺の腹を突いてくる。当然痛みはなく、体にめり込みもしない。


「お前はただ他と比べて歩みが少し遅いってだけだ。歩き続ければいつかはゴールに辿り着く。その歩みが正しいものだと認識できるのって、大分便利なんだぜ?」


ユアはむしろ結論を知っている分、努力をすれば身を結ぶと確約されているようなものだ。ただその歩みが少し遅いだけ。


才能がないなんて言っているが知識でそれを補っている分、普通の人間よりもむしろ、魔法使いとしては適性が高いとすら言えるかもしれない。


「…歩き続ければ、私もいつか花開くと思うか?」


「多分な。確約できるわけじゃないが。」


ユアは俺の言葉に対して頷くと、改めて杖を握り直し、立ち上がる。


「休憩は大丈夫か?」


「ああ、もういける。続きをやってくれ。」


そう言ったユアの表情はほんの少しだけ凛々しく見えた。




歩み続ければいつか花開くというのは嘘ではない。だが美しく咲き誇る花ほど、開花が遅い。それでも強く生きる草木はいつかその実を開かせるのだ。


「パラノサモイア」


休憩後、数回目の偽物に向き合った時だった。


「はっ!」


ユアが持つ杖の先から魔法弾が放たれる。魔法学校では透明と教わる、何色にも染まることのできる基本的な魔法。俺には灰色にしか見えない様な、そんな魔法弾がオオイヌに向かって放たれた。


オオイヌは魔法を放つ杖の先を睨んでその体を横にひねる。しかし、先ほどよりもその魔法弾は素早く射出され、オオイヌの元へと飛び放たれた。煙があたりに立ち込めて、ドンッと小さな破裂音が鳴り響く。


しばらくして視界がクリアになれば、地面に瀕死の状態で横たわっているオオイヌの姿があった。


所詮これは魔法で作った偽の魔物…しかし、その習性や攻撃性はある程度本物を再現している。


「…やった。」


気絶したオオイヌの姿を見て、ユアが両手を握りしめてグッとガッツポーズをとった。よほど嬉しいのか、ぴょんぴょんと小さく跳ねている。


「ついにオオイヌを倒したぞ…」


「よくやったな。」


「到底できっこないと思っていたが、私でもやれるんだな。」


魔法使いとして、或いは旅人としては確かに小さな一歩かもしれない。ただ重要なのは、確実に前に進んだというその事実だ。


「んじゃ次は、数増やすか。」


「…は?」


ユアが信じられないものを見るような目で俺の方を睨んでくる。何か変なことを言ったのだろうか。


「聞き間違いか?私には今、数を増やすと聞こえたぞ。」


「バッチリ聞こえてるじゃねえか。間違いねえよ。」

ここで嘘をつく意味なんてないだろうと、ユアの方を睨み返せば、何か信じられないようなものを見る目をしていた。本当になんでだよ。


「そもそもオオイヌは群れを作るタイプの魔物だ。お前だって知ってるだろ。」


オオイヌは魔力を持つことで凶暴になってはいるものの、元々の性質は普通の狼と何ら変わりない。狼は複数匹で狩を行うのだ。


当然、こちらに襲いかかってくる時も大抵は複数匹と相見えることになる。


「オオイヌはむしろ、1匹ならかなり弱い方の魔物だ。複数を一気に相手取れる様にならなきゃ何も意味がない。」

「それはそうだが…いくらなんでも切り替えが早すぎないか?もう少し喜びに浸らせてくれ。」


「そんなことしてたら時間ないぞ。俺はもう3日もすれば街から出ていくからな。」


「…手厳しい、というか真心がないな。」


「俺にそんなもの求めんな。」


足元に転がっている杖の方を指差せば、ユアはどこか不服そうに顔を膨らませながらも、渋々とその杖を取り出した。


不満を訴えかけるようなその表情は、先ほどよりかは少し成長したかの様にも見えるが、俺からすればまだまだ子供みたいだ。


それでもユアはまた透明な壁の中でこちらへと立ち直る。壁に当たっても挫けない、止まろうとしないのは、ユアの長所だろうか。


目の前の純粋な少女に、少し尊敬の念すら抱きながら、俺は手元にまた魔力を込め始めた。


オオイヌを3匹に増やしたところ、1匹も倒せずユアがボコボコにされたのは、まあ意外ではないだろう。

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