第7話 北の森
この世界に転移してから3日目、かなりこの世界に馴染んでまいりました稲葉竜司改めラルフです。
本日も起き抜けに、聖樹へと恒例のお参りをした後に、しっかりと励んでおります。
「……よし、魔力は全快。身体の馴染みも上々だ」
掌を握り込み、指先まで満ちた魔族としての力を確認する。 昨日の今日で、拠点の様子は劇的に変わりつつあった。起き抜けに全回復した魔力を注ぎ込み、昨晩に引き続き**【伐採】【整地】【作付×2】**の農業コンボを発動。魔力の奔流が大地を叩き、無駄な雑木を払い、作物が芽吹くための柔らかな土壌へと瞬時に変えていく。
前世と同じく、食料が無くては人は生きていくことはできない。 魔法が普通に存在するこの世界では、農業は前世の常識とは一線を画す。生産に優れた女神派の君主は、こうして膨大な魔力と引き換えに、時間という概念を飛び越えて農地を創り出すことができるのだ。
本来であれば、農民が手が加わればもう少し生産量も増えるし、この生産量を維持することも出来るのだが、現状悲しい事に領民はゼロ、如何ともしがたい。
これで現在この拠点では
【食料生産】:0(200/月)
となって一ヶ月後には、200人分の食糧が手に入る計算になる。
食料1で、一人が一ヶ月生活できる。 まだ俺一人しかいないこの拠点において、200という数字は過剰に見えるかもしれない。だが、俺が目指すのは孤独な生存ではない。この森を統べる「国」の建国だ。
人が増えれば食料が必要になり、食料があれば人が集まる。 これからも、魔力に余裕が有ればどんどん農地は広げていきたい所だ。
さてと、まだ魔力にも余裕がある。昨日に引き続きレベル上げに向かうとするか。
国を興すと言うんだ。まだまだ強くならないとな。
「今日は、もう少し北を攻めてみるか」
拠点の整備を終えた俺は、己をさらなる高みへと引き上げるべく、北の森の深部――へと足を進めた。
昨日よりも明らかにオークの密度が増している。しかも、ただ数が多いだけではない。マップが捉える赤い点の動きは、軍隊のように組織的に動いている集団まで存在している。
昨日よりも、明らかに遭遇率が高い、既にかなりの戦闘をこなして来たが、やはり出現するのはオークばかり、おまけに
「……来たか」
前方に現れたのは、重厚な鉄の鎧を纏ったオークナイト、そして後方で禍々しい杖を掲げるオークメイジを中核とした7体の小隊、上位種まで現れる様になってきやがった。
「ちょうどいい、闇魔法の習熟度を試させてもらうぞ」
俺は指先を突き出し、昨日の『黒弾』をさらに練り上げるイメージを持つ。
「まずは、逃げ道を塞ぐ――【黒牢】!」
メイジを中心に、影が意志を持った蛇のように地面から噴き出し、檻となって奴らを閉じ込めた。レベル2に上がった闇魔法は、物理的な干渉力を増している。
「ブモッ!?」「ギギィッ!」
動揺するオークの部隊。そこへ、俺は右手を一閃させた。 放たれたのは、黒弾を極限まで薄く、鋭く引き伸ばした【黒刃】。
空気を切り裂く音さえ置き去りにし、黒い三日月が大気を滑る。 「……ガッ!?」 最前列の2体のオークの首が、バターのように容易く跳ね飛ばされた。一発の重みではなく、切断力に特化させた応用技だ。
「これなら魔力消費も抑えつつ、複数を相手にできるな。次は……こいつだ」
檻の中で魔法の詠唱を急ぐオークメイジ。俺は手の平に魔力を凝縮し、それを一気に「爆発」させるイメージで解き放つ。
「【黒炎】」
ドォォン! と、黒い炎が檻の中に充満する。それは熱を放つ火ではなく、対象の魔力そのものを喰らい、内側から焼き尽くす負の劫火だ。メイジの絶叫が、黒炎の中に消えていく。
「……ふぅ。発想次第で、一対多の戦闘もかなり楽になるな」
鉄剣を抜くことすらなく、俺は上位種の小隊を殲滅した。 『黒弾』の応用で生まれた【黒刃】の鋭さと、【黒炎】の面制圧力。これらは俺の戦術の幅を劇的に広げてくれた。魔法には発想次第で様々な使い方が出来る事を知れたのは大きい。
戦闘を終え、さらなる獲物を探そうとマップに目を落としたその時。
「……ん?」
マップの端に。多くの赤い点に追われる様に、移動する5つの白い点を見つけた。
「……逃げ回っているな。だが、囲まれるな……」
白い点は中立を示す存在だ、オークなどの魔獣とは違って話が通じる相手、すなわち人かエルフやドワーフなどの亜人を差す。
もちろん、場合によっては敵対関係にも為り得る存在ではあるのだが…
現状では、我が国の将来の領民候補である。
ここは、助けて恩を売っておくべきだろう。
それに、打算抜きで、困っている者、それを助ける力が有るなら、助けるのは当然だ。
「……もう、ダメかもしれない」
空を自在に舞うはずのフィアの翼は、いまや鉛のように重かった。
彼女の背後では、二人の姉妹が傷ついた足をひきずり、死に物狂いで森を駆けている。本来なら地上を走るなど我等にとって屈辱以外の何物でもないが、姉妹が戦いで翼に傷を負って飛べない以上、それを助け、いまは一歩でも遠くへ逃げることしか考えられなかった。
姉妹たちを見捨てて、自分だけ逃げるなんて考えられない。
「ハァ、ハァ……っ! みんな、頑張って! 聖域にまで辿り着けば!」
フィアは自分を奮い立たせるように叫ぶ。だが、その声は森の奥から響く、おぞましい笑い声にかき消された。
「ブモォォ、ブモォォォ!!ニガサヌゾ! 貴様らノ肉ハ、コノオレ様ガ美味シク頂戴シテヤルワァ!」
それは歓喜の咆哮。背後に迫るのは、これまで戦ってきたオークとは格が違う、巨体を重厚な漆黒の鎧に包んだオークジェネラル。そして、その配下の50体にも及ぶ精鋭軍団。
ジェネラルは、逃げる彼女たちをすぐに仕留めようとはしなかった。わざと背後から矢を放ち、足を狙い、転ぶ様を見ては下品な声を上げて笑う。まるで、獲物が絶望に染まりきる瞬間を、一滴残らず味わい尽くそうとする美食家のように。
「きゃあぁっ!」
仲間のひとりが羽を射抜かれて地に落ちる。
「ミィア!!」
駄目だ。逃げ切れない‥‥。ここで迎え撃つしか。 フィアは、傷の痛みも忘れ、背負っていた、風の魔力を込められた短弓を引き抜き、狙いを定めた。
「散れ、疾風の矢!」
放たれた矢は、風の刃を纏い、オークジェネラルの顔面目掛けて一直線に飛翔する。 だが、ジェネラルは嘲笑するように、大鉈の柄で軽々と矢を弾き飛ばした。
同時に、逃げ道を塞ぐように左右の藪からオークの重装歩兵たちが躍り出た。
「安心シロォ……。スグニハ殺サン。ソノ綺麗ナ羽ヲ一枚ずつ、生キタママ毟リ取ッテヤル。絶叫デ喉ガ潰レタ頃ニ、オークノ苗床トシテ、腐ルマデ使イ潰シテヤルワァッ! ブモォホホホホ!!」
完全な包囲網。フィアたちは背中を合わせ、震える手で粗末な弓を構える。眼前に立ち塞がるジェネラルの、山のような威圧感を前に、指先は感覚を失いそうだったが、それでも彼女たちは戦士だった。
「せめて、一匹でも道連れに!」
最後の抵抗とばかりに、フィアと仲間たちが渾身の弓を放つ。 放たれた矢は、オークのスカウト兵の鎧の隙間を縫い、肉を貫く。だが、致命傷には程遠い。ジェネラルはそれすらも愉しむように、低く唸っていた。
「フィア、ダメ、逃げて……!」
「ハッ! 誰ヒトリ逃サヌ! 泣ケ、喚ケ、絶望シロォッ! ソノ方が肉ガ締マッテ、喰ウ時ニ最高ノ隠シ味ニナルンダヨォッ!!」
オークジェネラルが、血に汚れた大鉈をゆっくりと振り上げる。その瞳には、弱者を蹂躙する愉悦だけが宿っていた。
フィアが奥歯を噛み締め、最後の一矢に風を纏わせようとした、その瞬間――。
森の温度が、一瞬で凍りついたかのように下がった。
「――五月蠅いな。豚の鳴き声は飽き飽きている」
【黒牢】
冷徹な、しかし心臓を掴まれるような低い声が響く。 直後、フィアたちの周囲から漆黒の影が噴き出し、彼女たちを包み込む「守護の檻」――となった。
「ブモッ!? コノ影ハ……ナンダァッ!?」
ジェネラルが吠える。だが、影の檻は彼らの槍や斧を無機質に弾き返し、火花を散らす。
「……え?」
フィアが驚愕して顔を上げると、影の檻の向こう側、オーク軍団の真っ只中に「それ」は立っていた。 漆黒のコートを翻し、オークジェネラルを汚物を見るような冷めた目で見下ろす、一人の男。
「50体か。……これだけの上位種がいれば、レベル上げの仕上げには丁度いいな」
男が指先を向けた瞬間、漆黒の三日月――漆黒の刃が放たれ、最前列にいた5体のオークの胴体を一気に両断した。
「ブ、ブモォォッ!? ナ、ナニガ起コッタァッ!?」
先ほどまで「狩り」を愉しんでいたジェネラルの顔が、驚愕に歪むのが判った。
フィアは息を呑み、その男の背中を見つめた。絶望の淵に現れたのは、神か、それとも――オーク以上の「最悪」を体現した悪魔か。
運命の針が、激しく音を立てて回り始めた。




