第2話 聖樹の森
さて、この世界で生きると割とあっさり決めたわけだが、まずは今後の方針を簡単に決めたいと思う。
……と言っても、大体決まっているんだけどな。
なんせ現実になったとはいえ、この世界の大本は戦略シュミレ-ションアゲーム、アウグスト戦記の世界に近い世界のはずだ。
基本的には、前世でやり込んだ知識を生かせるはずだ。
おれが寝る間も惜しんで嵌っていたゲーム「アウグスト戦記」、その世界観、システムをを簡単に要約すると
かつて、この豊穣の大陸アウグストは、あらゆる生命が輝きを放つ楽園であった。 天を駆ける竜、深い森に住まうエルフ、地の底を穿つドワーフ、そして平原を駆ける獣人や人族。多種多様な種族たちが、それぞれの文化を尊重し、分かち合い、共存する黄金の時代。
その安寧の礎となっていたのが、天の座にある三つの「理」だった。
一つは、「調和」の女神アステリア。 彼女は命に形を与え、清らかな地脈を巡らせて、大地に安らぎと農耕の知恵を授けた。
一つは、「進化」の武神ザクロネリア。 彼は命に牙を与え、競い合い、高め合うことで、魂をより高きへと押し上げる進化の熱狂を授けた。
そして中央に、万色の始祖竜。 彼は女神の「静」と武神の「動」が世界を壊さぬよう、常に天秤を水平に保つ「裁定」を司った。
この三者が鼎立する限り、世界は「正しき闘争」と「深き安らぎ」が巡る、完璧な均衡の中にあったのだ。
しかし、その平穏は内側から崩壊した。「進化」を司る武神ザクロネリアが、己の権能そのものに呑み込まれたのである。
武神は「裁定」を停滞と呼び、「調和」を弱さと蔑んだ。そして、人族の王たちにこう囁いた。 「戦え、奪え、喰らえ。闘争の果てにこそ進化が有り、その進化の先に神と至る道がある」
人族は武神の甘き毒に応じ、授けられた「権能」に手を染め、他種族の領土を蹂躙し始めた。
対して女神も、苦境に立つ他種族に自らの「権能」を与えて抗戦する。さらに、世界の均衡が崩れることを憂いた「裁定」の始祖竜も女神派として参戦。かつての共存の地は、神々をも巻き込んだ泥沼の戦乱の時代へと突入していった。
長きにわたる戦いの末、武神と始祖竜は相打ちとなって深い眠りにつき、女神もまたその力の大半を失って消えた。
そして、神々が遺した強力すぎる『権能』を与えられた『君主』たちが、互いの権能と土地を巡って争い合う。その日本の戦国時代を数倍酷くした様な乱世を統一し覇王となることが、このゲームの最終目標となる訳だ。
「まずは情報収集だ。ゲームの知識とこの現実の間で、どれだけ乖離があるか早い段階で知っておかないと命に関わるからな」
まずは、基本中の基本……君主コマンドってどうやって実行するんだ? てか、ちゃんと使えるのか? 使えないと、この世界での生存戦略は初手で破綻する。
俺は一度深呼吸をし、静かに目を瞑って意識を切り替えてみた。
(……来い!)
視界が暗転したかと思った次の瞬間、脳内にアウグスト大陸の広大なマップが鮮やかに展開された。
【メインメニュー】 1250年4月1日 【爵位:平民】 【本拠】未設定
祠数:0 金:0(+0/月) 食料:0(+0/月) 人口:0人
マップの上部には見慣れた日付と簡易ステータス。
右上には現在の勢力均衡を示すゲージ。
そして左側には【内政】【軍事】【外交】【調略】といった各種君主コマンドのアイコンが並んでいる。
「……よかった。画面構成はゲーム時代のものとほとんど変わってないな」
一瞬だけ安堵が走る。だが、すぐにその表情は凍りついた。 並んでいる君主コマンドのすべてが、どんよりとした灰色で表示され、選択を受け付けない状態になっていたのだ。
「やばい……どうなってる? 君主コマンドが使えないと、この戦乱を生き抜くなんて不可能。マジで詰むんだが……」
焦る指先で、虚空に浮かぶ【内政】のアイコンを叩くが、システム音すら響かない。 冷や汗が背中を伝う。
待て、ゲームの初期設定はどうだった? 何も持たない放浪君主が最初にすべきことは……
…… そうか!放浪状態では、まだ『領土』が確定していない。命令を下す基盤がないからコマンドが非活性なんだ。ならば、やるべきことは一つしかない
俺はマップ上の現在地、つまり自分が立っている『最果ての森』の座標を注視した。そこには、小さな「未設定」のマーカーが点滅している。
「拠点がなきゃ『命令』を出す対象がいないってことか」
俺は目を開け、目の前に佇む苔むした祠を睨みつけた。 この苔むした祠は、土地の地脈を管理する端末だ。これに触れ、俺の魔力で「支配権」を登録しない限り、君主としての権能はロックされたままなのだ。
この世界の君主達は、この祠を通じて地脈から魔力を汲み取り君主の権能を行使する。そんな祠が世界に数百と散らばっていて、その祠の所有権を巡って、君主達は日々血みどろの闘争を繰り広げている。
俺は迷う事無く古びた石の祠に、近づき触れたその瞬間、手のひらを通じて俺の中のなにかが祠の中に流れ込むのが判った。祠の奥底から激しい振動が伝わってきた。 石の隙間から溢れ出した青い光が、俺の腕を、そして全身を包み込んでいく。
――ピコンッ!
耳元で、聞き慣れたシステム音が響いた。 再び脳内に展開されたマップ画面。そこにあった変化に、俺は思わず微笑んだ。
【メインメニュー】 1250年4月1日 【爵位:平民】 【本拠】未設定→聖樹の森 【支配率1%】
祠数:0 金:0(+0/月) 食料:0(+0/月) 人口:0人
メインメニューに爵位が平民として記載されて、灰色だった【内政】のアイコンに色が灯り、【本拠】が「未設定」から「聖樹の森」に代わり、女神派の勢力を示す鮮やかな緑色へと塗り替わっていく。
「……ふぅ。一時はどうなるかと思ったが、なんとか『君主』として認められたみたいだな」
俺は安堵と共に、解放されたばかりのコマンドリストを注視した。 まだ【平民】ランクゆえに、爵位を上げなければ、有用な施設や堅牢な城郭の建設は選べない。
だが、ここからすべてが始まる。
「さて。まずは周辺状況の確認と安全確保、拠点としての体裁を整えないとな。」
改めてマップに意識を向ける。
大陸全土の勢力図を俯瞰する【大マップ】。 地域ごとの詳細な地形や拠点が反映される【中マップ】。 そして、自分を中心とした半径50キロ四方の動体をリアルタイムで捉える【小マップ】。
俺はまず、東部地域全体を映し出す中マップへと切り替えた。
このアウグスト大陸は主に5つの地域に分類される。 肥沃な土地が広がり人口が密集し栄えている、人族の本拠地といえる大陸中央の「中原」。 寒冷地で食料生産は少ないが、資源が豊富なドワーフや竜人が暮らす「北部」。 中原に次ぐ人口を誇り、農業に適した「南部」。 商業と海運が盛んな「西部」。 そして、人よりもエルフや、魔族といった亜人が多く住む「東部」。
今俺がいるのは、この東部地域のさらに東の端だ。ゲーム時代はマップに霧がかかり、魔境と呼ばれ攻略不可能だった地域だが、魔族である俺にとっては、最も活動しやすい場所と言えるだろう。
大マップで見ると、やはり大陸全体が「赤色」に侵食されているのがよく分かる。 武神ザクロネリアを信奉する君主たちの勢力だ。武神派の権能は武に関するモノに偏っているから、 それに対し、俺が選んだ「緑色」の女神派は、内政や農業に恩恵があるものの、現状では勢力図の1割にも満たない。
「東部地域の西側、中原に近い方は赤色ばかりだが……。俺のいるこの『聖樹の森』と西側の『魔境』周辺は、幸いにも支配している君主がいないな」
まさに辺境のなかの辺境。世界の果てだ。 小マップに切り替えると、中立を示す「白色」の反応がいくつか確認できた。これらは将来、領民となってくれるかもしれない村落や亜人たちだ。同時に、レベル上げの相手となるモンスターの「赤色」も適度に散らばっている。
辺境の上に、施設、領民はゼロからのスタート、決して恵まれた環境でのスタートとは言えないが、ここなら他の君主を刺激せず、じっくりと力を蓄えられる。
悪くない立地だ。
さあ、国造りの始まりと行こうか。




