第11話 接待
「……ありがとうございます。それでは、ありがたく頂戴させていただきます。」
コルネリアは鷹揚に頷きつつも、その視線はチラチラと、開いた扉の奥……俺の家の室内へと向けられていた。
どうやら、この家の室内が気になるらしい。
正直、聖樹の件で突っ込まれるのは勘弁してもらいたいし、施設の建築やら、経験値稼ぎなどやる事が山ほどある。今は、彼女達に構っている暇は無いのだが………
しかし、ここで近隣の大勢力である彼女達の機嫌を取っておくのも、悪くない気がする。女子高生軍団と血みどろの抗争とか御免だしな。
「……もしよろしければ、陛下たちも食べていかれませんか? ちょうど今から朝食にしようと思っていたところですので。あばら家ですが、精一杯もてなしますよ」
俺がそう提案すると、コルネリアは一瞬、隠しきれない好奇心で目をキラキラと輝かせた。だが、直後に「ハッ」としたように『ゴホン』と咳払いをひとつ。すぐさま厳しい委員長の顔を取り繕い、空中で腕を組み直す。
「うむ。そこまで言うなら仕方あるまい。わらわの娘の命を救った者の招待を受けるのも、女王としての務めというものだ」
「やったぁ! お兄様の家!」
「お母様、早く中に入ろうよ!」
娘たちが歓声を上げて俺の周りを飛び回る。 俺は苦笑いしながら扉を大きく開け、「どうぞ」と一同を招き入れた。
こうして、俺の接待が始まった。
一歩、家の中に足を踏み入れた瞬間。 コルネリアの「女王」としての仮面は、早くも音を立てて崩れ始めた。
「なっ……なんだ、この家は……!? 貴様、もしやここは異界なのか!?」
玄関のクッションフロアに足をついた瞬間、彼女はまるで氷の上を歩くかのようなおっかなびっくりな足取りになった。
辺境で 文明社会から途絶した彼女たちの目には、隙間一つない壁や、滑らかな床、そしてシーリングライトの放つ安定した明かりが、とんでもなく高度な魔導技術の結晶に見えているらしい。
「何もない家ですが、とりあえずソファーか食堂の椅子にお掛けください。」
「な、何もないだと!? 貴様、皮肉のつもりか! この隙間ひとつない平滑な壁、そして太陽を閉じ込めたようなこの光……これほどの魔導建築、わらわは見たこともないぞ!」
「わぁ~。お母様の部屋より綺麗です~。」
「素敵なお家です~♪」
「五月蠅いぞフィア、ミィア!はしゃぐでないわ!」
コルネリアは顔を真っ赤にして娘たちを叱り飛ばすが、その視線は部屋の隅々までキョロキョロと泳いでおり、彼女自身が一番落ち着かない様子だ。
そんな彼女達の微笑ましい会話を聞きながら、生産コマンドで生産した嗜好品の紅茶を出す。
お子様には、コーヒ-はまだ早かろうとの判断で、なんとなくだが紅茶にした。
芳醇な茶葉の香りが一気に広がった。
「……っ!? な、なんだ、この香りは。だがどこか落ち着く……。」
ソファの感触に怯えていたコルネリアが、身を乗り出して鼻をひくつかせた。娘たちも、吸い寄せられるようにテーブルへ集まってくる。
俺は人数分の木製コップに、淹れたての紅茶を満たして並べた。
「どうぞ。その器に入った砂糖を入れると、美味しいですよ」
「さ、さとう……? 」
コルネリアが怪訝そうに眉をひそめた。どうやらこの世界、少なくともこの辺境の地では「精製された砂糖」という概念自体が希少、あるいは未知のものらしい。
彼女はおっかなびっくり、木皿に盛られた白い粒を指先で少しだけ掬い、舌に乗せた。
「…………っ!? な、なんだこれは……! 脳が震えるような、この暴力的なまでの甘みは……! 果実の甘みとも、蜜の味とも違う……。」
「いえ、ただの調味料ですよ。こうして紅茶に溶かして飲むんです」
俺が手本を見せると、コルネリアは興奮を抑えきれない様子で、ドバドバと砂糖をコップに投入し始めた。娘たちもそれに倣い、小さな手で競い合うように砂糖を紅茶へ放り込んでいく。
「おいしーい! お兄様、これすごいや!」
「お母様、お口の中が幸せだよぉ……」
「ふ、ふぐっ……! なんという……なんという甘美な味わいだ……。わらわたちの知る甘味など、これに比べれば草の根も同然ではないか……。」
コルネリアは真っ赤な顔をして、震える手でコップを大事そうに抱え込んでいる。
女王としての威厳はどこへやら、完全に甘いお菓子を初めて食べた子供の反応だ。
現代人からすると、ただのありふれた、安っぽい紅茶と白砂糖に過ぎないが、厳しい環境に生きる彼女達にとっては、常識を揺るがす衝撃だったらしい。
「よろしければ、お替わりもありま………………。」
「お替わりを所望するのじゃ!」
食い気味に、コルネリアが空のコップを突き出してきた。 その後ろでは「「お替り~~♪」」と、娘たちが小鳥のように口を開けて待っている。
「は、はい。今淹れますから、あの……家の中で羽ばたくの止めてってぇえええ!?」
興奮のあまりパタパタと翼を動かす彼女たちのおかげで、リビングに猛烈な風が吹き荒れる。俺は必死にコップを押さえながら、お替わりの紅茶を用意しようとした。
だが、ふと強烈な視線を感じて、リビングの大きな掃き出し窓に目を向けた――。
「…………っ!!?」
そこには、無数の少女たちの顔がひしめき合っていた。 窓ガラスに鼻を押し付け、目を血走らせ、口元からはこれでもかと涎を垂らしている。 朝の光に照らされたその光景は、どんなホラー映画よりも恐ろしい。
「……どん、な……絵図だよこれ……」
俺の顔から血の気が引いていく。 どうやら、家の中に漂い出した「紅茶の香り」と「砂糖の甘い匂い」に引き寄せられて、外で待機していたハーピーたちが集まってきてしまったらしい。
見なかったことにしたい。今すぐカーテンを閉めて、現実をシャットアウトしたい。 だが、窓の外からは
「「…………いいなぁ…………」」
「「…………じゅるり…………」」
「お主等、はしたないわ!」
コルネリアがソファから立ち上がり、窓の外の部下たちを一喝する。だが、相手も空腹と未知の香りに理性を失いかけている猛者たちだ。
「えぇぇ~、お母様たちだけズルい~!」
「そう、不公平~~!」
「わらわたちにも、その『白い粉』を舐めさせろー!」
口々に不満を漏らす娘たちの叫びは、二重サッシ越しでもはっきりと聞こえてくる。
「ぐうぅ、お主ら………………。わらわ仕事なのじゃ!」
必死に女王の威厳で抑え込もうとするコルネリアだが、娘達からのクレ-ムが収まる気配はない。
(……やれやれ、これじゃ朝食どころじゃないな)
「陛下、もういいです。外の皆さんにもお出ししますから、その代わり、静かに並ぶように言ってください」
「き、貴様、本当によいのか!? この貴重なものを、これほどの人数に……」
「ええ、ただし器は使いまわしになります。うちはそんなにコップがないので」
俺の言葉を聞くや否や、窓の外の少女たちは「「「ヤッター!!」」」と飛び上がり、狂喜乱舞しながら玄関へと殺到し始めた。
「こら! 押し寄せるでない! 順番だと言っておるだろうが!」
コルネリアが慌てて玄関へ向かい、交通整理を始める。 俺はキッチンで、ひたすら【嗜好品】の生産スキルを連打し始めた。
(消費魔力50……50……50……クソ、なかなかの出費だぞ)
次々と湧き上がる紅茶を、差し出される器に注いでいく。
「ありがとうございますっ!」
「お兄さん、素敵ね~~~♪」
なんて声が飛んでくるが、俺の目は、急速に減っていく自分の魔力残量と、いまだに並んでいるハ-ピ-の列を交互に見て死んだ魚のようになっていた。
その間も、背後の魔導コンロでは香辛料をたっぷりと振りかけた魚がじっくりと焼き上がり、香ばしい脂の匂いをリビング中に充満させていく。
「あぁ……今度は、さらに暴力的な匂いが……」
「お母様……あのお魚、絶対美味しいよぉ……」
紅茶を受け取った先から、今度は焼き魚の香りに鼻をひくつかせ、リビングの奥をじっと見つめるハ-ピ-たち。
どうやら俺の「おもてなし」は、とんでもない収拾のつかない事態を引き起こしてしまったらしい。




