第9話 現地民
「キャ〜〜! キャ〜〜! お兄さん、本当に素敵ですぅ〜♪」
「お兄さんってどこにお住まいなんですか? 今度遊びに行ってもいいですか? いいですよね♪」
「ねぇねぇ、今度ミィアとお出かけしませんか♪」
「私、こう見えてもお料理得意なんです〜。助けてくださったお礼に、ぜひお料理を、振る舞わせてくださいっ!」
「あ〜〜♪ 溢れ出るその魔力、もう食べちゃいたいですぅ〜♪」
俺の周りでピーチクパーチクと、まるで女子高の休み時間のような騒がしさで盛り上がっているのは、さっきオークの群れから救った5人の少女たちだ。
最初は俺の姿を見て、身を寄せ合い怯えていた彼女たち。だが、深手を負っていた彼女たちをポーションで治療してやった途端、この有り様だ。
すっかり懐かれてしまい、今は俺の周囲を軽快に飛び回りながら、マシンガンの如きノンストップ・トークを浴びせかけてくる。
そう、飛び回っている。これは比喩ではなく、彼女たちは実際に俺の廻りを「飛翔」し、空中を自在に飛び回っているのだ。
そう、彼女たちは普通の人族ではない。
彼女達の種族はハ-ピ-。
前世の伝承やファンタジー小説の中では、ハーピーと言えば「子供を攫う邪悪な魔物」だとか「醜い怪鳥」なんてイメージで語られることが多かった。だが、このアウグストの世界における彼女たちは、そんな不名誉なレッテルとは程遠い、美しくも勇猛な亜人種だ。
見た目は、どこからどう見ても「翼の生えた女子中学生か女子高生」
平均身長は140センチ前後と小柄で、華奢な肩からはその身体に見合わないほど大きくて立派な翼が生えている。耳のあたりからは羽毛が覗き、足先こそ鋭い鉤爪になっているが、その肌は透き通るように白く、顔立ちは驚くほど整っている。
そんな彼女たちが、俺の頭上や左右をパタパタとホバリングしながら、先を争うように話しかけてくるのだ。
「ちょっとミィア! お兄様に近づきすぎよ! 翼が当たってるじゃない!」
「いいじゃんお姉ちゃん! だってお兄さん、すっごくいい匂いがするんだもん。」
「ねぇねぇ、そのコート、カッコイイね。触ってもいい? 良いよね? ……うわぁ、すべすべだぁ♪」
(……賑やかすぎる。この若さのエネルギー、ぶっちゃけオジサンにはキツイんだが……)
俺は苦笑いを浮かべ、営業スマイルという名の鉄面皮を維持して歩を進める。 彼女たちは警戒心が強い種族のはずだが、一度「味方」あるいは「圧倒的格上」と認めると、文字通り全幅の信頼を寄せてくるらしい。さらに、俺の持つ魔族としての膨大な魔力が、彼女たちの生存本能を強烈に惹きつけているのかもしれない。
「いいから! あなたたち、いい加減に落ち着きなさい! お兄様に迷惑でしょ!」
この隊のリーダー格らしいフィアが妹のミィアを叱りつけるが、当のミィアからは即座に反撃が飛ぶ。
「え〜〜! フィア姉だって、さっき『食べちゃいたい♪』なんて言ってたクセに〜!」
「なっ……! そ、それはっ……!」
フィアが顔を真っ赤にして言葉に詰まると、他の姉妹たちも「「「そうだ〜! そうだ〜!」」」と囃し立て、ミィアを援護し始めた。 ……本当に賑やかな連中だ。
「そろそろ暗くなるし、お前達そろそろ帰った方が良いぞ。もう、負傷も治って飛ぶのも問題無いだろ?」
俺はあえて、彼女たちと深く関わるのを避けることにした。 貴重な「この世界の第一遭遇者」ではあるのだが、会話の中で聞き捨てならない言葉が出てきたからだ。
彼女たちが度々口にする「聖樹」という単語。 彼女たちの暮らす岩山の南にあるという、部族が大切に守っている「聖域」。その話を聞く限り、どう考えても俺の拠点のすぐ隣にあるあの大樹のことなのだ。
正直言って、非常にマズい。 彼女たちから見れば、俺は「聖域に勝手に住み着き、森を切り拓いている無法者」に見えなくもない……というか、客観的に見ればそれが事実だ。
今は中立を示す「白点」だが、それは単に現状「敵ではない」というだけだ。何かのきっかけで、彼女たちの部族全体が「赤点(敵対者)」に変わる可能性は十分にある。 聞けば、彼女たちの集落には400人ものハーピーが暮らしているという。
(女子中高生400人の集団を相手に戦争なんて、絶対にしたくない!)
もしそんなことになれば、戦いの勝敗以前に、俺の良心の呵責がオーバーフローして死ねる。
ハーピーとの本格的な接触は、あの聖樹についてもっと詳しく調べてからにするべきだ。
「「「「え〜〜! ヤダ〜〜!」」」」
帰宅を促すと一斉に不満の声を上げる彼女たち。だが、フィアが姿勢を正して言った。
「……分かりました。ただ、助けられた御礼も何もしなければ、私が母上様に叱られてしまいます。とりあえず、まずは気持ちとしてこちらを受け取っていただけませんか?」
そう言って差し出されたのは、夕闇の中でも見惚れるほどに美しく輝く、七色の羽根だった。
「礼なら、さっきの賑やかなお喋りで十分もらったよ。気にしなくていい」
一度は断ったものの、彼女たちが今にも泣き出しそうな顔をするので、根負けして受け取ることにした。俺がそれを受け取ったのを確認すると、彼女たちはパッと表情を輝かせた。
「「「「「またね〜〜♪」」」」」
五色の翼が夕闇の迫る空へと一斉に舞い上がり、軽やかな笑い声を残して飛び去っていく。
(……あ〜、疲れた。オークとの戦闘よりよっぽどキツかったぞ……)
小さくなっていく彼女たちの背中を見送りながら、俺は深いため息を吐き、静寂の戻った森を拠点へと歩き出すのだった。
「ふぅ……今日は疲れた‥」
石造りの浴槽に肩まで浸かり、俺は思わず長いため息を吐いた。 窓の外には、月明かりに照らされて銀色に凪ぐ海が広がっている。手元には、生産したばかりの安酒が入った木樽。それをぐいっと煽り、喉を焼くアルコールの刺激を楽しみながら、俺は今日一日の出来事を反芻した。
「それにしても、森の彼方に見える岩山がハーピーたちの住処だったとは…」
今日ハ-ピ-の彼女達と出会った事で、今まで知り得なかった貴重な情報を幾つか知る事が出来た。
ゲ-ム時代でも、今俺が居るこの聖樹の森と西の魔境は、攻略不可地域であった為に俺はこの周辺の情報は、ほとんど何も知らない。
彼女達と話して得られた情報によると、
この拠点のある『聖樹の森』地域には北の森のハ-ピ-の他にも西の森にはアクラネの一族、南の草原地帯には獣人族の集落、そして東の半島の先には人魚族の里はが有ると言う事だ。
ザ・ファンタジー、といった面子だな。
彼らを「領民」として招き入れたいという気持ちがある一方で、最悪の懸念が浮上した。
彼女たちの話を聞く限り、どの種族もハーピーと同じく、この聖樹を自分たちの『聖域』として崇めている「守り人」的な立場らしいのだ。
「……不法占拠、なんてレベルじゃないな。」
冷静に考えてみれば、日本人が大切にしている由緒正しき神社に、どこの馬の骨かもわからん外国人が勝手に引っ越してきて、好き勝手しているのと同じだ。 俺がその神社の氏子なら、問答無用でブチギレる自信がある。実力行使も辞さないだろう。
もし、『聖域の不法占拠!』だなどとクレームを言われたものなら、四方から袋叩きにされかねん。
⋯⋯とりあえず、土下座で許してくれんかな?
四方の種族から同時に「聖域荒らし」としてクレーム(物理)を入れられれば、ランクCになった程度の俺では一瞬で袋叩きにされて終わる。
当面の方針は決まった。 「バレないように、しばらくは大人しくしておく」。これに尽きる。 新入社員が配属先で変に目立って、お局様や古参の社員に目をつけられないように振る舞う、あの「処世術」と同じだ。
ただ、一つだけ好材料がある。 彼女たちの話では、やはり北の森で『オークキング』が誕生し、勢力を拡大しているらしい。
ランク上げを兼ねて、まずはあいつらを徹底的に間引いておくか
これは「聖域を汚す不法占拠者」というマイナス評価を、「地域の治安を守る頼れる用心棒」というプラス評価に上書きするための、いわば先行投資だ。 地道にオークを殲滅し続ければ、ハーピーたち、ひいては他の種族にも恩を売ることができる。
「……それでダメなら、その時はもう本気の土下座だ。サラリーマンの本気の土下座をなめるなよ」
俺は空になった木樽を置き、お湯から上がった。 明日からは、レベル上げと治安維持という名の「接待営業」が始まる。
君主として君臨する前に、まずはこの地域の安定に貢献しなきゃならないらしい。




