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アストレオンの意思  作者: アストレオン


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〜01〜 はるか先の君へ…

全ての始まりです。

初回なので長めになってます。

拙いですが大目に見てください。

 あるところに、ひとりの“彼”がいました。


 彼は暗闇でした。


 静かで、どこまでも広がっていて、ただひとりでそこに佇む、大きな闇でした。


 その場所には、本当に何もありませんでした。

 時もなく、風もなく、名前のつくものはひとつもない。

 光さえ届かない、深い深い夜のような世界です。


 そんな終わりのない静けさの中で、彼はふっと気づきました。

──自分は、寂しいのだと。


 その“寂しさ”を埋めるように、彼は自分とは反対のものを生み出しました。


 それは光でした。


 冷たい闇とは違い、そっと触れれば温度を感じられるような、やわらかい光。


 光が生まれた瞬間、彼の世界は少しだけ変わりました。

 孤独の牢獄が、ふわりと緩んだのです。

 彼はそれが嬉しくて、その喜びをもう二度と失いたくないと思いました。


 だから彼は、“永遠”というものを創りました。

 光と闇がずっと一緒にいられるように。


 そして──彼は……。



────────────



――夢を見た。


 知らない少女に、ずっと呼びかけられる夢。

 聞いたことのない言葉を、途切れることなく投げかけられる夢だった。


 だが、聞いたことのないはずなのに、その言葉は妙に耳に馴染む。

 今もなお、胸の奥で木霊している。


「    」……


 発音しても音にならない、不思議な言葉。

 あの少女は、一体……何を伝えたかったのか。


 そう考えながら、彼はベッドに横たわっていた身体をゆっくりと起こす。


――王国の外れ、“暗黒街”と呼ばれるスラムのような区画に、彼は住んでいた。


 夢のことを反芻する彼の名はアトラ。


 闇に紛れ、音もなく依頼をこなすその冷徹さと鮮烈さ、

加えて素性を表に出さないその異質な雰囲気から、暗黒街のゴロツキたちに恐れを込めてこう呼ばれている。


“影渡り(シャドウ)”


 昨日も依頼を終えて戻り、彼は隠れ家のベッドで休んでいたのだった。


 起き上がってしばらく物思いに耽っていると、床に転がった仮面が目に入る。


 寝ている間に外れてしまったのだろう──


 このところ続くあの夢のせいで、寝返りも荒くなっていたのかもしれない。


「……この緩さじゃ、素性がバレかねない。気を引き締めないと」


 小さく呟き、仮面を手に取る。


 だが、アトラは気づいていない。


“素性を隠す必要がある”という焦りよりも、もっと根の深いところで、この仮面に妙な安心を求めていることに。


 鏡面のように硬質なそれを見つめると、自ずと表情も引き締まる。

 厳かで威圧的な意匠の仮面は、アトラ自身の素顔を塗りつぶすかのようにピタリと馴染んだ。


 眠りは浅かったが、体の疲れは幾分か取れたようだ。

 アトラは背丈を覆い隠すほど大きな黒いローブを羽織る。背丈をすっぽり包むほど大きな、深い黒。


 改めて、仮面を整える。

 しっかりと顔を覆っているのを確認し、ようやく一息ついた。


 扉を開いて外へ出る。


 朝霧の匂いが肌を刺した。


「……行くか」


 向かう先はいつもの場所。


 その背中にまだ、

少女の声だけが消えずに残っていた。


「     」


 音にならないなにかが、

心臓の内側で淡く響いていた――。




 暗黒街の中心部。

 国の中で最も悪が集まると言われたその場所の中心に、それは存在していた。


 中世を思わせる石造りや木造の建物が、街中心部の巨大な廃豪邸を核にぎっしりと乱立している。

 一つ一つがマンションのように複数階建てで、外観こそ古風だが、並び立つその姿はまるで高層ビル群のようだった。


 建物があまりに密集しているため、事情を知らない者が見れば、ここが王国の中心街だと錯覚してしまうかもしれない。


 しかしこの街では、道に一歩踏み出せば暴力・殺傷・略奪のいずれかに巻き込まれるのが日常。

 誰もが一度は命の危機にさらされると言われている。


 かつては位の高い貴族が統治していたが、謀反により統治者が消えて以来、街は荒れ果て、今の有様となった。


 アトラが歩く今この瞬間でさえ、盗人を捕まえリンチする者、刃物を構えカツアゲをする者の怒号があちこちで響いていた。


 治安があまりに悪く、何かよほど大規模な事件でも起きない限り、王国政府すら近づこうとしない。


……だがアトラは、そんな暴力の気配を感じ取っていながらも、まるで空気の一部であるかのように無表情で歩き続ける。

 普通なら身構えるところだが、彼にそういった“警戒”の色は見えない。それが逆に異様だった。






 アトラは荒々しい外観の建物にたどり着く。


 中心街の端に佇む酒場――その名も、<ギルド>。

 ボロボロだが、建物内の所々にある修復跡や、不揃いの家具などがその建物が生きてきた軌跡を感じさせる。


 騒がしい建物の奥にいるウェイターにワインを頼み、受付でとある証を差し出すと通されるのが“裏ギルドdiner”。


 表ギルドとは想像もつかないほど、厳粛な空気を漂わせている。


 古風でアンティークな装飾が施されていて、その趣のある店内は、何も知らなければ誰かの趣味部屋と勘違いしてしまうほど手入れが行き届いていた。

 だが、壁や柱には無数の傷跡が刻まれている。争いの名残だろう。


 暗黒街特有の荒々しさを隠し持ちながら、それでも高級レストランのような華やかさと緊張感を宿す異質な空間だった。


 実際、表と裏では集まる冒険者のタイプが全く違う。

 表には荒くれ者が多いのに対し、裏ギルドには専属の殺し屋や裏稼業の者たちが目立つ。

 雑多で粗野な表と、本格的で精悍な裏。見事に両極端だった。


 裏ギルドに入って早々、アトラは次の依頼を探そうと掲示板へ向かった。

 いつも通り無言で紙を眺めていると、その背後から肩を組もうとする男が近づく。


 肩に触れる直前――アトラは振り返りもせず、その手を自然と避ける。

 避ける、というより“そうなる未来”が見えていたかのような鮮やかな動きだった。


 結果、その男は勢いのまま掲示板へ頭を強打した。

 重厚な掲示板がガタガタと揺れ、その衝撃の強さを物語る。


「もう連れないじゃないかぁ! 君と俺との仲というのにぃ!!」


 掲示板に頭をこすりつけながらわめく男――むくろ

 裏ギルドナンバー2にして“無敵”の異名を持つ実力者だ。


 背丈はアトラよりわずかに高く、180近い長身。

 服の上からでも分かる厚い筋肉質の体つき。

 長い茶髪に整った顔立ち。

 もし生まれる場所が違えば、女性から引く手あまただっただろう…と容易に想像できる美青年だった。


 しかしここは暗黒街。


 白馬に乗っていそうな好青年でも、この街に住めば雰囲気に合わせざるを得ない。

 甘いマスクに似合わない、関節ごとにプロテクターを付けたカウボーイのような服装で、鋭い雰囲気を漂わせていた。


 理由は分からないが、骸はアトラを妙に気に入っており、こうして頻繁に絡んでくる。


 掲示板にめり込んだ頭を引き剥がし、帽子を直した骸は、何事もなかったように爽やかに笑う。


「久しぶりだな。なかなか苦戦する依頼を受けていて、今日ようやく帰ってこれた。実に数ヶ月ぶり……君が死んでなくてよかった……」


 ナンパめいた爽やかな笑顔で話し続ける骸。

……イケメン好きなら落ちるやつがいてもおかしくないが、なぜか矛先はアトラだった。


 アトラは特に反応も見せず、掲示板を見たまま無言。

 骸も慣れているのか、そのまま話を続ける。


「それにしても相変わらず色んな依頼があるよな。どれどれ……」


 骸は依頼書をパラパラと見ていく。


「うわ出たよこれ――『黒髪の人種クロビトの生け捕り』…。はぁ? またあの国教の連中かよ、胸糞悪ぃ…趣味わっる。こんなの貼り出してるギルドもどうかしてるだろ。」


 いつになく荒々しい口調。

 アトラは内心少し驚くが、それでも表には出さない。


「で、次は……『謎の大戦跡地の汚染調査』。あっはは、誰が行くんだあんなとこ。周りの黒い煙に近づいただけで即死、しかもここからとんでもなく遠い。報酬5倍でも行きたくないね。」


 呆れたように笑った骸は、次の紙へ視線を移し――思わず眉を寄せる。


「……おいおいマジかよ、修羅の獣の依頼、また増えてる……。掲示板の半分がこれって、もう“収穫祭”じゃん……」


 今日一呆れ顔の骸の嘆きをよそに、アトラは無言で一枚の紙を引き抜く。


「廃村周辺に大量発生した修羅の獣討伐依頼!」――そう書かれていた。


「……うわ、やっぱそれ行くんだ。ほんっと好きだね君。会う度に修羅の獣絡みの依頼しか受けてない気がするよ……」


 軽く引き気味の気持ちを抑えつつ、骸はニヤッと笑って帽子のつばをあげた。


「ちょうど今は2人だけだし、裏ギルドのナンバー1と2で勝負しようぜ!

――どっちが修羅の獣を多く倒せるか!」


 突然の提案にも動じず、アトラは静かに頷く。


 その頷きを見た骸は、アトラが手にしていた依頼書を戻させ、掲示板の中でも最多の討伐数――150体と書かれた依頼書を抜き取った。


「トップ2人が戦うんだ。もちろん、一番キツい依頼じゃないとな。」


 そう言って軽い足取りで、依頼受付へ向かっていく。

 そして2人はその足で、目的の獣出没地へ向かうため暗黒街の外へ向かうことにした。






 裏ギルドを出て、暗黒街を歩く。


「君との勝負楽しみだなぁ〜。ふっふっふ、君には申し訳ないけど俺は集団戦が大の得意なんだ。ダイナーの中で随一の実力を持つ君でも、さすがに俺には勝てないさ。」


 やかましい決めポーズを決めながら鼻高々に語る骸。

 目的地に向かう道すがら、会話に花を咲かせていた……と言っても、ほとんど骸が喋っていたが。


 歩きながら仮面の位置が少しずれたのか、アトラは無意識に手を上げて微調整した。


……別に誰に顔を見られたところで困るわけでもないが、この仮面を外して歩く気になれない。

 

 そんなアトラに気づいた骸が横目でちらりと見て、にやりとする。


「ほんっとキミ、仮面好きだよなぁ。暑くて蒸れるだろうに。」


 アトラは少しだけ視線を落とし、淡々と返す。


「……落ち着くんだ。理由は分からんが。」

「そっか。ま、似合ってるし別にいいけどさ。」


 軽く肩をすくめ、そのまま2人は歩き続けた。


 そんなやり取りの最中、2人の前を黒髪の少年と、明らかにガラの悪い男が走り抜けた。


 トラブルか……と見て見ぬふりを決め込もうとしたアトラに対し、骸は「またか」とでも言いたげに舌打ちし、その裏路地に向かって早歩きになる。


 アトラはその背を見て、

「ああ……また首を突っ込むんだな」

と言いたげに目を細めながら、静かにあとを追った。


 路地の入口にたどり着いた瞬間、少年の叫び声が響く。

 間違いなく助けを求めている声だった。


 先の様子を見ると、案の定ガラの悪い男が黒髪の少年に馬乗りになり拘束しようとしていた。


「悪く思うなよ坊主。《クロビト》のお前を教会に引き渡せば謝礼金がたんまり出るんだよ。」


 男はにやつき、少年の手足に教会支給の拘束具をはめていた。


「また金目的の人さらいかよ……ゴミが。」


 骸は吐き捨てるように言う。


 その声で男がやっと気づき、振り返る。


「なんだお前!このガキはやらんぞ!教会から貰える大金で、今度こそあの飲み屋のねーちゃんを俺のもんにするんだよ!」


 興奮しきっていた男はナイフを突き出すが、手は震えていた。


 骸は男の力量を一瞬で見抜き、片手をポケットに突っ込みながら挑発するように手招きする。


「どんなお涙な理由があるのかと思ったら……死ぬほどくだらねぇじゃねぇか。大した理由もない癖に、俺の前でダセぇことしてんじゃねぇよ。」


 骸の周囲が白く光を帯びる。


 男の威勢は一瞬で萎え、震えが強まった。


 そこへ――


「まだやってるのか、骸。」


 ローブを羽織った仮面の男――アトラが歩いてくる。

 その仮面が、薄暗い裏路地でわずかに反射する。


 骸の名を聞いた男は青ざめた。


「まさか……あの無敵の骸か……!?」


 顔色がみるみる青くなり、ナイフの震えは止まらなくなる。


「だったらどうしたんだよ。」


 骸が素っ気なく返すと、男の中でかすかに残っていた闘争心が完全に折れた。


「すみませんでしたぁ!!」


 絶叫しながら全力で逃げ去っていった。


 骸は肩透かしを食らい「ほんっとにダッせぇな」と吐き捨てため息を1つ。


 そして少年に向き直り、声色を柔らかくする。


「君、大丈夫かい?」


 地べたに横たわる少年は、涙を浮かべながら何度も大きく頷くだけだった。


 骸は安堵し、背中の武器の刃で拘束具を切り落とした。

 自由になった少年は涙をこぼしながら深く頭を下げる。


「グスッ……だずげでぐだざっで……ありがどうございまず!!」


「気にすんな。俺はこういうの見ると胃に虫が湧くほど嫌なんだ。」


 骸は軽く笑いながら言い、続けて少年に忠告をする。


「そんなことより、あのくだらない国教のせいで黒髪ってだけで狙われる。さっさと安全な場所に逃げな。」


 少年はもう一度深く頭を下げ、走り去っていく。


 その背を見届けた後、骸はアトラへ振り返った。


「時間を食ってしまって申し訳ない。気を取り直して目的の場所へ向かおうか。」


 帽子を被り直しながら言う。


「気にするな。……俺も、ああいう輩は好かない。」


 アトラは静かに返し、そのまま歩き出した。


 骸はその言葉に少し頬を緩ませる。


 アトラは歩きながら、ふと指先で仮面を押し直す。

――どうして自分は、ここまで仮面に執着するのか。

 歩くたび、胸の奥がざわつくような感覚だけが残った。


 それはまだ、彼自身すら知らないなにか大きなものの片鱗にすぎなかった。






中心街の高層建築群を抜け、舗装が途切れた先に広がる草原へ。


 かつてこの地を統治していた領主が物流用に整備したという一本の道だけが、延々と地平線へ伸びていた。

 周囲には遮蔽物ひとつない、ひどく開けた土地が広がる。


 常人なら丸一日かかる距離だが――裏ギルド〈ダイナー〉のツートップである二人の脚は速い。さらにアトラの持つ“魔道具”が、最短ルートを正確に示してくれる。


 そのおかげで、彼らは道のりをわずか二時間で踏破していた。


「……そろそろ目的地か。少し時間を食ったな」


 草原の向こうに視線を向けながら、骸が感嘆したように続ける。


「しかし、ほんとすごいよなその魔道具。修羅の獣の出没地域まで、距離も方角も、数まで教えてくれるなんて……ギルドにひとつしかないのが惜しいくらいだ」


 アトラが持つ羅針盤のような魔道具は、ただ方角を示すだけの代物ではない。

 修羅の獣限定で、その座標・距離・数、場合によっては“最短ルート”まで表示される。


“修羅の獣をギルド最多討伐し、かつC級以上を単独撃破した者に与えられる”――そんな条件付きの特別な品だ。


「……これ作った奴、修羅の獣がよっぽど嫌いだったのかねぇ〜」


 骸がそんな軽口を叩いた直後、遠方の地面がわずかに揺れた。


 どんよりとした風が2人を突き抜ける。廃村近く故と言うよりはもっと違う……異質な雰囲気を感じさせる。


 その雰囲気に全く押されず進んでいくと、草原の緑色とは違うおぞましい彩りが目に映る。


 四足歩行の獣の群れ。

 真紅の四つ目、紫の角。

 返り血を浴びたような全身の赤。

 軽量化された脚部に、不釣り合いなまでに分厚く鋭い爪と牙……。


 生存のための身体ではなく――“まるで殺戮そのもののために組まれた造形”。


 修羅の獣……その大群が眼下に広がっていた。


 骸がコンパスから目を離すと同時に、魔道具は「ルート案内終了」と表示し、続いて

『出現数 269体』

と、淡々と告げた。


「俺の目測だと二百ってとこだったけど……当たらずとも遠からず……か。想定より多くてめんどいな……ま、依頼受けたからには、やりますよっと。」


 骸は地形をざっと見回し、死角になる小高い盛り上がりへ移動する。

 二人はそこに姿勢を低くして足を止め、軽く身体を解して戦闘態勢へと入る。


 骸が背から取り出したのは、大人の両手ほどの刃が対になった“巨大ブーメラン”。

 二つに割れば二刀流の小刀としても使える――先ほど枷を切ったのも、それだ。


 骸はそれを胸の前で構えると、静かに息を整えた。


「さて。討伐数で勝負な。……負けたらどうする?」


 アトラは骸の一歩後ろで、ただ無言で手を握り込む。

 すると次の瞬間――何もない空間に黒い霧が滲み、そのまま刃へと凝固し、アトラの手に収まった。


 まるでそれが“自然な形”であるかのように。


「……飯を奢るのはどうだ」

「決まりだな。行くぞ!」


 骸はいの一番に接近し、勢いよくブーメランを投げ放つ。

 刃は弧を描き、獣の脳天を正確に両断し、そのまま軌道を変えずに骸の元へ。


 倒れた獣に気づいた周辺の個体が、骸を見つけて同時に飛びかかる。

 骸は戻ってきたブーメランをキャッチし、流れるように跳躍。

 飛び上がった骸には噛みつけず、勢いのまま地面に突っ込む獣。

 その背を踏み切りに、骸はさらに高く跳ぶ。


 滞空した一瞬、骸は二体のうち片方へ再びブーメランを投擲。

 獣の首を清潔に両断した刃が勢いのまま地に刺さる。


 残った一体が再度跳びかかってくるが、骸はその方向へ手を向けるだけだった。


 地に刺さっていたブーメランが、まるで糸を引かれたように急加速して飛び上がり――

 通りざまに獣を真っ二つにし、骸の手に戻る。


 わずか数秒で三体を仕留めた骸は、どこかドヤ顔で振り返った。


……だが、アトラの足元には“すでに五体分”の死体が転がっていた。


 切断、貫通、打撃――形はバラバラだが、どれも即死級でとても荒々しい傷。

 なによりアトラ本人は、骸のドヤ顔など一切見ず、ただ遠くの獣の大群を静かに観察している。


 骸のドヤ顔がガラリと崩れた。


「いや……ちょっとは見てくれよ……」


 苦笑しつつ骸もアトラと同じ方向へ視線を向ける。


 アトラの横顔は、淡々としているのに――どこか奇妙だった。


 常人では気づくことができない、目立たず静かに滲みよる違和感を骸は感じ取っていた。


(……やはり、今日のこいつ……少し“違う”…ひょっとしたら…)


 わずかな違和感が、草原の風と一緒に骸の胸を掠めていった。







 どれだけの時間が経っただろうか。


 縦横無尽に獣を狩り尽くす二人。


 数時間後には、地面を完全に覆い尽くすほどの“赤黒い海”が広がっていた。


 獅子ほどの巨体が200を超えて転がっているのだから、足の踏み場などほぼ無い。

 その死屍累々の中央に、軽く息を乱す骸と、まるで散歩の後のように微動だに疲労を見せないアトラが立っていた。


 草原は平坦ではないため遠目には分かりづらいが、明らかに殲滅は完了していた。


 念のため魔道具を確認すると「生体反応、ナシ……」の表示。

 その瞬間、アトラはようやく警戒をわずかに緩めた。


「だぁー! 畜生! 50体差で負けたぁ!! お前狩るの早すぎるって!」


 表ギルドの冒険者なら、あれだけの数の五分の一を倒せれば年に一度の大金星だろう。

 だが、この男が競っている相手はそんな比ではない。

 ここまで戦果を挙げても、骸にとっては悔しさが勝っていた。


「それにしても、その武器相変わらずすごいね…。

切れ味もだけど、途中で打撃にも遠距離にも変化できるなんて、反則級だよ」


「大したことはない。

どれを使っても――単に、獣との戦闘経験の差が、この速度の差になっただけだ」


 武器とアトラ本人の技術に感嘆する骸へ、淡々と返すアトラ。

 黒い刃は静かに霧へ戻り、大気に溶けて消える。


 その態度だけを見れば高慢そのものだろう。


 だが、骸には分かっていた。


 アトラの言葉はすべて“自分への戒め”であって、骸を貶める意図は一切ないことを。


 直後、骸は呆れと賞賛混じりな顔をしたが、すぐその意味に気づき、少し寂しげに笑った。


「さて帰るか……。君にメシ奢らなきゃだしな」


 血を拭い、武器を背にしまう骸が歩き出す。

 アトラもついて行こうと踏み出した――その瞬間。


「バゴン!!」


 軽さと重さが混在した妙な爆裂音。

 土が雨のように降り注ぐ。

 あまりにも大きな音に、二人は即座に振り向いた。


 そこには――


 常人の三倍はあろう巨躯の獣が、死体の山を蹴破って姿を現していた。


「は!? どういうことだよ!

さっき“全滅”って出てただろ!」


 骸の声は動揺でわずかに震えている。

 アトラは無言で魔道具を確認した。


 赤文字の警告。


「緊急!獣出現! 等級B! 等級D・50体! 撤退/応戦 至急選択セヨ!」


「……こいつが、ここまで激しく警報を鳴らすのは初めて見た……」


 珍しくアトラが動揺を露わにする。


「……!! おい待て。あのデカいヤツ、角が三本あるぞ……

まさか……B級!? 嘘だろ、伝承の類じゃなかったのかよ!」

「知っているのか?」

「昔、本で見たことがある。

百年以上前、突然王国にB級が現れて……王国総戦力と“刺し違える形”でようやく倒したって話だ。


特徴は――D級に見られる四種の形態、そのうち三種の能力が一体に発現してるらしい。

しかも魔力、筋力、知力、全部が常識外れに発達していたそうだ」


 骸は明らかに動揺した声で続ける。


「文献通り─頭の三本角と……その一本が湾曲してるから“司令塔種”。

胸から首にかけて巻く巨大な角は“魔法特化型種”。

あの隆々とした体躯は“近接特化・二足歩行型”。

下半身に四足の兆候が無いから……三種融合型で間違いない」

「……弱点は?」


「……すまん。

本の後半が破かれてて……そこは、分からなかった」


 骸は罪悪感から目を逸らした。


 アトラは何も言わず。

 ただ、混成B級の動向を一瞬たりとも見逃すまいと、静かに構えを整える。


 その時――


 B級は腹部の巨大な口で咆哮を上げた。

 轟音と覇気が地面を揺らし、

二人は後ろに吹き飛ばされそうになる。


 地が柔らかくなった瞬間、死体の下から四足歩行型が大量に現れた。

 ざっと目算で――50体。

 魔道具の表示通りだった。


 アトラは咄嗟に骸の前へ半歩進み出る。

 短い双剣を二本生成し、構えたまま問いかけた。


「なぁ。

お前が見た文献には――

“脳と心臓の数”について何か書いてあったか?」

「え……?」


 不意の質問に骸は目を瞬く。


「少なくとも……複数という記述は無かったはずだ。

いつも通り──いや、人間と同じ、“脳ひとつ、心臓ひとつ”……のはず」


 その“いつも通り”という言葉を聞いた瞬間。


 アトラは骸の説明を途中で断ち切るように、

 咆哮を続けるB級へ――


 無言で疾走した。

 B級へ接近する途中、アトラの前に4足のD級が2体立ちはだかった。


 走りながら左手の刃を手前の1体の頭部へ振り下ろす。

 脳天が貫かれた獣は力を失い、倒れかける。

 アトラは刺さったままの刃を支点にハンドスプリングのように身体を回転させ、そのまま獣を飛び越え着地した。


 着地した目の前にはもう1体。アトラは落下の勢いを殺さずもう一本の刃を脳天へ叩き刺す。

 倒れゆく2体の姿を振り返ることなく、アトラは縮地で一気にB級へ距離を詰めた。


 接近の最中、霧を三叉の槍へと変形させる。

 咆哮をあげる腹部の口――その奥の喉へ、槍を突き通した。


 腹部を穿たれたB級が絶叫する。

 怯み切ったその隙に、アトラは刺さった槍の柄に飛び乗り、さらに跳躍。


 アトラの手を離れた槍は数瞬の後、すべて霧となって崩れ落ちた。

 空中で体勢を整えながら、霧を新たに大ぶりの両手剣へ変化させる。落下エネルギーを乗せて一気に首へ振り下ろす――はずだった。


 しかし、刃は盛り上がった僧帽筋に逸れ、狙っていた巨大な角を両断しそこなった。かろうじて角にヒビが入ったものの、決定打には遠い。


 怯みながらも、B級はB級だった。

 角への衝撃に激昂した獣は、大きく振った拳でアトラの腹部を貫く勢いで殴りつける。


 だがアトラも読んでいた。

 僧帽筋に刺さっていた両手剣を足場に跳躍し、空中でサマーソルトしながら骸の近くへ軽やかに着地する。


 その一瞬の流れを目の前で見ていた骸は、まだ状況を理解しきれないまま声をかけた。


「おい、大丈夫か?!」

「……想像以上に手強いかもしれない──」


「えっ?」


 骸の心配をよそに、アトラはすでにB級攻略に思考を巡らせていた。


「骸。お前、集団戦が得意って言ってたよな。」

「ああ。単体よりはそっちの方が向いてると思う。」

「俺はあのB級に集中する。周囲のD級は、お前に頼みたい。」


 アトラが自分を頼ったことに驚く骸は、その一言が逆に敵の強さを理解させた。


 そのとき、B級がまた雄叫びを放つ。

 先ほどよりも濃い衝撃が空気を揺らすが、今の2人は踏みとどまれた。


 叫びが止むと同時にD級の空気が一変した。

 牙は鋭く伸び、紅の筋肉には黒い血管が走り、皮膚は石のように硬質化。

 さらに二割ほど巨大化したようにさえ見えた。


「……できるか、骸。」


 アトラは動揺しないまま問う。落ち着き払っているが、仮面に隠れた表情までは見えない。勝算があるのか、囮にするつもりなのか、骸には判断できなかった。


 それでも――

「……ああ、任せろ」


 骸の返答にアトラははっきりと頷いた。


「頼んだ。」


 刹那、アトラは縮地でD級をかすめるように抜け、B級へ向かう。

 残されたD級の視線がいっせいにアトラへ向いた瞬間――

 骸は深く息を吸い、武器を顔の横へ持ち上げる。


 目を閉じ、精神を集中させたその周囲がざわめき、緑色に輝き始める。

 魔力が集束する時と同じように――。


「……あんまり使いたくなかったが。彼も頑張ってるし、俺も応えないとな」


 次の瞬間、骸の身体と武器は緑の光に包まれた。


 一体のD級が光に気づき振り返ろうとした、その瞬間。

 視界の上部が緑色に閃き、短刃が脳天へ降り刺さる。


 驚愕する暇もなく、骸が目の前に現れ、逆手の短刀で刺さっているもう一本の短刀を叩きつけた。

「ガチリ」という金属音とともに2本は合わさり、ブーメランの形を取り戻しながら脳をさらに貫いた。


 そして、一気に顔へ向けて滑らせる。


 固く強化された皮膚が鈍い音を立てて裂ける。

 本来は抜群の切れ味を持つ骸のブーメランですら、力で押し切る必要があった。


 周囲のD級たちが異変に気づき、一斉に骸へ飛びかかる。

 だが――骸は舞踏のような軽やかさで迎撃した。

 まるで……淑女と踊る紳士のように。


 身体強化によって骸の心拍数が上がっていく。


 跳躍、回避、カウンター。

 緑光が残像のように軌跡を描き、流れるように一体の首に吸い込まれる。だが、勢いが足りず神経のみ断たれて崩れ落ちる。


 今度こそと、2体連続に襲いかかる。


 一体は骸に接近する途中で上顎より上が消え去る。もう一体は噴水のように頭部から血を吹き出す相方に気を取られ、その隙に脳天から片刃を通され、わずか一秒で絶命した。


 返り血を浴びても表情は変わらず、獣から目を離さず様子を伺う。


 残ったD級が奇襲を仕掛け、骸の首へ噛みつこうとしたその瞬間――

戻ってきたブーメランが骸の右手をすり抜け、放物線を描いて獣の首を通過し、骸の左手へ収まる。


 振り返った獣の首はすでになかった。


「……強化の影響で、殺しきらなきゃ即復活か。

俺も身体強化してるけど、余裕はないな……」


 そう呟きながらも、骸の目に焦りはなかった。

 骸の心拍数は上がり続ける。






 骸に全てを任せたアトラは、先程の強襲と同じように突進するかのように近づく。

 刹那、霧を手に纏い、篭手のような武器に変化させる。

 そして勢いを生かし力強く足を踏み込み、獣めがけて力いっぱい殴りつける。


 しかし、さすがのB級。


 身体強化した骸ほどではないにしろ、かなりの速度で接近するアトラの攻撃を腹筋で受けきる。

 そして何事もなかったかのようにアトラへ殴りかかる。


 全体重を乗せての捨て身の攻撃を放ったアトラは、回避を諦め、霧を盾の形に変化させ防御する。

 大盾は非常に頑丈で、直撃しても少し後ろに吹き飛ぶ程度で留まった。


 盾を構えながら、アトラは再び目前でB級の姿を観察する。


 3メートルを超える巨体を持ち、この世のどの生物よりも太くたくましい筋肉質な体つき……。

 D級とは違い、以外にも皮膚の色は灰色と薄橙色を混ぜたような人間に近い色味をしていた。

 首から巨大なツノがマフラーのように巻かれ、その異様な姿とは裏腹に爽やかで聡明な顔立ちをしている。

 喜怒哀楽が見えない顔面からは、殺意など感じさせず、まるで家畜を雑に殺処分する農民のような無関心さすら覚えた。


「ニンゲン、敵、排除ス、ル。」


 相も変わらず爽やかな声。


 こんな雄々しい見た目をしてる割に、C.D級の司令塔型と同じように青年の声で喋るB級に、アトラは少し違和感を覚えた。


「まさかこいつ……まだ──。」


 思考をかけ巡らせるアトラをよそに、B級は動き出す。


 突然左肋骨付近の骨を皮膚から露出させ、無理やり引き抜く。痛々しい音を出しながら現れた骨は、真っ直ぐに形を変えて棍棒のような太さに変化した。


 骨の中から肉のようなものが溢れ出し、周りを蠢きながら鋭利な武器のような形に留まる。肉は生き物の血のように黒く硬化する。

 獣はその武器を手に、盾を構えたアトラに振り下ろす。


 盾に刃が食い込む瞬間、アトラは手を離す。獣の武器が盾を貫きかけた事実に驚きつつ、しかしすぐに切り替え、左手側の腹部を両手剣で切りつけ、後方に回り込む。

 傷を与えるも、B級には大したダメージにはならない。


 さらにB級は、アトラの位置を見て魔法で氷柱を射出するも、陣展開から射出までが遅く、アトラは容易に躱す。


 避けざまにアトラは霧から自分の背丈ほどの弓を出現させる。

 息を整え、重く螺旋状の矢を放つ。矢は左胸部に深く突き刺さり、B級は血を吹き出しよろめくが、それでも前進をやめない。


「やっぱり痛覚はないか……」


 流れる血を無視し、右手に構える武器をアトラの腹部めがけ薙ぎ払う。


 アトラは冷静にバク転で避け、着地さまに霧で簡易ジャンプ台を作って再びB級に飛びかかる。大剣を握り、首に横薙ぎを入れる。

 深手を負わせるも、B級は咄嗟の防衛反応で左手を振り、アトラを殴り飛ばす。


 アトラは盾で防ぎつつ、落下する自身を庇おうとする骸を見つめる。だが、その目の前にいたD級の獣を刹那で切り刻んだアトラの太刀筋に、骸は固まる。


「早っ……え……君……一体──」


 驚愕する骸に気を取られつつ、アトラは自分の能力の変化に気づいた。


 複数の武器を同時に具現化できる……!


 拡張性故に脳が混乱を起こしそうなものだがアトラの頭の中はその正反対――澄み切った水面のようにクリアだった。


 アトラはゾーンに入っていたのだ。


「骸……勝てるかもしれない……」


「ほ、ほんとか……?

……ふぅ──その言葉、待ってたぜ!」


 アトラの勝利宣言に近い言葉に湧き上がることもなく、何故か妙に落ち着いた様子でホッと胸を撫でおろす。






 アトラの異様な変化――複数武器の同時顕現、速度の急激な上昇、そして得体の知れない気配――

その全てに、B級はようやく警戒を強め始めた。


「……危険、ニンゲン……進化……」


 直感で悟った獣は、初期の半数ほど残っていたD級たちを一斉に自分の元へ呼び寄せる。


 D級らは指示に従い、こちらを警戒しながらも急いで司令塔であるB級の周囲に集まった。


 全ての獣が集まったのを確認すると、B級は再び咆哮を放つ。


 強化の咆哮だ。


 周囲のD級は筋肉を痙攣させ、暴走した魔力と肉体強化の影響で、全身の筋肉がさらに膨れ上がる。

 膨張は常軌を逸し、皮膚を突き破りそうなほどの肥大だった。


 そして――案の定だった。


 強化に耐えきれなかった肉体が次々と破裂し、血管が弾け飛び、噴水のように出血していく。

 1体が崩れたのを皮切りに連鎖し、集められていたD級たちは一瞬で血塗れの肉塊と化した。


「ツカエン……ニクカイ……ドモガッ……!!」


 怒りと軽蔑を入り混ぜた声で唾を吐き捨てるB級。


 だがすぐに感情を切り替え、巨大な魔法陣を地面に展開した。


 肉塊全てを包み込む儀式のような陣。


 やがてその魔法陣から、25本もの巨大で気味の悪い触手が隆々と生えるように出現した。


 さらに、空中には氷属性の攻撃魔法陣をいくつも展開。

 完全な「迎撃の陣形」

……一歩も動かず敵を殺すための布陣を完成させていた。


 清々しいほどの待ちの構えにアトラは感嘆し、

「D級の扱い酷すぎるだろ……」命のやり取りをしていた骸は複雑な感情で呆然とするしかなかった。


 そんな二人の視線の先で、B級はじっとアトラたちを睨む。


 アトラも仮面越しに睨み返すが、その表情に骸は気づいた。


――笑っている。


 霧を纏ったアトラの周囲には、眩い骸の身体強化とは違う、底なしの暗さと不気味さが漂っていた。

 その中で、まるで新しい遊びを見つけた子供のように、アトラは無邪気に笑っていた。


 骸は背筋を凍らせ身をたじろぐ。


 この男は、何かが壊れてしまったのではないかとさえ思うほどだった。


 アトラはそんな狼狽える骸など気にする様子もなく、静かに言い放つ。


「今からあいつを攻略する。お前は補助を頼む。」


 そう告げると同時に、足へ霧を纏わせ鎧靴を瞬時に生成する。


 骸が返事をする前に、アトラは重厚な足取りで歪むほどの力で地を踏み抜き、雷鳴を轟かせ加速した。


 衝撃で骸が少し後ろへ吹き飛ぶ。


 目にも止まらぬ亜音速の突進に対し、B級は触手と魔法の一斉射を放つ。


 氷魔法が先に到達。

 だがアトラは瞬時に霧で小型盾を二つ出現させ、射線を塞ぐように配置し、氷柱を全て防ぐ。


 続けて襲いかかる鋼鉄の触手群。

 鮫肌のような外皮、刃のような先端――普通の冒険者なら絶望する光景だった。


 しかしアトラは恐れるどころか、篭手と剣を顕現し、


 一閃。


 触手二十五本は豆腐のように斬り落とされた。


 B級は理解した。


 目の前の人間はすでに「別の生物」へ進化しつつある――と。


 速度も、思考も、攻撃力も、すでにD級・C級の範疇ではなく、

 自らの支配下に置いた強化D級すら一撃で斬り捨てる存在。

 だから目の前の存在が行おうとしている動きにも、決して対応できないだろう……。そう感じていた。

 

 悟りを開き傍観する獣を無視し、新たな攻撃のための動きに入る。


 今まで何となくで獣を狩って来た。

 C級を単独撃破した時もそこまで苦戦しなかった。


 そんな中現れた圧倒的強者――今まで見た生物の中で明らかに頂点に経つ存在を前に、

 戦略を、

 立ち回りを、

 身のこなし方、

 視線誘導まで……

 全てを使いこなし、立ちはだかる怪物を完膚なきまでにぶちのめす……いや、ぶちのめさなければならない……そう感じた。


 そしてアトラは構えた。


 それは珍妙でも奇妙でもない。

 ただし、あまりにも合理的で、獣より早く結論へたどり着いた“殺意”そのものだった。


 アトラは()()()()()()()初めて、真正面からの武技を選んだ。

 


 抜刀。



「……腕力だけの斬撃では深く切れない。

なら、縮地の最高速をそのまま刀に乗せ……断ち切る!」


 霧の剣を刀に変形し、鞘まで即座に生成。

 踏み込みと同時に鞘走りの火花が散る。


 狙いは少し逸れた。だが関係なかった。


 火花で熱を纏った斬撃は獣の右腕を、まるで紙のように斬り落とした。


 美しく素早い太刀筋に、獣も骸も、音や時間さえ置き去りにされた。


 切断部から力強く血が吹き出す。


 アトラはその流れでさらに背後へ回り、静かに納刀。

 空気を切り、炎を纏った二撃目の抜刀で反対の腕も切断する。


 出血は激しくなり、濃厚な血を溢れさせる。


「ウオオオオオオオオオオ!」


 腕を失いながらも咆哮した獣は、最後の手段として巨大な魔法陣を構築。

 自分を含めて全てを押し潰すための超巨大氷柱を召喚した。


 骸は圧倒され止まっていた身体を無理やり奮い立たせ、ブーメランを全力で投擲。

 ソニックブームを起こし、薄氷を割るような音を響かせ氷柱を真っ二つに砕く。

 

 渾身の魔法が砕かれたショックで、獣の能面のような顔から驚きと焦りの感情が浮き出る。

 

 その隙にアトラは獣の死角へ回り込む。


 視界からアトラが消えた獣は焦り、辺りを見渡す。

 だが遅い。アトラはすでに鎧靴の力で天高く飛び、上空から槍を構えて落下していた。


 大地の如きうねる太さと、雷の閃きのような鋭さを持つ槍が、獣の脳天を貫く。


 頭頂部から柔らかい果物を剥き割るように貫通した。

 普通なら即死。

 だが相手はB級。頭部が崩壊しても攻撃を止めない。


 地面に巨大な魔法陣を展開し、地を巨人の腕のように隆起させ、今度こそ自分ごとアトラを叩き潰そうとした。


「今だ!心臓を!」


 氷柱を壊し獣の元へ全力疾走していた骸は、アトラの叫び声に反応し、さらに末脚を切る。


 高速で接近する骸に意識が向いた獣は、巨人の腕を握り込み、叩きつけようとした。

 だが骸は、あまりに遅い巨人の腕を飛び避け、その上を駆け上がる。

 草原より平坦な腕は、骸の走りをより素早いものにする。


 そして巨人の手の上で、獣に向かって跳躍。空中でブーメランをキャッチし、勢い任せて獣の胸部へ突き刺した。


 心臓を完全に貫かれ、苦しみ始める獣。

 嗚咽が漏れ、腹の口から吐血し始める。血の量が多くなり外に死が溢れ出る。頭部の口からも吐血し、力なく倒れた。


 アトラは槍ごと地面に叩きつけられる。

 仰向けのまま空を見上げ、

怪物を倒した事実に静かに息をついた。


 骸は地に膝をつきながら震えた声で呟く。


「まさか……俺たちが……こんな怪物をやれたのか……?」


 倒すことなど不可能だと思っていた伝説上の生物――それを2人で倒せた現実を受け入れられず、衝撃を受ける。


 だが次第に喜びが溢れ、ガッツポーズをしながら雄叫びを上げる。


 アトラは少しだけ微笑むように空を見上げ続けた。


 叫び疲れた骸が千鳥足で近づき、寝ているアトラに手を差し伸ばす。


「やったな。

まさかあいつを倒せるとは思わなかったよ」


 言葉に答えるように骸の手を取る。

 起き上がり、二人で荒れ果てた戦場を見渡す。


 巨人の腕が地を裂き、氷柱の余波で気温は山岳のように冷え、

 大量のD級の死体で地面は赤黒く染まっていた。


 地獄絵図……。

 激闘の末生まれた惨状により、現実を突きつけられ、骸は思い出す。


 体力の限界……


 無理して立っていたのが祟り、骸は身体強化の副作用に耐えきれず崩れ落ちる。


「ってぇ……さすがに疲れた……ちょっと休んでから素材集めるか……」


「大丈夫だ。俺が集めておく。お前は休め。」


 不器用な優しさに、骸は少し微笑んだ。


 だが――その瞬間。

 骸は目を見開いた。


 倒れ伏していたはずの獣が、完全に治癒した姿で立ち上がっていた。


「……は……?なんで……?」


 獣は一歩踏み込み、()()()()()()で正拳突きを放つ。

 その速度と筋力は、さっきまでとは比べ物にならない。


「おい!逃げろ!!」


 骸が叫ぶより早く、アトラが飛び込んだ。


 霧の盾を顕現し骸を庇う――

 だがその盾は、あまりにもあっさり砕かれた。


 砕けた盾ごと、アトラは地平線の彼方まで吹き飛ばされる。


……轟音が遠くで響いた。

 何かに衝突した音だった。


 考えたくもない。

 だが、いやでも悪い想像は浮かんでくる。


 骸は唖然とする。

「おい……嘘だろ……?」


 獣は構えを解き、冷たい目で骸を見下ろし、低く告げた。


「嘆かわしい……愚かな下等生物よ。」


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