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青春ストーリーは感動のフィナーレへ

酷評でも構いませんので、感想をよろしくお願いいたします。

学校へと続く一本道。ポケットに手を突っ込みながら歩いている俺は、ふと空を見上げた。

 目に映ったのは、灰色の曇り空と、満開の桜。

 灰色と桃色、入り混じりようがない二つの色が組み合わさっている光景が、自意識過剰にも、まるでこの俺、神川桜の事を表しているように感じる。

 ――――なんて、自分の世界に入ってみても、それでも、周りの、同じ高校に通う生徒たちの、恨みと嫉妬の籠った目は相変わらず痛いままだ。

「ふー」

 仕方がないな。俺の必殺技を出すとしよう。

「キラッ」

 口で、セルフ効果音を付けながら、道路を挟んだ向こう側の歩道を歩く女子生徒にウインクを送った。

 これぞ俺の必殺技、意味不明で理解不能のカオスエンゼルウインクだ。

 俺にウインクをされた生徒は、顔に青筋を立てた後で、走って去って行く。

突然、知り合いですらない、お手本のような陰キャの見た目の奴から放たれるウインクは、まさに一撃必殺。

欠点は、俺の校内での評価が、異端児的なものへ変わっていく事と、俺の心にまるで、やすりでも掛けられるような痛みが走る事だ。

「へ、チョロいな」

 俺は、空を仰ぐ。

 顔は笑っているが、心は泣いているとはまさにこのことか。

「ウワッ」

 近くから、さっきの女子とは違う、別の女の子のそんな声が聞こえる。

 どうも、俺がかの有名な、レベルマックスの陰キャなのに、分布不相応な青春をなぜか送れてしまっている、天文部の身の程知らずこと神川君です。どうか俺の事を覚えないでください。

「よう、桜。猫背のまま顔だけ上に向いてるとか、なかなか器用だな」

 ツラツラといたわしい自己紹介を心の中で述べていると、クラスメイト、沢村が俺の肩を叩いた。

「おはようさん」

 相も変わらず、沢村の髪はびっしりとセットされていて、香水の匂いも相まって、何と言うか、眩しかった。とくに沢村が光を発しているとかではないけれど、目が眩んだ。

「お前、あの後どうなったんだ」

「……何のことだよ」

「とぼけんなよ。昨日の放課後、駅で桜と、あとの二人が、笑いながら泣き合っていた姿が目撃されてんだよ」

「お前の情報網は光ファイバーかよ。何もかもが速いよ」

「そりゃな。伝書バト以下のお前の情報網とは何もかもが違うのさ」

 沢村は、自信のこめかみに人差し指を頭にトントンと当てる。何にも否定できないから腹立たしい。

「もったいぶらないで教えてくれよ。俺は純粋に、お前たち三人が、最終的に感動の青春ストーリーをどう締めくくるのか、それが気になるだけなんだって」

 このグイグイ自分のしたい話を進められる姿勢、やはり俺とは人種からして違うのだと痛感させられる。

 俺は一度大きく息を吐いた後、声のボリュームを落とすため、口を小さく開いた。

「誰にも言うなよ」

「言わないって」

「……昨日、告白された」

 沢村はチャラい奴だが、信用できる人間だと俺は判断している。それに、借りもある。だから、何も包み隠さずに、率直に俺は話した。

「まあ、だろうな。で、どっちだ? 美波ちゃんの方か? 八重ちゃんの方か?」

「どっちも」

「かー」

 沢村はカラスのような声を上げて、額に手を当てる。

「そりゃ、大変だな」

「本当にな」

「で、返事は? いつ、どこで、誰を選ぶんだ」

 無駄に深堀してくるな。ただそれでも、持ち前の爽やかさで、全く鬱陶しく感じないのだから、沢村は凄い。

 俺みたいな、そこらのおじいちゃんよりも現役高校生相手に会話を展開できない弱者とは、根本から違うととことん思わされる。

「明日の放課後、屋上で、二人そろって待ってるとさ」

「……ということは、桜は明日、屋上で少なくともどちらかは泣かせるということか」

「泣かせる前提かよ」

「そりゃそうだろ。あの二人、なんだかんだ言って、多分お前の事大好きだろうし」

 そうなのだろうか、正直、今でも、あの二人が俺にそんな感情を抱いているという事に実感が湧かないのだが。

「というか、告白の返事を聞くのすら、あの二人は一緒なのかよ。相変わらず仲良いな」

「性格は正反対なのにな」

「やっぱ、美人同士、色々気が合うんじゃ――――」

 そこまで話しかけると、何かに気が付いた様子の沢村は、何も言わず、爽やかにウインクだけ決めて、颯爽と走ってどこかに去って行った。

 同じウインクでも、沢村は爽やかで、俺は悲鳴もの、この世は不公平だ。

 俺はそう嘆きながらも、なぜ沢村が突然去って行ったのかを考えようとするが、その時にはもう、その理由の張本人が、俺の横に現れていた。

「おはよっ、さっくん」

 金色の長いポニーテールを揺らし、いつも通りのエンジェルスマイルを浮かべながら姿を見せたのは、蝶野美波。俺を含め計三人しかいない天文部の部員の一人だ。

「おはよ。今日はちゃんとバックを持ってるのな」

「当然だって。昨日と同じミスを、この私がするわけ無いじゃん。二度同じ失敗は繰り返さないのだよ」

「普通、バックを持たずに登校するなんて事、二度どころか一度も起きないんだよ」

 ドヤ顔を披露する美波に、俺はため息を吐く。

 まあ、度が過ぎた天然さも、美波の可愛さを引き立てる要因ではあるのは間違いない。

「そういえば、八重はどうした?」

「ああ、それなら――――」

 美波は後ろを振り返る。つられるようにして俺も振り向くと、ゆっくりと、アスファルトにローファーを打ち付けながらこちらに歩いて来る、天文部最後の一人の姿があった。

「おはよう。桜君」

「ああ。おはよう、八重」

 簡潔で冷徹な挨拶を俺達は交わす。

 ただ、天文部員以外の人間に見せる、シュッと切れそうな鋭い表情とは違って、柔らかい笑顔が俺に向けられている。

「そう言えば、今朝、お父さんが、近い内に顔を見せてに来るよう言ってたわ」

「……マジか。えっと、気が向けば、な」

 八重の性は神川。神川八重――言うまでも無く、俺の双子の妹だ。

 訳あって、生まれた時から完全に別々に暮らしていて、高校生になってようやく初めて顔を合わせたレベルの関係性ではあるが、しっかりと血のつながった、実の妹であるのは間違いない。

 八重は、美波とは反対側の俺の隣に来て、三人で横に並んで再び歩き始めた。

美波と八重の、ある意味いつも通りの様子に、俺は心のどこかで胸をなでおろす。

 ただ、いつも通りだと感じたのは、最初の一瞬だけだったようで……。

「……えっと、さっくん」

「……なんだ」

「いや、やっぱり何でも……」

 いつもなら、口下手な俺と、クールな八重との間に入って、話題を提示し、場を盛り上げる美波も、今日ばっかりは、視線をさまよわせて、頬を掻いていた。

 普段とは違う、気まずい空気。ただ、告白をした人間とされた人間、そして恋敵、このような関係性が入り混じっているという事を考えると、こうなるのも当然なのかもしれない。

「……やっぱり、今日の放課後、しっかりと答えが出るまで、桜君とは、一緒に居るべきではないわね」

 八重は目を閉じて、冷徹にそう言い放つ。

「ずいぶんと、ストレートにものを言うな」

 でも、それもきっと、今の俺達の微妙な関係性を考慮した上での言葉なのだろう。

「ハハハ、でもそうだね、さっくんに声をかけておいてなんだけど、私もそう思う。何を話しても、多分変な空気になっちゃうし。だから、ごめんね」

「……まあ、それもそうだな」

 俺も、いくら気心の知れたこの二人が相手とは言え、この状況で、和気あいあいと会話を出来る自信は全く無い。だから、二人を止めることはしない。

「行きましょ、蝶野さん」

「うんっ」

 八重は早歩きで俺を置いて進んで行き、美波もその後を小走りで追いかける。

「――――桜君」

 ただ、八重は一度立ち止まり、俺の方へ振り向いた。

「頼むわよ」

 そう、八重が短く言い放つと、それに続いて、美波も立ち止まる。

「さっくん、よろしくね」

 そう言って、二人は前を向き、二人で足早に、学校へ向かっていった。

 先ほどの「頼む」の言葉が、何を意味しているのか、俺にはよく分からない。

 いや、正確には、色々な意味を感じ取れ過ぎて、どれがその言葉に込められた本当の意味なのか分からなかった、だ。

 自分を選んで欲しいからそう言ったのか、それとも、互いの事を思い、自分以外の二人で幸せになって欲しいからそう言ったのか。

 普通に考えれば前者だが、あの仲の良い二人なら、後者の意味な気もする。

 どちらにせよ、辛いことに、俺はこの後、あの二人のどちらかを、もしくは二人ともを傷つけることになる。そのことに変わりはない。

 欲を言えば、この関係を続けたいと言う気持ちはある。

 でも、天文部としてこの三人で過ごして、曖昧な関係のまま、もう一年が経ってしまった。その間、曖昧な関係だったせいで、傷つけあったり、涙を流し合ったりしたことは数えきれないほどある。

いい加減、先に進む時だ。

 このまま曖昧な関係のままでいても、誰も幸せにはならない。

 この曖昧で、こじれて、こんがらがった三角関係は終わらせるべきなのだ。



 ●



  窓から入り込む、夕日のベールを通り過ぎ、俺は屋上へと歩みを進めた。

 屋上では、きっともう、美波と八重が待っているはずだ。

 果たして、あの二人は、どんな様子で、俺の事を待っているのだろうか。

 恋敵である訳だし、無言でけん制し合いながら俺の登場を待っているのだろうか――いいや、それはないな。

あの仲の良い二人の事だ、きっと今も、仲睦まじくしていることだろう。

俺がどんな結論を出そうとも、あの二人がこの一年で紡いだ絆は揺るがない。それは断言できる。だから、俺は今後の二人の関係性など気にせずに、自分自身の心に正直になって、答えをだそう。

最低だと分かっているけれど、俺には、あの二人両方に気を遣ってやれるだけの器用さは無い。

だから、例え独りよがりだと誰かに罵られようと、あの二人の絆を信じて、俺の真の気持ちを結論として出そう。

俺は、屋上へと続く階段を一段ずつ噛みしめながら登って行く。

そして、一度息を大きく吸ってから、屋上へと続く扉のドアノブを回した。

扉を開くと、やはり目の前には、美波と八重が並んで立っていて、なだらかな風が、二人の体を揺らしている。

空は、雲の間から夕日が差し込む、良いとも言えるし悪いとも言える、中間の無い曖昧な天気だった。

まるで、灰色と桃色の二色に染まった、俺の青春のようだ。

「お待たせ」

 俺の言葉に、二人は何の反応も示さず、ただ俺を真剣な眼差しで見つめてくるだけだった。

 俺も、無駄に言葉を紡ぐことはせず、二人の前に立つ。

 もう、俺達の間に、無駄な会話も、間も必要ない。

 俺は二人を交互に見つめる。

 俺が見つめると、二人は聖母のように優しい目を俺に向けてくれた。

 この二人は、どんな展開になろうと、俺が出した答えを受け止めてくれる。

 それが痛い程分かった。

「スー」

 そして、俺の出した答えを読み上げるために、大きく息を吸い込む。

 俺達の三角関係は、まさにフィナーレ。クライマックスだ。

 ――――でも、物語はいつも、予想外の形で進んで行くもので…………。

「さっくん」

「桜君」

 俺が答えを言う前に、美波と八重が二人して、俺を呼び止める。

「な、なんだよ」

 拍子抜けするタイミングで声をかけられたことに、俺は、まるで滑って転んでしまったような気分に俺はなる。

「桜君、答えを出す前に、一つだけ聞かせて」

「さっくんは、私たちのどっちもを、異性として好きなの?」

 二人が、同時に俺の事を緊張感のある目で見つめてきた。

 質問の意図が分からず、俺は眉間にシワを寄せる。

 そして、まともに志向がまとまらないまま、口だけが勝手に動いた。

「……えっと、正直に言うなら、確かに俺は、二人とも、異性として好きだよ――――」

 我ながら、最低な事を言っている自覚はある。でも、これが俺の本音だ。

 その言葉を聞いて、美波は照れ笑いを浮かべ、八重は俺から目を逸らして唇をかみしめる。全く違う反応をする二人だが、耳まで瞬時に赤くなったのは、共通だった。

「でも、二人とも好きでも、そこには優劣がある。だから、曖昧な事は言わないから安心して欲しい。俺はしっかりと答えを出す」

 そう言って、俺はまた大きく息を吸い込む。

 ただ、また中途半端なタイミングで、八重に止められてしまった。

「いいえ、私と蝶野さんにとって重要なのは、優劣があるという事では無くて、二人共の事を桜君が好きでいてくれているという事実なの」

「は?」

「じゃあもう、率直に言ってしまうわね」

「実は、さっくんが来るまで、私たち、二人で話し合ってね、それで決めたんだ」

 八重は、美波のその言葉と同時に、大きく息を吸い込んだ。


「――――私と蝶野さん……いえ、私と美波さんは、百合カップルになることにしたの」


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