衣織の物語69「地区演劇生徒理事会」9
私「そう。私も演劇部入ったんだ。ただ、これには、長ーい説明が必要で……(まず崩壊寸前の部室に魅惑されたとは言えない。それにしてもあのチャラ男が演劇部とは驚きだ)」
こーすけ「ちょっと意外なようでもあり、そーでもなくもあり」
私「(お前に言われたくない。高校入学までに何があったんだ? 言葉遣いがまったく変わっている)(微笑)」
私の微笑に魅了されたか、こーすけは隣の男子をつつきながら言った。
こーすけ「俺はコイツに誘われて何となく入った。うちの学校、一年生は部活に必ず入んなくちゃならなくて」
私「そーなんだ。お疲れ様です」
「お疲れ様」のここでの使用に、やや不適切なものを感じたが、とりあえずこう言っといた。そもそもこの世界(演劇界)では、「おはようございます」、「よろしくお願いします」、「お疲れ様です」の三つがデフォルトになっている。とりあえずこの三つのどれかを言っとけば間違いはない。物事がスムーズに流れる。ので、ここでの登場となった。
こーすけもそのあたりの事情はお察しで、「どもども」って言った。その照れ笑いが意外にかわいくて、ちょっとドキッとした。意外にいいやつかも。
こーすけ「ずいぶんバッサリ行ったね」
私の髪に男子たちの視線が集まる。今朝、ちゃんと梳かしてきたっけ? 自分の記憶に確信が持てない私だった。
私「そう、なんとなく」
こーすけ「そーお? でも、似合ってるよ」
久しぶりに対面した、しかも中学では種族と身分の違いから(もちろん私が上位)ほぼ接点がなかった男子からの「お似合い」というお褒めの言葉。これをどう理解・判断し、そこからどのような仕草や表情が導き出されるものか。現実世界での演劇的シーンに、私の頭脳はフル回転した。私たち高校生も、こんなにいろいろ頭を遣っているのだ。
その結果得た結論は、「そーでもないよ」という曖昧な言葉と、髪に手を添えるという多少の恥じらいのしぐさだった。本心のようで本心でない、演技のようで演技でない、セリフと仕草。あんまりそんなに見つめないで♡ 人生とは不可解なものなり。
私のおどけにみんな笑ってくれるかと思った。しかし、案に相違し、男子たちはまんざらでもない表情だった。これは、あれか? 私に、魔性という新たな力が天から降りて来たのか? 男子たちを幻惑する私という罪な存在。これではこれからの人生が心配だ。モテ期到来なのだろうか?
デレの後にはツンが有効だ。私に見とれる男子たちをしり目に、私は悠然と先輩方のもとに戻った。
生徒理事会の部屋の狭苦しい自分のイスに座ると、何しに行ったんだっけ? という当然の疑問が浮かんだ。
もう一度私が自販機前に向かうと、幸いこーすけたちの姿はなかった。あたりを見回しながら腰をかがめ、そそくさと自販機の取り出し口を探ると、そこに落ちていたのは、なまあたたかいお汁粉の缶だった。自販機補充員の方。季節的に、もう冷蔵の品だけでいいのでは?
わたしゃのどが渇いている。その理由と事情はみなさまご承知のとおりだ。仕方がない。新たにコインを投入し、ウーロン茶を買った。痩身によいとされる。
席に戻り、隣の副部長さんに「これ、どーぞ。珍しいものが売ってました」と言いながらお汁粉の缶を渡すと、不審なこころを笑顔で見事に隠し、副部長さんはそれを受け取った。人間は、他者からの贈り物に非常に弱い習性を持つ生き物である。人から何かを差し出されると、思わず素直に受け取ってしまう。この時副部長さんは、人類に課せられた罠に、まんまとかかってしまったのだった。
ごめんなさい。悪気はないのです。あったとしてもほんの少し。ただ、あなたに、おいしいものをあげたかったのです。確かに季節は夏を感じさせる今日この頃です。副部長さんがお汁粉が好きか嫌いかもまったく知らない私です。でも、これは好意です。決して不用品の投げ売りではありません。無料です。日ごろのお世話への感謝の気持ちです。どーぞお受け取りください。
副部長さんは、私の笑顔の裏にある邪悪な心をすっかりお見通しだったが、これまたそれらの疑念をすべて覆い隠し、渡されたお汁粉の缶を、素直に受け取った。「ありがとう。気を遣わせちゃったかな?」という素敵な言葉とともに。
副部長「でも、熱々ではないのね」
私「そーですね。自販機補充員の方も、温度管理を調整しているのでしょう。もう季節が変わろうとしていますから」
「お前は何の役を演じているのだ!」という鋭いツッコミが入る場面だけど、副部長さんは新たな解釈をし、演劇の奥深さを垣間見せてくれた。
副部長「そうね。これから私たちの熱い夏がやって来るわね」
副部長さんはそう言うと、窓の外を吹くあたたかな風の流れを遠く見晴るかした。
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