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衣織の物語  作者:
67/73

衣織の物語65「地区演劇生徒理事会」5

 会場が静まり、全員が注目する中、上遠野さんは言葉を継いだ。演劇部員はメリハリがついている。

上遠野「早速、お手元の資料に従って、会を進めたいと思います。まず、昨年度の決算報告と監査報告からお願いします」

 すると、彼女の右隣に座っていた女子が立ち上がり、決算報告を読み上げ始めた。まだこのような書類に慣れていない私は、それぞれの項目にはさらに細かな内訳があり、その右側に予算、決算、差引残高の数字が小さく記されているのに目を凝らした。うちの高校の生徒総会でも同じような印刷物が渡されたのだけれど、地区の高校演劇の団体も、同じように組織だてて計画的に運営されているのだった。

 たとえば、秋のコンクールの項目には、「ホール使用料」とか、「講師謝礼」、「交通費」などと記されていて、それぞれ具体的な数字で決算報告がなされている。私たちから集められた会費は、このように使われているのだ。欲しいと思ったものが出現した時に小遣いをあらかた使ってしまう私に、こんなことはとてもできない。緻密さというものを私は持ち合わせていない。


上遠野「それでは、会計監査報告をお願いいたします」

 すると今度は彼女の左側に座っていた男子が立ち上がった。

男子「ただいまの決算報告につきまして、会計簿、領収書等と見比べ、間違いがないことを確認しました。以上、監査報告を致します」

上遠野「ただ今の決算書、監査報告につきまして、何かご質問のある方はいらっしゃいますか? ……いらっしゃらないようなので、賛同なさる方は、拍手をお願いいたします」

 すると会場内はたくさんの拍手で包まれた。その音は、いかにも若者のやわらかな手のひらから発せられるあたたかな音だった。拍手にこんな音色があるのだと、私はその時初めて思った。演劇部員の集団だからこんな音を奏でるのか? 張りのある、とてもすがすがしい拍手だった。


上遠野「ありがとうございます。賛成多数ということで、昨年度の決算案は承認されました。みなさま、「案」の字を消してください」。

 隣の副部長さんが二十棒線で「案」の字を消しているのを横目でそれとなく見ていた私は、それに倣って線を引いた。何か大人の作業に参加しているようで、こんなささいなことにも小さな感動とドキドキを感じた。そうして、消した後はスマシて前を向いていた。副部長さんはそんな私の心をすべてお見通しで、気取った私の横顔を見て微笑んでいる。そちらを見なくてもわかる。私の眼のふちに彼女の微笑が浮かんでいる。しかし私は副部長さんの視線に気づかぬふりを通した。気取られてはならぬ。副部長さんの視線は、なかなか私から離れなかった。


 そこに助け舟が入った。

上遠野「次に、今年度の行事案を読み上げます」。

 詳細は省略するけど、今年も、春の発表会、夏期講習会、秋のコンクールの三本立てだ。それぞれの間には、今回のような生徒理事会がその都度行われる。

上遠野「次に、今年度の予算をご覧ください。昨年度から話題になっていました、予算の逼迫状況が続いています。そのため、さまざまな場面での節約と行事の簡素化が予想されます。みなさんのご理解とご協力をお願いいたします」

 会場の皆はそれぞれうなずいた。

 その後、今年度予算が項目別に読み上げられたのだけど、昨年度と比べてもその窮状がよく分かった。たとえば、今年度から会員の一校が休部となり、大会の出場校が減った。それに伴い、これまでは、前日午後の仕込み+三日間行われていた秋の大会が、今年は一日目の午前中に舞台が仕込まれ、残りの二日半で上演となっている。舞台仕込みは会場の方がやってくださるようだけれど、かなりタイトなスケジュールへの変更は、係の人たちの作業にも影響するだろう。

 副部長さんはそっと私にささやいた。

副部長「それでなくともステージ上にはたくさんの吊りものがあって、その操作や配置換えなどで何度もバトンを昇降させたりするの。天井にはライトや看板、幕が吊ってあるから、舞台って実はとても危険な場所なの。会場のスタッフさんたちは大変だと思う」

 やさしい副部長さんは、舞台用語の説明もしてくれた。バトンとは、ステージ上に設置されている横棒で、ライトなどを吊るのに使用する。以前、どこかの大会で、吊ってあった看板が落下してしまい、大会が中止になってしまったこともあったそうだ。

副部長「演劇部員が元気に挨拶するのは、礼儀もあるけど、ケガや事故を防ぐためでもあるの。リハーサルの時にもバトンを上げ下げしたり、道具類を舞台上に設置したりするから、そういう時には声による指示や確認が必要になる。舞台は安全第一」

 私はまだ実際のステージに立ったことがなかったので、副部長さんの説明はぼんやりとしたイメージしかわかなかったけど、客席で見ていただけの未経験者には知らない世界があるのだと思った。


上遠野「……以上のとおり、今年度の予算案を提案いたします。ご質問等のある方はいらっしゃいますか? ……いらっしゃらないようなので、今年度の予算案に賛成の方は、拍手で承認ください。……賛成多数ということで、予算案は承認されました。「案」の字を消してください。ありがとうございました」。

 次に上遠野さんは立ち上がって言った。

上遠野「なお、地区連盟の予算が逼迫(ひっぱく)しているのは、生徒数が大幅に減少しているためです。みなさん、ぜひ、新入生に演劇部への勧誘をこれからも継続して行い、会員数アップにご協力ください。また、秋のコンクールに向けては、協賛してくださる企業を募り、パンフレットに広告を載せる予定です。広告取りは大変ですが、みんなで協力してやっていきましょう。よろしくお願いいたします」

 上遠野さんはそう言うと、頭をペコリと下げた。生徒たちも皆頭を下げた。

上遠野「以上で昨年度の行事、決算、今年度の行事、予算の審議を終わります。会の進行へのご協力、ありがとうございました」

 美しい顔と美しい声は、それで出番を終えた。

 


#高校生

#東日本大震災

#演劇部

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