衣織の物語64「地区演劇生徒理事会」4
「それでは生徒理事会を始めます。みなさま、席にお着きください」
会場にマイクの声が響いた。良く通る、アナウンサーかと思うほどのほれぼれする美声。前の方を見ると、こちら向きに3人の生徒が座り、会場を見渡している。どうやらマイクの前に座っている真ん中の女子がその声の主のようだが、声に違わぬ美しさだった。そのまま俳優になってもおかしくないほどの気品に、地元にも、こんなに美しい人がいるものだと思った。
声に従って、みんなは素直に着席し始めた。ざわつきも収まっていく。
私は椅子を不器用に動かした。いつも思うのだけど、パイプ椅子って座りにくい。特に今は、すぐ前に他校生がいて、後ろも壁を背負っているので、とても窮屈だ。部長から渡された資料を膝に置き、ちょこんと座る姿は、初めての場所に連れてこられ、たくさんの見知らぬ犬たちに囲まれた子犬のように見えただろう。中学3年時に我が世の春を謳歌した自分の姿は、そこにはなかった。今は自分が一番下の身分。しばらくは我慢するとしよう。
バス移動の時にかいた汗も収まりつつある。ペットボトルの水は冷たさを失いつつあったけど、それを時々口にしながら、あたりの様子をうかがう。これから何が始まるのかという期待と少しの不安。周囲の他校生がとても大人に見える。制服がまだ真新しい人たちは、自分と同じ新入生なのだろう。
隣に座った副部長さんは、セミロングの髪を今日はポニテにしている。だからあごのラインがはっきり見える。うつむいて資料を眺める横顔に惚れてしまいそうだ。隣の美女とはるか前方の美女。佳き日かな。
しかし、そうそう見とれているわけにもいかない。周囲の緊張に伴い、私は本日の生徒理事会資料に真面目に目を通し始めた。
左端をホチキスで綴じられた資料には、表紙に「地区高校演劇連盟 生徒理事会資料」と恭しく記されており、その下には手書きのイラストが添えられていた。舞台上に両手を広げた女性がいて、その周囲はキラキラ輝いている。いかにも高校生が描くようなかわいらしいイラストだったので、私は隣の副部長さんにそっとそれを示した。副部長さんは、私の意を察したらしく、私に美しい微笑をくれた。左頬にえくぼができている。私の心は再び射抜かれた。
この得難い存在を、男子部員たちはどう受け取っているのだろう? 恋心は芽生えないのだろうか。それとも討ち死にを恐れ、はなから手出しは無用ということか。普通に会話できるだけでもご褒美なのだ。
というのも、最近副部長さんの美のレベルがさらに上昇している感じがするからだ。いったいどういうことだろう。何かが彼女を変えつつあるのか? その原因に非常に興味がそそられる。
などという私の妄想を置き去りにして、生徒理事会は始まっていた。副部長さんは「もう、前を向きなさい」とでも言いたげに、あごで前を指した。これは間違うとイヤミな仕草だけど、彼女がやるとカッコイイ。おまけに再び微笑を私にくれている。今まで知らなかった新しい世界に導かれようとする私だった。
今度こそ現実に戻ると、司会の生徒の声がやっと私の耳に入ってきた。例の彼女の声だ。
司会「皆様おそろいのようですので、地区高校演劇連盟 生徒理事会を始めます。私は今年度の生徒事務局を務めます、上遠野言葉です」
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