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衣織の物語  作者:
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衣織の物語58「synchronicity(シンクロ)」9

アオイのスマホに着信。アオイの照明に切り替わる。

アオイ はい、いえ、今のところ特に問題はありません。 不足しているものもありません。ユウとの融和も徐々に図られています。私の体調も大丈夫です……はい……はい……わかりました。

音楽、フェードイン。(『シンクロ』)




 この部分の副部長さんの豹変ぶりがいつもすばらしく、多重人格者かと思うほどだ。演技にすごみがある。それまでの弱々しいアオイから、強く、謎の存在に変わる。

部長「舞台全体を明るくしていた照明が、この場面ではアオイだけに当てられる。そうすると、観客の視線も自然とアオイに集まる。照明は、そんな効果もあるんだ。衣織さんはまだそんな観点で芝居を見たことがないだろうから、イメージしずらいと思うけど。リハーサルの時にそのあたりも見て、覚えていくといいよ。それと、舞台にはいろいろな機器や専門用語があるから、徐々に覚えて行ってください。うちの学校には照明や音響の機器がないから、リハで確認してください」

私「はい、わかりました」

副部長「施設と演劇部の予算の関係で、音響はラジカセだし、照明は舞台でのリハのいわば一発勝負だから、大変」

遠藤「前に自分が照明係だった時は、機器をスマホで撮影したよ」

私「なるほど。そうします」

 新しいことばかりで緊張する私だった。


部長「この場面も、観客は訳が分からないと思う。アオイが急に不審な人物になってしまう。それまで仲のいい女子2人なのに、『今のところ特に問題はありません』とか、『ユウとの融和も徐々に図られています』とか言い出すからね」

私「はい」

影山「その答えは最終部でアオイの口から明かされる。この場面を経て、観客は、アオイの存在に疑念を抱きながらこの物語に付き合っていく」

副部長「影山もたまにはまともなこと言うんだ」

影山「いや、それほどでも」

副部長「ほめてないんだけど」

影山「そーなの?」

遠藤「こういうのを、皮肉って言うんだよ」

影山「そーなの?」

 影山先輩は、天然ていうか、お調子者というか、害のないバカというか、だった。(先輩ゴメンナサイ)


部長「次、行こか」




三場

舞台上手に照明フェードイン。アオイはイヤホンをし、スマホで数学の勉強中。離れたところにいるユウも、何やらスマホを見ている。やがてユウは、アオイの後ろから遠目に覗く。

ユウ  いつも君は、数学を勉強しているね。

アオイ (イヤホンを外しながら)あぁ。

ユウ  僕は数学が嫌いだ。

アオイ なぜ?

ユウ  数学には……愛がない。

アオイ 愛がない……でも、「美」がある。

ユウ  「ビ」?

アオイ そう、数学は美しい。

ユウ  「美しい」……そうだね、アオイは、美しいものが好きだ……それで君は、数学が好きなんだね。

アオイ (うなずく)ユウはいつも何を読んでいるんだい?

ユウ  『こころ』。

アオイ 『こころ』?

ユウ  そう、『こころ』。漱石さ!(自慢げ)

アオイ ユウが漱石を読むなんて……。

ユウ  僕は漱石が好きなんだ!アオイ 古典は退屈じゃないか?

ユウ  でも、過去の人とつながることができる。

アオイ (そうだね)

ユウ  Kはお嬢さんが好きだった。でも、自分の気持ちを素直に伝えることができなかった……そんなKを出し抜いたのが先生だ。先生はKを裏切って、お嬢さんを獲得した……。Kはお嬢さんへの愛を抱いたまま自殺した。先生は後悔の念を持ち続け、やがて死を選ぶ……どうだい、素敵な話だろう?

アオイ ……僕には、ただ、意志の弱い二人の男が犬死したように思えたよ。

ユウ  人とつながりたくて、でも、できなかった。

アオイ 哀れな男たちだ。

ユウ  そんなことない! Kと先生は、お嬢さんを真剣に愛したんだ! 君は人を真剣に愛したことはあるのかい? 愛のつらさが、君には分からないだろう!

アオイ ……。

ユウ  僕は、人とつながりたいのかもしれない。

アオイ 僕だってそうさ。でも、それは、とてもむずかしい……。 (『シンクロ』)




……私「僕は数学が嫌いだ」

副部長「なぜ?」

私「数学には……愛がない」。

副部長「愛がない……でも、「美」がある」

私「『ビ』?」

副部長「そう、数学は美しい」

私「『美しい』……そうだね、アオイは、美しいものが好きだ……それで君は、数学が好きなんだね」

部長「カット。衣織さん、何か考えてる?」

私「はい。アオイはいかにも理系的な性格だと思いました。言葉や思考に割り切りを感じます」

部長「そうだね」

私「だから、そんなアオイは数学に、美しさだけでなく、愛も感じていると思います」

副部長「私もそう思う。アオイは理系に特化した能力を持っている。数学に、美と愛を感じてる」

遠藤「アオイの鋭さは、そんなとこにもあるんだろうね」

影山「俺とは相いれない性格だ!」

遠藤「言わんでもわかっとる!」

何かしら必ずひとこと言わないと気が済まない性格の影山先輩だった。こういう人を、「一言居士」という。


部長「次、行くよ!」


副部長「ユウはいつも何を読んでるの?」

私「『こころ』だよ」

副部長「『こころ』?」

私「そう、『こころ』。漱石さ!(自慢げ)」

副部長「ユウが漱石を読むなんて……」

 副部長さんの冷たいジト目が快感。

私「(副部長の視線に負けず) 僕は漱石が好きなんだ!(言い切り!)」

副部長「古典は退屈じゃないか?」

部長「ちょっと説明を挟むよ。この物語は近未来が舞台になっているから、漱石の『こころ』を古典と言っている」

私「ハイ!」

部長「続けて」

私「ハイ!……でも、過去の人とつながることができる」

 副部長さんは静かにうなずいた。

私「(次の長台詞は踏ん張りどころ) Kはお嬢さんが好きだった。でも、自分の気持ちを素直に伝えることができなかった……そんなKを出し抜いたのが先生だ。先生はKを裏切って、お嬢さんを獲得した……。Kはお嬢さんへの愛を抱いたまま自殺した。先生は後悔の念を持ち続け、やがて死を選ぶ……どうだい、素敵な話だろう? (何とか最後までたどり着けた)」

副部長「(良く言い切ったという表情からすぐにあざけりの表情に変化させ) ……僕には、ただ、意志の弱い二人の男が犬死したように思えたよ」。

私「人とつながりたくて、でも、できなかった」

副部長「(さらにあきれた表情で) 哀れな男たちだ」

私「そんなことない! Kと先生は、お嬢さんを真剣に愛したんだ! 君は人を真剣に愛したことはあるのかい? 愛のつらさが、君には分からないだろう!」

副部長「……」

私「僕は、人とつながりたいのかもしれない (実感)」

副部長「僕だってそうさ。でも、それは、とてもむずかしい……」

部長「カット。アオイは他者を容易には受け入れないけど、本心では他者との関係性を持ちたいという気持ちがある。自分の中の相反する気持ち、自己矛盾に自分で気がついている。でも、それでもやはり自立・独立というか、他者との距離を保ち続けようとする。そこにアオイの悲しみや逡巡があるのだと思う。かわいそうな人だ」

副部長「私も自分で演じていてそう思う。他者と強く反発する一方で強く引き付けあう。実はその気持ちはユウも持っていて、ふたりがなぜそのような存在になったのかには、原発事故後のふたりの成育環境に問題がある」

遠藤「ふたりはひどくいじめられたから……」

影山「この後にその説明の場面が出てくるね」

私「私たちの年代の人は、みな、多かれ少なかれ、辛い経験をした……」

部長「そういうふたりの背景をふまえた上で、この芝居は成立させないといけないね」

私「ハイ!」

影山「それに、ユウはアオイに何か特別な感情を持っている」

遠藤「時々鋭いこと言うな」

影山「当たり前だろ。俺は演劇の申し子だ」

副部長「シアワセナヒト……」

部長「ユウ自身、『自分の気持ちを素直に伝えることができなかった』人だからね」


 短いセリフと場面から、登場人物の感情や背景を推測することが、演劇には求められる。何度も本を読み、想像をたくましくする。自分の少ない経験と照らし合わせる。一つのお芝居を成立させるには、たくさんの手間と情熱が必要なのだと改めて思った私だった。


#小説

#高校生

#東日本大震災

#演劇部



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