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衣織の物語  作者:
59/65

衣織の物語57「synchronicity(シンクロ)」8


(もう一度同じ実験をする)

ユウ  何度見ても、不思議だ……透明になるところが素敵だ。

アオイ どうしてだい?

ユウ  なんていうか……純粋で……。

アオイ 僕たちに似ている……。(せきをする)

ユウ  風邪ひいた?

アオイ いや、そうでもないんだが。

ユウ  あまり、根を詰めちゃいけないよ。少し休もう。

アオイ そうだね。そうするよ。ありがとう。

ユウ (アオイを見て)だいぶ疲れた顔をしている。夜はちゃんと寝ているの?

アオイ 最近、いつも同じ夢を見る。

ユウ  なんだい? 何の夢だい?

アオイ 雪が……白い雪が降る夢……。

ユウ  雪?

アオイ 僕は、暖かいカプセルの中から、真っ白な雪が降るのを眺めている……とても幸せな気分だ……とても静かで暖かな場所だ。

ユウ  ……。

アオイ 真っ白な雪だ……とてもきれいなんだ……。

ユウ  ……今週は、星が降るのが見られるね。

アオイ 予報で言ってたのかい?

ユウ  (首を横に振り)わかるんだ。きっと、そんな気がする。

アオイ ユウは未来が見えるんだね。

ユウ、憂鬱な表情。

音楽フェードイン。照明が切り替わる。

ユウ (照明の下に移動し)あの日、発電所では、水素爆発が起こった。原子炉建屋の屋根や壁が、爆発によって粉々に吹き飛ばされ、白い雪となって町に舞い降りた。

音楽、カットアウト。 (『シンクロ』)





遠藤「ト書きを読みます。『もう一度同じ実験をする』」

私「何度見ても、不思議……透明になるところが素敵」

副部長「どうして?」

私「なんていうか……純粋で……」

副部長「僕たちに似ている……(せきをする)」

私「アオイ、風邪ひいた?」

副部長「いや、ちがうよ」

私「あまり、根を詰めちゃいけない。少し休もう」

副部長「そうだね。そうするよ。ありがとう」

部長「はい、そこで止めよう」

全員「ハイ!」


副部長「わたし、このシーン、好き」

私「そうですね。本当に、『透明』っていうのがふたりにぴったりで」

副部長「衣織もわかってくれる!」

私「ハイ! 演じている自分も清浄なものに満たされる気がします」

副部長「うんうん」

副部長さんは、私の手を取って喜んだ。その手は、思ったよりも冷たかった。

男子部員はみなその様子を微笑みながら眺めている。

副部長さんはみんなから愛されているのだと、改めて思った。


遠藤「この部分は特に、近未来な感じがとてもする。澄み切った存在としてのふたりが舞台上に浮き上がる。そうして、どうしてそんな存在になったのかを考えながら、観客はこの後の物語をたどることになる」

影山「だから、それらしい雰囲気が、ふたりには求められるってわけだ」

私「いきなりハードルを上げないでください」

影山「難しい?」

遠藤「確かに天然な影山には、何も考えずにできるかもしれないな」

影山「それ、誉め言葉だよな」

遠藤「そうだよ。悪意はない」

影山「ならいい」

漫才か? いいコンビだなーと思う私だった。


部長「続きをやってみよう」

全員「ハイ!」

 みんなは部長さんに一目置いている。先輩ということもあるけど、存在が認められている。だから素直に従うのだ。


私「とても疲れた顔。ちゃんと寝ているの?」

副部長「最近、いつも同じ夢を見る」

私「なに? 何の夢?」

副部長「雪が……白い雪が降る夢……」

私「雪?」

副部長「僕は、暖かいカプセルの中から、真っ白な雪が降るのを眺めている……とても幸せな気分だ……とても静かで暖かな場所だ」

 私は、まるで本当に降る雪を見ているような表情の副部長さんをじっと見つめた。演技をしながらも、彼女にすうっと吸い込まれるような気がする。

副部長「真っ白な雪だ……とてもきれいなんだ……」

 副部長さんは、そっと虚空に白い手を差し伸べた。

私「……今週は、星が降るね」

副部長「予報で言ってたの?」

私「(首を横に振り)わかるんだ。きっと。そんな気がする」

副部長「ユウには未来が見えるんだね」

 私は表情を曇らせた。

遠藤「音楽フェードイン。照明が切り替わる」

 私は正面に移動した。

私「あの日、発電所では、水素爆発が起こった。原子炉建屋の屋根や壁が、爆発によって粉々に吹き飛ばされ、白い雪となって町に舞い降りた」

遠藤「音楽、カットアウト」

部長「カット」


部長「この、白い雪の比喩の説明は、もともとはなかったんだ。震災を体験し、情報を持っている俺らにはわかるんだけど、それを知らない人もたくさんいるだろうということで、先生と相談して付け足した」

私「私も、あの出来事を描いているのだろうと、なんとなくはイメージできたんですけど、この部分の説明は、やっぱりあった方がわかりやすくていいですね」

副部長「原発が水素爆発した時、双葉町には実際にその吹き飛ばされたカケラが降った。何人もの人がそれを見ている」

遠藤「すごい恐怖だったろうね。いよいよ原発が爆発したという証拠だから、放射能の汚染に近距離でさらされるなんて」

衣織「私は地震の翌日まで浪江町にいたので、避難の時には後ろから放射能に追いかけられるような気がしました」

部長「うちは原発から20㎞離れていたから、親はそれでもまだ心に余裕があって良かったんだけど、でも、とても心配そうな顔をしてたことを覚えてる」

遠藤「俺らはまだ幼稚園だったから、訳も分からずって部分が多い。何事が起こっているのかと」

影山「ユウには未来が見えるのかな?」

副部長「そういう設定だね」

私「ユウにはどうしてそんな能力が備わったのかが、まだ明かされてませんね」

部長「わざと触れていないんだね。情報が小出しにされている。観客はその一つ一つのピースを組み立てていかなければならない芝居だ」

副部長「観客にも緊張を強いる芝居」

遠藤「そうそう」

私「私、うまくできるかな」

 思わず弱気になった私だった。

影山「大丈夫。今のところ、いい感じだと思うよ」

 まったく大丈夫じゃない人に大丈夫と請け合われて、私は複雑な気分だった。でも、まあ、いい方に取っておこう。


部長「『暖かいカプセル』というのは、母親の胎内のイメージだ。まだこの世に生まれていない胎児が、母親のおなかの中で、放射能を含んだ塵が降るのを不思議そうに眺める悲哀と、母親に完全に守られている幸福とがないまぜになったシーン……」


 私自身、地震の翌日に、浪江町の北西にある津島という地区に避難した。小さな公民館には避難する人たちがたくさん詰めかけ、私たち家族3人はわずかな隙間を見つけて無理やりそこに割り込んだ。中には小さな赤ちゃんも何人かいて、その後あの子たちはどうなったんだろうと、今でも思う。後から分かったことだけど、津島には運が悪いことに放射性物質が降り注いだ。風向きが最悪だった。原発から津島方向に風が吹いてしまった。

 今でも浪江町の面積の75%は帰還困難区域となっており、立ち入りが制限されている。


#小説

#高校生

#東日本大震災

#演劇部

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