衣織の物語56「synchronicity(シンクロ)」7
二場
アオイが机の上に実験器具を置く。
アオイ さあ、実験をするよ。いいかい? このビーカーに、この試薬を注ぐと、どうなると思う?
ユウ 発火して、『バーン』って爆発する!
アオイ そう言うと思った。そんな危険な実験じゃないよ。じゃあ、やってみるよ……ほら。
ユウ (驚く)いったい、どういうことだい?
アオイ 僕は今、放射性物質を安定化させ、無毒化する方法を研究している。これは、そのモデル実験さ。水中のヨウ素に、試薬を入れてヨウ素を還元した。
ユウ それはおもしろい研究だね。使いものになりそうかい?
アオイ まだ分からない。放射性物質の無毒化については、原理としては可能だということが分かっていた。けど、その実現は永久に不可能だろうと考えられている。僕の研究も、まだ仮説の段階だ。(『シンクロ』)
私「放射性物質の無毒化の原理は解ってるんですか?」
部長「理科の先生に聞いたら、どうも解っているらしい。でも、セリフにもある通り、今のところその実現は不可能だそうだ」
私「じゃあ、それが可能になったら、ノーベル賞ものですね。被災者の苦難も解決できる」
副部長「そうね。早くそんな日が来るといいね」
私「水中のヨウ素に試薬を入れてヨウ素を還元する実験って、実際はどうやるんですか?」
遠藤「うがい薬のイソジンをビーカーに水で溶かし、そこにレモンののど飴を入れるんだ」
私「へぇー、そんなんでできるんですか?」
遠藤「そう。俺も半信半疑だったけど、顧問の先生がいろいろ調べて、みんなで実際にやってみたら、イソジンの濃い褐色が透明になった。だからこのセリフ通りの現象を再現できたんだ」
副部長「でも、初めはなかなかうまくいかなくて」
部長「そう。イソジンが濃すぎたり、それじゃあ薄くて色の変化がよくわからないとなったり。レモンの飴も、初めはそのまま入れてぐるぐるかき混ぜてみたんだけど、10分以上経ってからやっと反応してイソジンの色が薄くなった。これではビーカーをかき混ぜるだけで芝居が終わってしまうということで、レモン飴を細かく砕いて粉状にし、それを紙で包んでおいて注ぎ入れるようにした。そしたら短時間で溶けて、うまく行ったんだ」
私「大変でしたね。試行錯誤ですね」
影山「衣織は難しい言葉知ってるんだね」
私はいつもの愛想笑いを影山先輩に向けたけど、他の先輩方は華麗にスルーした。
部長「もう一回、やってみようか」
全員「ハイ!」
ところで、私の「発火して、『バーン』って爆発する!」というセリフと動作が、どうにもうまく行かなかった。羞恥が先に立つ。私の貴族としての性情との相性が最悪だ。私というパーソナリティーとは相いれない。
しかし、なんと言い訳しようと、やらないわけにはいかない。また、やらずにはいられない。自分の性格の多少の変化を感じる私だった。それにしてもうまく行かない。
「バーンと爆発」の部分では、セリフも爆発させ、手足を最大級に四方に伸ばし、まさに打ち上げ花火のように空中にジャンプしてみた。先輩方の評判は悪くなかった。むしろ、もっと弾けた方がいい、弾けてしまえ、という好評をいただいた。
しかし実は、私の心は弾けていなかった。セリフと体は弾けている。心は沈んでいる。これは、冷静というのとはまた違う。うまくいかないやるせなさとも違う。心の底から思いっきりできていない自分に気づき、「ちゃんとやれよ」というもう一人の自分からの鼓舞・抗議だ。このお芝居は、すべてを理解し、すべてを血肉化した上でないと演ずることができない。難儀な芝居だ。
副部長さんはおっしゃった。「心の奥底に悲しみを抱いた人でなければ弾けることはできない」。
私は、物語の世界と格闘していた。
その日の夜、リビングで打ち上げ花火をやってみた私に、ママは、心の中では「何やってんの、この人」という氷のような冷たさを抱きつつ、「イイネ!」とおっしゃった。ママは知らぬふりをしているが、彼女にはすべてがバレているような気がする。恐るべき存在だ。
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