衣織の物語54「synchronicity(シンクロ)」5
ユウ (しばらくして、明るく)僕のパパは、震災の時、津波に流されて死んだ。市の職員だったんだけど、地震のあと、海岸の支所と電話が通じなくなって、すぐ被害状況を確認しに行ったらしい。そうして、それっきりになってしまった……。
アオイ うちの親父は、小学校の先生だった。海岸近くの学校だったから、地震の後、すぐ生徒を引率して高台に逃げた。それで全員無事だったんだ。当時はとにかくガソリンがなかったから、何時間もガソリンスタンドに並んでたことを覚えてる……そういえば、スタンドの行列で、亡くなった人もいたね。
ユウ 「エコノミークラス症候群」だね。同じ姿勢を続けると血栓ができて、肺の血管が詰まってしまう。
アオイ (うなずく)うちの親父は、そんな生活が続いて、心臓がおかしくなってしまった……。
アオイ、あまり食欲がない。
ユウ アオイ、食欲がないのかい?
アオイ ……うん。
ユウ でも、食べなきゃ力がつかないよ。
アオイ ……そうだね……(食べようとする)
ユウ 無理しないで。
アオイ、うなずく。少し食べる。
ユウ ごちそうさまする?
アオイうなずく。手を合わせて、
ユウ ごちそうさまでした。
アオイ ごちそうさまでした。
部長「ユウの、『僕のパパは、震災の時、津波に流されて死んだ』という部分は、実話が元になっている。地震後、沿岸部の確認に行った行政の職員や警察官が津波の被害に遭った。亡くなった人もいる」
私「はい」
副部長「アオイの、『小学校の先生』の話題も、浪江町の請戸小学校の話が元だ。浪江町は、震度6強の地震の後、15mの津波に何度も襲われた。請戸小学校は海岸から200mほどしか離れていないから、津波警報の後、すぐに先生と児童たちが避難した。幸い、1年生は下校してた。2年生から6年生の77名が、徒歩で学校の西にある大平山に向かった。学校からは直線距離で約1300m。道なりに行くと、1500メートルぐらいある。津波は地震の40分後に来たらしいから、小学生たちはまるで津波に追われるように逃げたんだと思う。気が気でなかっただろうね。でも児童は全員無事だった」
遠藤「ガソリンの話題も、うちの父親は時々話す。足がないから商売がまったく成り立たなかったって。顧問の先生も避難してたから、ガソリンスタンドに並んだらしい。心臓がおかしくなってしまったのも、先生の実体験だ。先生は今でも薬を飲んでいるよ」
震災の時、私は、幼稚園の年中組だった。かすかな記憶しか残っていないけれど、先輩たちの話を聞いて、当時のことが思い出されるような気がした。なんか、辛くなってきた。
部長「どうしたの? 気分が悪くなった?」
私「いえ、大丈夫です。ちょっと辛くなっただけで……」
副部長「うちらはみんな震災を実際に体験してるから、当時のことを思い出すと辛くなる。だから、あまり無理しないでいいよ」
遠藤「そうだ。辛い時には練習中断するから」
影山「そうそう。無理しないで」
影山先輩まで私を気遣ってくれている。はた目にはよほどつらそうに見えるのだろう。
影山「アオイ、食欲がないのかい?」
その他全員「(?)」
副部長「……もしかして、もしかしてだけど、セリフを援用して衣織さんに気を遣い、それとともに場を和ませようとしたのかな?」
その優しくも鋭い切っ先を思わせる表情と言葉に恐れを抱いたのは、影山先輩だけではなかった。影山先輩とは、こういう人なのだ。場をわきまえない。悪くすると、その人間性までもが他者から疑われる。良かれと思ってやったことが、完全なる失敗となってわが身に返ってくる。カワイソウナヒト。
これらの感慨は一瞬のうちに私の頭の中を駆け巡った。そうして私は言った。
私「うん」
でもこれは、アオイ役の副部長さんのセリフだ。そう、私は賭けに出たのだ。悪くすると悪ふざけ。うまくいっても苦笑か嘲笑。
副部長「アオイさん。つらい時にはムリしなくていいのよ……」
そう、私は憐憫の情をかけられたのだ。重ね重ねのご厚意に、私の頬を流れるものがあった。
いま、影山先輩は副部長さんにきつく睨まれている。その様子を盗み見し、私の心はだいぶ軽くなっていった。ありがとう、おバカを演じた影山先輩。そうしてそれにまっとうな批判を加えてくださった副部長さん。部長さんと遠藤先輩は、いつものことと、優しい視線をふたりに送っている。ありがとう、先輩方。皆様のおかげをもちまして、わたしはきっと、大女優へとはばたくでしょう。
そんな妄想はこれくらいにして、わたしは微笑を皆様に送った。そんな私を見て、先輩方は安心したようだ。
部長「今日の練習はこれで終わりにしよう。お疲れさまでした!」
部員たちはみなあわてて立ち上がり、部長さんとみんなに向かって、「お疲れさまでした!」と元気にあいさつした。
脚本の内容が内容だけに、これからの練習でも、演技がうまくいかない苦痛だけじゃなくて、精神的なタフさが求められるなーと思った。
私にとって下校時の自転車はいつも、その日一日の反省の時間だった。
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