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衣織の物語  作者:
55/65

衣織の物語53「synchronicity(シンクロ)」4

ユウ  (急にケロッとした表情になり)そういえば、お腹すいたね! 今日は、僕が当番だった。

    (サンドイッチ、飲み物と薬袋を持ってくる)アオイは今日は、ブルーベリー。飲み物はどっちがいい?

アオイ じゃあ、カフェオレで。

ユウ、ちょっとがっかりした表情。

アオイ こっちが良かったか?

ユウ  大丈夫。紅茶も好きだよ。

アオイ ブルーベリーは、母さんを思い出す……。母さんはよく言ってた。「ブルーベリーは体の中から、悪い毒を全部出してくれる」って……今日のサンドイッチ、おいしそうだ。

ユウ  当たり前さ。ここに来て、もう3ヶ月になるんだ。僕だって、これくらいはできるさ。(自慢げ)

アオイ だといいんだけど。とりあえず、いただこうか。

二人  いただきます。(食べる)

アオイ うん、まあまあだ。ユウが作ったわりには。

ユウ  「まあまあ」はいらない。アオイのお母さんは、何の料理が得意だったの?

アオイ デトックス効果のある野菜スープをよく作ってくれた。海草サラダもおいしかった。

ユウ  僕のママも作ってくれたよ……懐かしいなぁ。もう一度食べたい……。




 次の日。影山先輩が練習風景をスマホで動画撮影することになった。部室内は狭いということで、部室の前庭での練習。そこは、部員に踏まれた土の表面があらわになっている。四方が建物で囲まれているため、いつも湿った場所だった。幸い、春の晴天が数日続いており、ふだんよりは足を踏ん張って練習できそうだ。


 私は自分の演技をビデオに撮られるのが初めてで、いったいどのように映るのだろうかととても心配だった。そうでなくても下手な演技は自覚している。それが動画として残されるなんて、耐えられない。演技確認後は即刻消去を命じたい。


影山「できるだけこっちを見ないでやってみようか」

 気にしないでおこうと思ってもやはり気になる影山先輩のスマホのレンズ。どうしてもそちらをチラチラ見てしまう私の姿は、映像にしっかりと収められているだろう。


 配置についた私は、さっそく、とにかく、やってみた。

私「そういえば、お腹すいたね! 今日は、僕が当番だった」

 私は精一杯、副部長さんの顔を覗き込んだ。これで合っているのだろうか?

私「飲み物は何がいい?」

副部長「じゃあ、カフェオレで」

 私は思わず、両手の手のひらを上に向け、よくあるあきれたポーズをとっていた。ベタだ。ベタすぎる。自己嫌悪の方が上手に表現されていたのか、自分にあきれた私を見て、みんなは笑った。

私「急にケロッとした表情になりとか、ちょっとがっかりした表情とか、なかなかむずかしすぎます。よくある仕草に、どうしてもなってしまう。どうしたらいいですか?」

副部長「何もやらないよりは、何かしら動作をした方が、初めのうちはいいと思う。その方がお客さんに伝わりやすいし」

遠藤「でも、だんだん慣れてきたら、違う仕草や表情も工夫したほうがいいよ。さっき衣織は、よくあるあきれた仕草をしたけど、この場面での「あきれる」意味と背景を考えて、別の表現ができないか、いろいろ試してみる。俺らがそれを見て、あーだこーだ言うから、それを参考に次に生かしてもらえばいい」

私「ハイ!」

遠藤「『ユウは、サンドイッチ、飲み物、薬袋を持ってくる』」

私「今日はブルーベリーをたっぷり塗ったよ」

副部長「……ブルーベリーは、母さんを思い出す……母さんはよく言ってた。「ブルーベリーは体の中から、悪い毒を全部出してくれる」って……今日のサンドイッチ、おいしそうだね」

私「当たり前さ。ここに来て、もう3ヶ月になるんだ。僕だって、これくらいはできるさ。(自慢げ)」

副部長「だといいんだけど。とりあえず、いただこうか」

私「ハイ!」

 ふたりで声を合わせ、「いただきます」と言い、食べる仕草をした。

影山「ふたりとも、大食いだね」

副部長「余計なこと言わない」

 副部長さんの鋭いツッコミに、影山先輩は思わず体を後ろに引いた。力関係が如実に表れている。副部長さんは、私よりもさらにキリッとしている人だ。普通の男子には到底かなわない威厳がある。


副部長「この場面は、合宿か友人の家に泊まる雰囲気でやりたいな。実際は違うんだけど、その対比をわざと出したい」

部長「お客さんをだますというのではないんだけど、どこのどんな状況なのかをわざと言わない出だしだよね。登場人物ふたりに微妙な違和感を持ちながら、お客さんには見てもらいたい」

遠藤「実際は、狭い空間に閉じ込められているふたりだ」

私「ハイ!」

 閉塞感というのだろうか。相手との関係性を徐々に明らかにしていくような演技が、私には求められている。背景を考えながら演ずる必要がある。でも、そんなことを思いながらの演技は、ますますぎこちないものになった。


副部長「うん、まあまあだ。ユウが作ったわりには」

私「「まあまあ」はいらない。アオイのお母さんは、何の料理が得意だったの?」

副部長「デトックス効果のある野菜スープをよく作ってくれた。海草サラダもおいしかった」


影山「『ブルーベリーは体の中から、悪い毒を全部出してくれる』や、『デトックス効果のある野菜スープをよく作ってくれた』というセリフは、単に健康に留意した食事を提供したということではない。母は子の体から、取り出したいものがある。今の副部長の演技には、それが上手に表れていたと思う」

 副部長さんは、「たまには影山もいいこと言うじゃない。そこまでわかってればよろしい」と言って、胸を張った。


 副部長さんはお芝居がとても上手だ。「始め」の合図が鳴ると、すうっと人格が変わる。その瞬間が見ていてもわかるので、初めは少し怖いくらいだった。多重人格者のようだったから。

 それを部長さんに伝えると、部長さんは、「いろいろたくさん調べて、考えて、何度も練習をして、そうしてそれらがすべて自分の身体に入った後に、やっと自然な演技ができる。考えながら演じるのは無理だ。考えないでもそれまでの蓄積が自然と演技となって表れるまで辛抱しなければならない。中途半端なものを見せられても、お客さんが困るでしょ。副部長の演技が上手に見えるのは、それらの過程と努力を経た後のものだからなんだ。だから、ちょっと厳しいようだけど、みんなで集まって練習する時は、個人の努力の結果を持ち寄りたい。ここで初めて実際にやってみるというのではなくて」

 私は演劇の奥深さ、心構えと、みんなの真剣さを感じた。


#小説

#高校生

#東日本大震災

#演劇部





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