衣織の物語51「synchronicity(シンクロ)」2
遠藤「自分がト書きを読みます。『1場、明転。音楽フェードアウト。アオイはスマホで勉強中』」。
すると副部長さんはスマホを取り出し、演技を始めた。ということは、私がユウだ。部長さんの目くばせに従って脚本を持ち、少し離れた場所に立った。
遠藤「『ユウ、下手から登場』」
私「(オズオズと移動しながら)ねぇ、アオイ?」
部長「そんなに肩に力を入れなくていいよ。からだから力を抜こう。」
みんなは抑えた笑いを浮かべている。
影山「リラックス、リラックス!」
そもそもどう副部長さんに近づけばよいか、そして副部長さんをアオイと呼ぶ不自然さに、私のぎこちなさはマックスだった。おそらく今、私の顔は赤くなっているだろう。いや、絶対そうだ。
副部長「私も最初はそうだったよ。だから気にしないで、思いっきりやってごらん」
副部長さんは私を見上げながら言った。
部長「そうそう、初めはみんなそんなもん。自然な演技が実は一番難しい。とにかく、続けてやってみようか」
私「ハイ」
消え入りそう。でもやるしかない。これも練習だ。私は両足に力を込めて立った。
遠藤「『アオイは無視している』」
私「アオイ!!」
呼びかけの声が、妙にデカくなってしまった。アセアセ。でも、副部長さんは、すっかりお芝居の世界に入っている。スゴイ!
副部長「(またかという表情)なんだ」
男性的でカッコイイ!
私「この数式、どうやって解くの?」
私はポケットにあったスマホを、おずおずと副部長さんに見せた。
副部長「どれ?(スマホを見て)この問題は、この前も教えただろ。ユウは人の話を聞かない人だ!」
私「僕、数学、苦手なんだ。だからもうちょっと優しく教えてよ。アオイは数学得意なんだから。アオイはいつもそうだ」
まだセリフが入っていないので、ほとんど脚本を見ながらの演技で、セリフに強弱をつけるのが精いっぱいだった。
副部長「邪魔するな」
私「だって、わかんないんだもん」。
「わかんないんだもん」などというかわいらしいセリフを吐くのは、これが生まれて初めてだ。庶民はこのように部活動で楽しみを感じておるのか? なにかいかがわしいゾ。
遠藤先輩と部長・副部長さんは、なかなかうまいとほめてくれている。おだてれば木に登る種類の人間と認識しているのだろう。影山先輩は、憐みの視線を私に送るだけで何も言わない。ふだんはあんなに饒舌なのに。
私はいつから人におだてられ、憐れに思われる人になったのだろうか。このままでは、やがて蔑まれるのではないか。未来へのボンヤリとした不安が、この時私を襲った。端的に言うと、私に演技は向いていないのではなかろうかと思ったのだ。とにかく恥ずかしすぎる。ぎこちなさ過ぎる。
先輩方の目には、初めてよちよち歩きをはじめた小鹿を見守る慈愛があふれていた。かわいそうなものを見るあたたかな視線。
演劇部に入部してまだひと月も経たずに、私は退部となるのだろうか。なんせ向いてない。不適格者だ。自分への絶望にさいなまれている私に、それでも先輩方はあたたかな言葉と視線を送ってくれた。
部長「いったんここで止めて、この場面を確認しようか」
「はい」と返事し、みんなはそれぞれの椅子に座った。私にとってはいい水入りだ。
部長「衣織さん、この冒頭の場面は、何を表していると思う?」
私「仲のいい友人に勉強を教わろうと話しかけている場面です」
部長「そうだね。でも、その裏側にあるものは何?」
私「……」
副部長「ユウはアオイにとても親しみを感じているのに対し、アオイはドライな感じがする」
遠藤「ユウはとても子供っぽく、アオイはちょっと大人だ」
影山「この後を読むと、どうやらこのふたりは女子っぽいんだけど、ユウは自分を『僕』って呼んでいる。ボクっ子か?」
遠藤「最後に近い場面で、その謎は明かされるけど、ふたりは中性的な感じがするよね」
影山「そうそう。それにここまででは、ふたりについてだけじゃなくて、場所や物語の背景がまだわからない」
部長「この脚本を書いた先生は、わざと学校をイメージさせる雰囲気にしているんだと思う。それが実はそうではなかったという驚き・意外性を求めている」
副部長「そうですね。だから逆にこの場面は、いかにも教室で生徒がじゃれ合っているように演じなくちゃならない」
部長「そうだね」
部長さんは私の方を向き、「毎回こんな感じで脚本の背景を話し合いながらお芝居を作っていくんだ。衣織さんも、自分が思ったイメージを、どんどん言葉と演技で出していいんだよ」
副部長「そうそう。初めからうまく演じられるわけじゃないから、思いっきりやればいい。まだ新入部員じゃん!」
私は「はい!」と元気に応え、物語の読み方を学んでいかなくちゃと思っていた。演劇は、演ずるだけでなく、脚本を読み込んで、その世界をしっかり把握する必要がある。そうしないと、うわべだけの演技になる。上手な演技に注目が集まりやすいけど、その前提・土台に物語の理解がある。「演劇って、奥が深いぞ」と思う私だった。
私を見守る先輩方がとても大人に見えた。
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