衣織の物語50「synchronicity(シンクロ)」1
脚本の初めには、次のように書かれていた。
◆梗概
大地震と大津波に襲われた原子力発電所は、電源を喪失する。放射性物質の拡散が止まらず、原発は「モノリス(石棺)」と呼ばれるコンクリートの建造物で覆われた。ユウとアオイはその隣の施設で共同生活をしている。
モノリスの石棺としての機能は限界に近づいている。
◆キャスト
ユウ
アオイ
布団に横になりながら私は、先生からもらった脚本を眺めていた。コピー用紙が新しく、指が切れそうになるのを気にしながらページをめくる。部長さんから東日本大震災をテーマにした物語だと聞いていたけど、当時の状況そのままを描いたものではないようだ。既に夕食もお風呂も済ましており、あとは寝るだけという態勢だった。
外国の事故では、原発を分厚いコンクリートで覆い、放射線が外に漏れないようにしているケースもある。それをイメージしたものだろうか。
それにしても登場人物は2人だけで、ともに女性のようだ。ということはやはり、副部長さんと私がキャストということになるのだろうか。そう思うとちょっとドキドキする私だったけど、今はこの脚本を読み込もうと思った。
次の日、放課後の部室には全員が集合していた。発声練習は既に済ませている。
部長「衣織さん、どうだった? 初めての脚本だったと思うけど、読みづらくなかった?」
私「はい、初めは慣れませんでしたけど、最後まで読みました。でも、ちょっと難しかったです」
副部長「そうだよね、初めは慣れないよね。」
遠藤「高校演劇は60分ものだから、一つの物語になってたでしょ」
私「はい。あの世界観をどう表現するのか、とても楽しみです」
影山「それで、キャスト、やれそう?」
部長「それをいきなり言うな! まだ決まったわけではないだろう」
影山「アッ、そうなの? 女子2人だから、自動的に副部長と衣織だと思ってた」
私はどう反応していいものか、判断に迷っていた。
私「未経験の私に、できるでしょうか? お芝居に関することは、今まで何もやったことが無いんです(幼稚園を除く)」
部長「とりあえずさ、脚本をみんなで読んで、物語をちゃんと把握するところから始めよう。キャスト決めはそれからだ」
部員は全員うなずいた。
部長「それでは、2ページまで各自黙読。それから話し合い」
1場
明転。
音楽フェードアウト。
アオイはスマホで勉強中。
ユウ (下手から登場し) ねぇ、アオイ。
アオイ (無視)
ユウ アオイ!
アオイ (またかという表情)なんだ。
ユウ この数式、どうやって解くの?
アオイ どれ?(スマホを見て)この問題は、この前も教えただろ。ユウは人の話を聞かない人だ。
ユウ 僕、数学、苦手なんだ。だからもうちょっと優しく教えてよ。アオイは数学得意なんだから。アオイはいつもそうだ。
アオイ 邪魔するな。
ユウ だって、わかんないんだもん。
ユウはしぶしぶ少し離れた場所で数式を解く。やがて飽きてしまい、アオイへ通信する。
アオイ やめろ。
ユウ、少しして、また通信する。
アオイ (堪忍袋の緒が切れて)邪魔するなって言ってるのが、分からな
いのか!
ユウ、ふざけた表情としぐさ。
アオイ ふざけるのもいい加減にしろ。人の邪魔をして。
逃げるユウ。二人はもみあいになる。ユウも応戦。ユウは勢いを付けて何度かつかみかかるが、アオイにはかなわず、はねとばされ、転ぶ。
アオイ いいかげんにしろ!
ユウ そんなに、真剣に、怒ることないじゃないか……ちょっとふざけただけなのに。(泣き顔)
アオイ ユウはいつもそうだ。僕が真剣にやっていると、いつもちょっかいを出してくる。人の迷惑を考えない。
ユウ (子どものように泣いている)
アオイ いつまでも子どもだ。(言い捨てる) もういいから、昼食の準備をしろ!
ユウ (急にケロッとした表情になり)そういえば、お腹すいたね! 今日は、僕が当番だった。
副部長「衣織ちゃん、実際にちょっとやってみない?」
私「エッ?」
副部長「本を持ったままでいいから、簡単にやってみよう」
みんなが2ページまで読み終わると、副部長さんは突然こう言いだした。
私「(どう反応したものか)」
部長「そんな急に言われても、まだやったこともないし、無理なんじゃ……」
副部長「練習だから。何事も経験だし!」
遠藤先輩が、「そうは言っても」と言ってとりなそうとしたけど、副部長さんは強い視線で私を見ている。熱い人だ。
脚本のこの場面の私の印象は、取っ組み合いがあるものの、女子二人のとても静かで何気ないシーンというものだった。こういう当たり前のシーンを自然に演じるのは、逆に難しいのではないか。私がやったら、さらに絶対必ずギコチナクなる。
でも仕方がない。ここで一歩を踏み出さねば、演劇部に入った意味と資格がない。私は心でひそかに少しの決意をし、椅子から立ち上がった。
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