衣織の物語4「ホームベースが安息の地とは限らない」
野球の話が出たついでに言うと、私の将来の結婚相手について、パパとママが話したことがあったそうだ。早すぎる話題だ。
ママ「あの子が言ってた。ぜんぜん縁がないって」
パパ「そうなの? そうでもないように見えるけど」
ママ「いつになったらモテるんだろって」
パパ「モテなくてもいいんじゃないか?」
ママ「そういうわけにもいかないよ。あの子も年頃になったら、縁があればそれもいいし、いずれにしろ自立してもらわないといけないし」
パパ「自立はしてもらわないとね。親の面倒を見てもらうつもりはないけど」
ママ「モテたい気持ちは、ひそかにあるみたい」
パパ「でも、あれだな。こないだ職場の後輩も言ってたけど、そいつもぜんぜん縁がなくて、どうしようかって言ってた」
ママ「フーン」
パパ「俺もずーっとモテなかったけど、30過ぎて、急に縁があるようになったって言ったら、そんなもんですかねーって言ってた」
ママ「そうなの?」
パパ「だれにもモテ期はあるよ。俺は30過ぎたら、ヨリドリミドリだったって言ったら、疑わしげに俺のこと見てた」
ママ「30過ぎて、モテたんだ。(ふーん)」
パパ「そう、そんな気がする。(なんか、まずいこと言ったか?)」
ママ「私と付き合い始めたのは、確か私が25でパパは30の頃だったから、ちょうどモテ期だったのね……」
パパ「……そうか? そうだっけ? (なんか、まずい雰囲気)」
ママ「……それで、その後輩はどうしたいわけ?」
パパ「(言葉にトゲがある)たくさんの女性にモテなくてもいいから、彼女が欲しいらしい」
ママ「ふーん」
パパ「それで俺が言ったんだ。人生、誰にでも一度はモテ期が来るって」
ママ「……」
パパ「俺も30過ぎに、バンバン球が投げ込まれたって。(ママ、なんか違うこと考えてないか?) ただし、その中には変化球もあるから、気を付けた方がいいよって。選球眼が大事だって」
ママ「それで?」
パパ「そいつ、選球眼を磨いときますって言ってた。でも、選球眼てどうやって磨けばいいですかねって聞いてきた。それで結局、女性と付き合わないと、選球眼は磨けないなって話になった」
ママ「ふーん」
パパ「話が振出しに戻っちゃったなぁって言って、ふたりで笑った」
ママ「ふーん」
パパ「そいつは、ヒットでいいから打ちたいって言ってた」
ママ「まあ、そうね」
パパ「でも、ヒットを打っても、走塁の途中で小石につまずくこともあるかもしれないし」
ママ「……」
パパ「盗塁しようとしたら、タッチアウトになることもあるし」
ママ「……」
パパ「それに、ホームベースが安息の地とは限らないしって話になった」
ママ「……」
パパ「(まずいこと言ったか?)」
そう。パパは地雷を踏んだのである。踏み抜いたのである。その後一週間、我が家は安息の地ではなくなった。
この会話でおわかりのとおり、パパとママはいつも、それぞれが別のことを考えている。同じ話題について話している時も、同じ景色を見ている時も、二人の考えと心は交わらない。平行線ならまだしも、最近はそれぞれがそれぞれの赴く方向へ限りなく遠く遠く隔たっていく。隔たり続ける。ボイジャーのように。それでもなぜか二人は別れない。不思議な夫婦だ。
ちなみに、私は結婚生活にあこがれはない。結婚そのものも、したいわけではない。ただ単に、イケメンと一緒に居たいのだ。デートとかしたいのだ。それだけだ。自分でも結婚できないと思う。この性格では。