衣織の物語47「発声練習」2
前にも紹介した通り、演劇部室のプレハブは、学校の敷地の妙に奥まったところに建っている。第1体育館の北西にあり、北にはプール、東は第2体育館がある。西側は学校の敷地を囲む木立、その向こう側はかつては田んぼだったらしけど、今は東日本大震災で被災した人たちが住む仮設住宅がずらっと並んでいる。
私たちは部室のそばに立ち、東側を向いて整列した。四方がすべて何かで取り囲まれた密やかな場所。湿った空気の中での発声練習。若い男女が数名。何やらイケナイことをしているような変な感覚だ。
演劇にはさまざまな場面がある。練習もここで行われることが多く、男女の恋愛の修羅場や叫び声、泣き声、恫喝の声、等々の声やらセリフやらが飛び交うため、毎回、近隣からの苦情を多少恐れながらの稽古だ。最悪、その物騒さから警察を呼ばれかねない。演劇部とは因果な部活動だ。
部長「それじゃあ、久しぶりに発声練習をしよう。まずは口ならしに、『あえいうええおあお』からいこうか。あっ、衣織さんは聞いててください。それじゃあ、いくよ」
部員たち「ハイ!」
部長に続いて部員たちは声を合わせて発生し出した。
「あえいうええおあお。かけきくけけこかこ。させしすせせそさそ。たてちつててとたと。なねにぬねねのなの。はへひふへへほはほ……」
初めは隣の先輩をうかがって聞いていた私も、リズムと節回しを理解し、なんとなく小声でやってみていた。
部長「次は、『あめんぼ』いくよ!」
部員たち「ハイ!」
私「(あめんぼ?)」
全員「あめんぼ 赤いな あいうえお。浮藻に 小エビも 泳いでる。柿の木 栗の木 かきくけこ。きつつき こつこつ 枯れけやき。ささげに 酢をかけ さしすせそ。その魚 浅瀬で 刺しました。立ちましょ ラッパで たちつてと。トテトテ タッタと 飛び立った。なめくじ のろのろ なにぬねの。納戸に ぬめって なにねばる。鳩ポッポ ほろほろ はひふへほ。ひなたの お部屋にゃ 笛を吹く。まいまい ねじまき まみむめも。梅の実 落ちても 見もしまい。焼栗 ゆで栗 やいゆえよ。山田に ひのつく よいの家。雷鳥は 寒かろ らりるれろ。
れんげが 咲いたら 瑠璃の鳥。わいわい わっしょい わいうえを。植木屋 井戸換え お祭りだ」
私「(これは何かのおまじないだろうか? 五十音順になっているけど)」
副部長「衣織さんも、『あめんぼ』、徐々に覚えてね。発生の練習で、毎回使うから」
私「ハイ! 早めに覚えます!」
実際、私はその日のうちに覚えてしまい(お風呂効果)、次の日からはスラスラ言うことができた。これは、あれだろうか。私は役者に向いているということでよろしいか。と、すぐにうぬぼれる所が、自分の悪いところだと自覚している。してはいるが、止められぬ。
部長「次は、各自柔軟!」
部員たち「ハイ!」
副部長「教室とか借りられる時は、ジャージでちゃんと柔軟やるんだ」
私「そうなんですね!」
他の部員たちの様子をうかがいながら、私も見よう見まねでストレッチをした。
遠藤「やっぱりあれですね。部長。どこか部屋を借りましょう!」
部長「そうだね。顧問の先生に相談してみる」
副部長「お願いします」(ペコリ)
私も頭を下げた。
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