衣織の物語44「部活動登録」2
遠藤先輩「それで、衣織ちゃんは、どうして演劇部に入ろうと思ったの? 中学でやってたとか?」
突然話題が私に転換したのと、「ちゃん」呼びに、戸惑う私だった。それに、遠藤先輩は誰にでも距離が近い人で、今もグイグイ迫ってきてる。決して悪い人ではなく、人との交流を強く求めるタイプなのだろう。
部長「今は、上級生の自己紹介だろ。急に話を振るな」
遠藤先輩「あぁ、そうだった。ゴメン」
部長さんが間に割って入ってくれた。
私「いえいえ、大丈夫です。中学ではパソコン部でした」
遠藤先輩「そうなんだ? それで何で演劇部?」
私「中学とは違うことをやってみたかったというか、いろいろ見学した中で、この部活が、いちばん居心地がよかったものですから」
先輩方はみな、満足そうな表情を浮かべている。
副部長「そーなんだよね。演劇部っていうと、変わり者の集まりじゃないかとか、夜な夜な奇怪なオブジェを作ってるとか、たまに叫び声が学校中にこだまするとか、部室には魔物が棲むらしいなどなどの、よからぬうわさもささやかれているようだし。でも、私を筆頭に、ホントは気のいい奴らの集まりなんだ」
私「そうですね(微笑)。でも、高校の部活って、人間関係というか人間模様というかが複雑ですね」
影山先輩「エッ? どゆこと?」
それまでスマホをチラチラ眺めていた影山先輩が、急に話に入ってきた。こういう話題は興味があるようだ。
私「他の部活を見学した時に、それぞれの部活でそれぞれの人が、それぞれの事情のもとに、考えたり言葉を発したりしてたものですから」
影山先輩「俺には新入生の言ってる意味が分からない……」
遠藤先輩「お前にはちょっと難しい表現と内容だったな。でも、衣織ちゃんって、大人だね」
私「そんなことないです。ここに至るまでに、他の部活でいろいろ衝撃的なことがあったものですから」
副部長「まだ入学して日も経っていないのに、何を経験してしまったの? お姉さんに教えて。相談に乗るよ」
私「それほどのことではないのです。さっきはつい「衝撃的」って言ってしまいましたが、主に男女関係のことでして」
副部長「それならなおさら相談に乗るよ」
私「でも、私のことではないんです。他人事なのです。他人事なのですが、人の恋路ほど興味がわく話題も無いものですから」
この時私は、少ししゃべりすぎたと思っていた。私の話は核心の周りをぐるぐる周遊している。そのはぐらかされ具合に、聞き手にとっては非常に興味がそそられる内容だ。現に今、先輩方は興味津々のご様子。
しかしこの話題は、各部活動部員の個人情報が満載であり、うかつに話すと、人のプライバシーを激しく侵すことになってしまう。それはまずい。個人情報保護の観点からまずい。下手するとその当事者や情報源から、訴えられる恐れがある。いじめはその子の学校生活を破壊する。
従って私は、それ以上の情報公開は絶対にしてはならぬと、この話題の詳細については固く口を閉じた。そうしてそれを曖昧な微笑で包み隠した。純粋な先輩方は、私の微笑作戦にある者は幻惑され、ある者は少しの疑義を抱きながらも見逃してくれた。それで、この話題はとりあえずこれで終わりとなった。
部長「衣織さんは、演劇部でやりたいことってある? キャスト・演者がいいか、それとも裏方・道具類の制作や音響・照明係がいいか。どう?」
私「どちらもまだ実際にやったことがないので、先輩方の活動の様子をこれから見て参考にし、判断したいと思います。できればいろんなことに挑戦したいと思っています」
遠藤「そうだね。いろいろやってみるといいよ。適性もあるだろうし、経験することも大事だし」
顧問「それぞれの立場を実際に経験すると、相手が何を考えているかとか、他の部署が何を求めているかがわかると思う。双方の視点を持って、お芝居全体を見渡すことが大事だね」
それまであまり会話に加わっていなかった顧問の先生が、この時やっと参加した。顧問の先生の言葉に、部員の皆はうなずきながら聞いていた。顧問と部員の間の信頼を感じた。
部長「遠藤も、自分の自己紹介をちゃんとやろうよ。話はその流れだろ」
遠藤「そうだった。自分は、もちろん演劇も好きだけど、実は生徒会の役員もしてる。自分も学校生活を楽しみたいし、他の生徒たちにも楽しんでもらいたいんだ」
顧問「遠藤君は、人のために働くことが苦にならないタイプなんだ。偉いよね」
部長「きさくだし、何でも積極的に取り組む前向きな人です」
遠藤「そんなことないですよ。でも、人のためにっていうのはそうですね」
遠藤先輩は恥ずかしそうにおでこに手のひらを当てた。
副部長「来年は、生徒会長候補だね」
遠藤「そんな、まだ、わからないよ」
部長「でも、遠藤なら、学校を任せられると思うよ。そちらにも時間が割かれることは、演劇部としては痛いけど」
遠藤「大丈夫です。これからも、部活と生徒会を、ちゃんと両立していきます。たしかに大変だとは思うけど」
部長「よろしくな」
遠藤「はい。分かりました。……自分も、ちょっと個人的な話をすると、うちは、家庭の事情で進学が厳しそうだから、高校生活を充実させたいっていうのもある」
部員たちはみな、遠藤先輩を見ている。
私も、人はそれぞれの事情を抱えているものだと思っていた。
#小説
#高校生
#東日本大震災
#演劇部




