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衣織の物語  作者:
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衣織の物語39「部活動紹介」演劇部

 体育館で行われた部活動紹介で、演劇部は寸劇を上演していた。内容は、誰が考えたものかわからないが、できるだけお芝居をオモシロオカシクして、新入生に笑ってもらおーっていう意図がありありの芝居で、鼻白んだ新入生が続出した。よくある、童話のパロディである。しかもさまざまな童話の有名な部分を無理やりつなぎ合わせているので、内容がゴチャゴチャしていてガチャガチャうるさい。とても鼻につく。私も若干苦笑したのだが、でも、一生懸命演じている部員の様子を見て、次第に興味と感動の気持ちがわいてきた。それは、一生懸命やってるのにかわいそーというのではない。確かに演劇部部員は減少の一途をたどり、今や部存続も風前のともしびである。新入部員が入らなければ、廃部の危機だ。よって、部員勧誘のための熱演である。私は、その一生懸命さに真に心が打たれたのだ。


 私の心を動かした以上、見学に行かないわけにはいかない。校舎の外れに立っているらしい、ぼろっちいプレハブに、貴族は出向いた。演劇部部室に赴こうとした時、高校でできた新しい友人の何人かが私を止めた。やめた方がいいんじゃない? よく考えたの? と口々に言う。これは何か、悪い噂でも立っているのか? よくない事が起こるの? 魔物の棲む館? と思ったが、友人たちは口ごもる。行ってはいけない理由を、はっきりとは言わない。私は、怖いもの見たさという人間特有の複雑怪奇な感情を抱きながら、演劇部部室へと向かった。


 しかし、友人に聞いた順路で歩いて行ったのだが、なかなか目的の建物にたどり着けない。うちの高校は体育館が二つあり、それに挟まれたような形で部室は立っているらしいが、体育館自体が斜に位置しており、校舎と二つの体育館をつなぐ渡り廊下が迷路のようで、その近辺を歩きに歩いた。


 やっと出会ったそれは、体育館の北側にひっそりと存在していた。渡り廊下伝いには行けず、体育館の犬走伝いにしかたどり着けない場所にあった。建物が傾いている。中に入ったら、絶対に平衡感覚に狂いが出て、めまいに襲われるだろうと思われるほどだ。

 まず、X軸が傾いている。屋根だけでなく、敷居も傾いている。しかも、傾きはそれぞれ異なっている。それぞれの角度で傾いているのだ。それだけではない。Y軸も傾いている。右辺の壁と左辺の壁がこれまたそれぞれの角度で傾いている。つまり、まだ空間認識の無い、工作が下手な子供が造った、おもちゃの家レベルのできなのだ。隙間だらけで冬はさぞかし寒かろう。

 簡単に言うと、年末深夜の電車に乗っている、泥酔したオヤジ並みの不安定さだ。いまにも倒れて椅子から落ちそう。ドロッと崩れそう。あるいは、消費期限が過ぎた安いミルフィーユを上から無理やり押しつぶしたようなというか。ある意味、私は衝撃を受けた。晴れがましい新入学。これからの高校生活に淡い期待を抱き、校門をくぐった春という門出の季節に、このような年代物のキタナラシイ物件に遭遇するとは! これが部室と、誰が思うだろうか、いや思わない。現に、オリエンテーションで渡されたパンフレットに載っていた校舎案内図には、この建物は存在しない。あとで確認してもやはりその部分が空白だった。建築法違反だから? 本来、あってはいけない建物? 近日中に取り壊す予定? たかが部室にこれほどの説明を要したのは、私が受けたその時の衝撃の強さを物語るものである。ホント、ひと目見てビックリしたんだから。


 まだ、ときどき大きな地震来てるけど大丈夫? という不安を抱く人は正しい人である。まっとうな人生を歩むであろう。どうやってあの大地震を乗り越えたのだろう。私は奇跡をそこに見た。

 プレハブの西側は杉林で、北側にも木が生えていて、その向こうにはプールがあった。東に第2体育館、南は第1体育館。つまり、部室の周りは何かしらで囲まれている。空気の流れがさえぎられており、何かがよどんでいる陰気な場所だ。何か悪いことが起こりそーな(狐狸が棲む)、悪事をたくらむ悪い人がいそーな(盗人が棲む)、そんな場所であった。やはりここに棲むものは魔物か?(引き取り手のない死人を捨てていくという習慣さえできた) だから友人たちは、私が演劇部に足を向けることを止めようとしたのか? (かっこの中は『羅生門』より)


 部室入り口に立った時、私は思った。「勇気」というものは、こういう時に発揮するものだろう。そうして引き戸に手をかけた。この戸を開けば、何かがある。勇気を出してこの戸を開こう! たとえそれが私の高校生活の第一歩を、暗くぬかるんだ沼地のような世界に導こうとも! 猿のような老婆が、死人の髪の毛を抜いていよーとも!

 しかし、部室の戸は開かない。両手を取っ手にかけて思いっきり開こうとしても、びくともしない。これでは中に入れない。引き戸と入り口の枠自体が、すでに腐って歪んでいる。いったい何年ものなんだろう。もう一度、体全体に力を込めて、思いっきり引っ張った。私のか弱いこの一撃によって、プレハブが倒れたらゴメン。

 しかし、どーやっても戸は開かない。頑として私の侵入を拒んでいる。中に人がいるのは窓越しに分かっている。曇った窓ガラスから、明かりがぼんやり外に漏れている。いや、よく見ると、曇りガラスではない。年代物の汚いガラスである。この世にプレハブというものが発祥した時から、この部室は立っているのではなかろーか? そう疑わせるに十分な外観と引き戸の開かなさ加減である。


 そうして、私が何度か時間の壁にチャレンジしていると、突然引き戸はガラッと開いた。

私「キャッ」

先輩「アッ、人がいたんだ。ぜんぜん気付かなかった。ゴメン」

私の前には、大柄だけど優しい笑顔を浮かべた男子が立っていた。

私「すみません。私、演劇部を見学したくて来ました!」(突然のことでビックリで、会話がうまく成立してない)

先輩「元気がいーね。君、新入生?」

私「ハイ。いま見学は可能でしょうか?」

先輩「大丈夫だよ。てか、大歓迎だ」

 私は、戸をノックすればよかったんだと、この時気づいた。いきなり開けたらかえって失礼だった。

先輩「あの部活動紹介は、部員の間でも非常に不評だったんだけど、演劇に興味を持ったの?」

私「ハイ! 部員の皆さんの一生懸命さに、心打たれました!」

先輩「『一生懸命』……あぁ、そーだね。みんな一生懸命やってたね」

私「ハイ、熱演でした」(熱演かどうか、それが部活動紹介および新入生勧誘に効果を発揮したのかは定かではないが、とりあえずこう言ってみた)

先輩「ありがとう。内容は、イマイチだったけどね。じゃあ、とりあえず、中にドーゾ」

私「ありがとうございます。失礼します」

 怖いもの見たさ半分、何かあったらすぐ逃げよーという気持ち半分で、私は中に導かれた。この先輩もそうなんだけど、この学校の先輩男子は、丁寧で優しい人が多い気がする。イケメンかどうかを問われれば、微妙なラインだ。でも、私が出会った先輩男子は、いい人ばかりだ。それで私は、ちょっとホッとした気持ちになった。


 中に入ると、室内は、ひとことで言うと雑然としていた。そうして、他の部員はいなかった。真ん中に大きくて厚く古いテーブルが、ドッシリと置かれている。テーブルの上には、何かのパンフレット(ほんとに何?)、古い台本(片づけないの?)、ペン、キャップの取れたマジック(書けるの?)、定規(半分に折れてる)、裁断機(これだけ妙に存在感がアリアリで大きい。何を「裁断」するの? 怖い。)、養生テープ(あと少ししか残ってない)、古い人形(呪われない?)、飲みかけのペットボトル(中身が変色して見える。絶対に賞味期限切れてるよね)、そのほか、わけのわからないもの(その存在を、これはあれだと普通名詞で述べることができない)がたくさん置かれている。この机は、ものを書いたり切ったり着色したりするときにも使われているようで、それぞれの痕跡が残されていた。

 テーブルの周りにはイスが置かれている。でも、形やサイズがバラバラだ。わざとそうしたの? 家のリビングにあるようなもの3脚、ソファ2つ、いかにも部員が角材とベニヤ板で作った四角くて黒い箱のようなもの数個、パイプ椅子2脚、教室によくある生徒用のイス3脚。これらがテーブルの周りや部屋の隅に置かれていた。椅子に統一性は求めないらしい。

 壁際と部屋の一角には、木材やベニヤ板、ベニヤ板の下の部分に支えが付いていて自立できるようになってるもの、ペンキ缶、ハケ、のこぎりやペンチなどの大工道具たくさん、以前使ったらしい教室の壁を表現した大道具、CD、CDプレーヤー、古いノートパソコン、いろいろな色のセルロイド、その他、とにかくモノがたくさん置かれ、積まれ、立てかけられている。そうしてそれらが、それぞれ独特のニオイを放っている。長い時間は、ここにいられないと思った。

 さらに、床がふわふわ柔らかい。スポンジの上を歩いてるのかと思うほどだ。これらの道具類を支え持ちこたえる力が、まだこのプレハブには残っているのか? という疑問がわいてくる。もーそろそろ危ないと思う。下手すると、プレハブの崩壊に伴って死者が出るだろう。

 薄暗く、陰気で独特の臭気を含むよどんだ空気が漂う、年代物の部室。ここに立ち入る者は、決してまともな高校生活を送ることはできないだろうということを実感させるエリアだった。

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