衣織の物語37「部活動紹介」弓道部
みなさん意外に思うだろうが、いま高校生の間では、なぜか弓道がおおはやりである。入部希望者が多く、どの高校でも弓道場が部員であふれている。学校にある弓道場は、あってもたいてい、いっぺんに4人ぐらいが射られるスペースしかない。だから、道場の外で練習・待機している部員の数の方が圧倒的に多いのだ。なにやら太いゴムひもを引っ張ったり(パチンコか?)、矢を射る姿勢・型?を練習したり(これ、大事みたい)、俵を半分に切ったようなものに至近距離から矢を射たり、という感じだ。中学の卓球部も、一年生が実際に卓球台に向かうことができるのは入学後だいぶ経ってからだろうけど、それと同じだ。
それでね、弓道の袴をはいた女子って、やはりかっこいいのですよ、これが。脇がかなり開いているので、一瞬、見えちゃうんじゃないかと思って、女の私でもドキッとするんだけど、ギリギリセーフみたい。上着も襟を合わせた部分がちょっと色っぽくて、男子は目のやり場に困ってる。その姿で町中を歩いたり、コンビニに寄ったりする女子もいて、衆目を集めてる。まー、中にTシャツを着てることが多いんだけどね。そんな、ちょっと色っぽくて、古風で、男女がそろってできる部活動もいいなーって思ったのだ。高校から始める人がほとんどだから、みんな初心者ってことで、よーいドンで始められるところも良し。でも、さっきも言ったとおり、とにかく人が多い。こりゃ、実際に矢を射ることができるのは、ずいぶん先になるなーって思って、弓道部もどーしよーかなーって思った。私は実際に矢を射ることを早めに始めたかったから。基礎練習も大事だけど、そればっかりで半年って、時間がもったいない気がする。
とにかく見学しよーって思って弓道場に行ってみると、部室から私の中学の先輩女子が顔を出したのでびっくりした。そこで、いろいろ話を聞かせてもらうことができた。今までの説明も、その人から聞いたものなのだけれど、その他にも、弓道部の内情を聞かせてもらうことができた。
私は弓道部に対して、古風で、武道で、礼儀に厳しいっていうイメージがあったのだが、それはそーなんだけど、実はそーでもない部分が意外にあるらしい。先輩は弓道部副部長なのだが、弓道部の内実は、男女間のトラブルがあって困ってるって言っていた。それも、かなり多いらしい。副部長としての役割や仕事は、ほぼその処理なのだということだった。エッ?「礼節」はないの?って思ったし、部員の人数分の色恋沙汰の処理はさぞかし大変だろーなーって、先輩をたいへん気の毒に思った。あまりにも人数が多いと、人は恋に落ちるのか? 道場内外での色恋沙汰は、弓道部特有の甘い蜜の味か? どうやら部内でけっこう定期的に修羅場が展開されるらしく、弓道が人の色欲を増進させる理由に若干の興味が芽生えたが、深入りしないでおいた。やはりあの女子の袴姿が元凶(諸悪の根源)なのだろうか? 部内恋愛の諸相について、先輩は、大変私に話したがっている様子がうかがわれたが、遠慮した。何事も、深入りは体に毒である。かすり傷で済めばまだしも、こっちにまで害が及ぶ可能性大である。
それでね、ここから話がものすごーく逸れる+長くなる予感がするんだけど、その先輩副部長女子の様子が、ちょっと変だったの。簡単に言うと、他人の話じゃなくて、自分のことを、何か話したがっているよーに見えた。いくら同じ中学の先輩だからといって、私が話し相手として認定されたのか(ありがたいよーな、そうでないよーな)、それともよほど誰かに聞いてもらいたかったのか、定かではないが、先輩は話を続けた。
先輩「そんなわけで、部内の刃傷沙汰がほぼ毎日起こっててね」
私「ハイ(だいぶ物騒だ)」
先輩「ほら、ほぼ毎日でしょ」
私「ハイ」
先輩「副部長も、けっこう大変なの」
私「ほんとに大変ですね(笑顔+多少の困り顔。聞き上手な私である)」
先輩「部の練習計画を立てたり、公式戦に向けて練習試合の日程調整を他校としたり、顧問の先生と部員の調整をしたり……とにかくやることが結構あるの。自分の練習ができないくらい。まーそれはいーんだけどね。これが副部長の仕事だから。部がうまく回ってくれればいいの」
私「そーですね。大変ですね」
先輩「その上に、恋愛の相談を受けたり、恋愛に関わるイザコザを解決したり」
私「ハイ」
先輩「ホント、私の高校生活、弓道部に捧げて終わるのねって感じ」
私「大変ですね」
先輩「人のためにいろいろ尽くして、私の高校生活は終わるのかしら」
私「……」(微笑むことしかできません)
先輩「人のために何かをするのは、嫌いじゃないのよ」
私「ハイ」
先輩「だから、副部長を引き受けたわけだし」
私「……」(うなずくことしかできません)
先輩「でも、ドロドロなの」
私「……」(うなずくことしかできません)
先輩「ほんと、やになっちゃう」
私「……」(ひかえめな苦笑)
先輩「恋愛って、みんな同じじゃないでしょ?」
私「そーですね」
先輩「ケースバイケースで」
私「ハイ」
先輩「人によって違うでしょ? 好きになるきっかけとか感覚とか、告白の仕方とか、感情のやり取りとか、うまくいくとかいかないとか」
私「(うなずく)」(たしかに違うな―)
先輩「それでね、私だけじゃ手に余る場合は、部長に相談するの」
私「……」(これ、だいぶ話が長くなってるし、弓道部の核心に触れる話題だが、そんなことを私に話してしまって大丈夫なの?)
先輩「私が相談できるのは、部長しかいないの」
私「(うなずく)」
先輩「部長だけが頼りなの」
私「……」(そーなんだ。それでこの話はどこに向かって進んでいくの?)
先輩「こないだもね、男子部員同士のイザコザがあって、ケンカになっちゃったの」
私「(それは大変でしたという表情)」
先輩「で、両方に話を聞いてみたら、どーやら、ひとりの女子を巡っての恋の争いだった」
私「ハー」
先輩「片方の男子がその女子と付き合ってて、最近二人の関係に微妙な変化が生じ、女子がもう片方の男子に相談したらしい」
私「(うなずく)」
先輩「最近、彼とうまくいってないって。どーしたらいいんだろうって」
私「(うなずく)」
先輩「で、相談された男子は、その女子と同じ中学で、昔から仲が良かったらしいのね」
私「(うなずく)」(私のうなずき攻撃発動中)
先輩「で、相手の男子に、『何で最近彼女に冷たいんだよー』って言ったんだって」
私「(うなずく)」
先輩「そしたら、『お前にかんけ―ないだろ』って言われたんだって」
私「(うなずく)」
先輩「そうして、『何でお前が俺たちの関係に口を出すんだ。もしかしてお前、彼女のこと、好きなんじゃねーの?』って言われて」
私「(うなずく)」
先輩「そこでバトルが始まったわけ。『中学時代の同級生を心配してただけだろー!』『それにしては、深入りしすぎじゃねー!』『彼女を悩ませてんのはおめーだろー!』『まじ、かんけーねーんだよ。お前には!』って言って、もみあいになった」
私「ハー」
先輩「そばにいた子たちが止めたから大ごとにはならなかったんだけど。ホント、こんなんばっかりで、疲れるわー」(トホホという表情)
私「(それは大変でした)」
先輩「それでね、そのことを部長さんに相談したのね」
私「(うなずく)」
先輩「また部員同士のトラブルがあったんですって」
私「(うなずく)」
先輩「そしたら部長さんが言ったの」
私「(なんて?)」
先輩「『副部長にはいつも心配をかけてすまん』って」
私「(うなずく)」
先輩「『迷惑ばかりで申し訳ない』って」
私「(うなずく)」
先輩「わたしも、『私の方こそ、頼れるのは部長しかいなくて、いつもこんな相談ばかりですみません』って言った」
私「(うなずく)」
先輩「そうしたら、部長さんが、『そんなことないよ、俺の方こそ、こんな話できるの、君だけだよ』って言ったの」
私「(うなずく)」
先輩「ごめんね、急に変な話して」
私「(首を横に振る)」(反応の仕方は、それしかないでしょ)
先輩は、明らかに恋バナに誘導したがっているように見えた。繰り返すが、深入りはケガの元である。ましてや、その日に初めて話した相手である。なぜその話を私にするのか? 私はこの話を聞き続けていーのか?
先輩「そんなことがあって……私、部長さんがいままでとは違って見えた。いままでとは、別の存在になった。」(顔を赤らめる)
私「……」(反応の仕方がわからない)
先輩「部長さんに『君』って言われたの、その時がはじめてだった」(顔の赤みが増す)
私「……」(反応の仕方がわからない)
先輩「私、どーしたらいいんだろう」(真剣に悩んでいる。悩みの本気度がマックスである)
私「……」(反応の仕方がわからない。私に聞かないで―)
(つづく)




