衣織の物語31「高校入学」~野球部のボーズ頭を見るたびに、心がキュンとなった。恋ではない。震えあがるのだ~
高校生活は、想像とは全く違ってた。私の理想的には、イケメンのお兄様方が廊下を闊歩し、いい香りを漂わせ、すれ違いざまに前髪の奥からチラッと私に視線を送るという、妄想全開なものであったのだが、現実は常にキビシイ。現実は、ボーズ頭の野球部男子が肩を怒らせてローカを歩き、その人たちとすれ違うたびに私は壁に限りなく体を寄せる。身が縮む思いである。万が一ぶつかったら、私の体が壊れる。狂暴である。やつら(失礼)はか弱い私にぶつかることなど、それによってか弱い私がケガするかもしれないことなど、一顧だにしない。やつらは脳内も筋肉でできている。野蛮である。そしてどーやらそれを良しとしている。本人たちばかりでなく周りの人たちも。
この野球部先輩の威勢に味を占めた1年新入部員たちも、先輩と同じようにふるまう。まだ入学したての一年ボーである。たいして野球がうまくもないのに、エラそうにふるまう。虎の威を借る狐である。とうとう私は、教室や廊下にいるボーズ頭を見るたびに、心がキュンとなった。恋ではない。震えあがり、心臓が痛くなるのだ。野球に恨みはないが、やつらの存在がうっとーしい。
たとえば、4校時終了のチャイムが鳴ると同時に、やつらは校舎各地から1階の購買部にダッシュする。おいしそーなパンやお弁当は、すべてやつらに奪われる。全校生徒の敵である。私も我を顧みずダッシュを試みたことがあったのだが、貴族である。勝てるはずがない。フライング気味で授業を終えてくれた先生への感謝の気持ちとお財布を握りしめて駆け付けた時も、やつらは既に購買部前に並んでいた。へーぜんと。
うちの野球部員は全部で60人ほどいるらしいが、ひと目その半分は購買前にいる。いつもだ。仕方なくそいつらの後ろに並ぶのだが、ここでまた私の心を痛める出来事がある。あいさつである。やつらのあいさつの声は、非常識にデカい(失礼)。耳が痛くなるほどである。おまけに、後輩が、先輩一人ひとりに丁寧にあいさつする。廊下に響く。校舎が震える。
それをね、いかにも高校生らしくてすがすがしい、とか、野球部はやはりこーでなくちゃ、とか思う人が、世の中には意外に多いのだ。先生や保護者などの大人だけじゃなくて、高校生にも。私にはとんと解せぬ。理解不能である。あの声量は鼓膜が破れる。私の耳の調律が狂う。幼少期からピアノのお稽古でせっかく身につけた絶対音感が失われる危機である。私の耳は繊細にできあがっている。うしろからいきなり大きなあいさつの声を聞かされると、ほんと、心臓に悪い。学校生活でやめてほしいことの第一だ。あいさつは、野球に関係あるものなのか? 野球がうまくなったりするの? 私には、わからない。
やつらは昼休みにも練習している。「昼練」てやつだ(ちなみに、朝練もやってる。そんなに野球が好きなの? 一日中野球ばっかりで、飽きないの?)。そのためにその日の何食目かの食事をあっという間に済ませ、部室棟へと馳せ参じる。部室棟わきの路上で、素振りである。あんな鉄のボーを、なに心なくやたらと振り回している。いったい1日に何度振り回せば気が済むのだろう? 親の仇? バット振り回し人形? 振れば振るほど、ホントに打撃力はアップするの?
休み時間には教室でバットを磨いている奴がいる。頬ずりでもしようかという勢いである。バットが恋人か? たしかに、かつてイチロー選手は、常に愛用のバットを肌身離さず手元に置き、触れ続けたと聞いた。それにあやかろーという魂胆か? これは、もしかして、やつらにとってのバットは、私にとってのイケメンの写真か? ならば納得しないでもない。許そーぞ。
私はこれまで、野球部に恨みはなかった。しかし、高校野球は別物となった。それに、こんなに野蛮なのに、すべてが特別扱いの感がある。どーして? まず、生徒会の予算が他の部活動に比べて飛びぬけて多い。下手すると、ケタが違う。まだ寒い体育館にじかに座らされて閉口した5月初頭のゴールデンウィークの合間を縫って開催された生徒総会で渡された資料を見て、思わず隣の子に確認したほどだ。他の部活の子は不満ではないのだろうか? 野球部の予算案の額に、その子も驚いていた。
さらに、野球部だけ年間の試合数がやけに多い。各部活動の年間計画も生徒総会資料に載っていたのだが、公式戦が2カ月に1回はある。練習試合なんぞ含めたら、年中やってることになる。ベンキョーする暇あんの? 成績大丈夫?
おまけに、わが校の校庭は、ほぼ野球部に占領されている。たいして広くもない四角い校庭の一角には、バックネットが設置されている。ボールが隣の道路に飛び出さないようにするためもあって、かなり高くて頑丈な作りだ。内野が内野らしくちゃんとあって、マウンドも高くなっている。外野フェンスも、狭いながらも弧を描いている。つまり、ミニ野球場となっている。
その弊害は、当然他の部活に及ぶことになる。たとえばサッカー部。公式戦の県大会では、むしろサッカー部の方が良い成績を残しているのだが、ほぼ野球部に占領されたかたちの校庭の片隅で、チマチマと練習してる。見るに哀れなほどだ。私のシロート目にも、あれでは練習にならないだろーなーという感じである。たまに、意趣返しだろうか、外野のフェンス代わりの立て板に、サッカーボールを蹴り込んでいるサッカー部員の姿がある。同感である。むしろ、応援する。あらん限りの力を込めて、野球部の練習の真っただ中に、ボールを蹴り込め! 野球部ごときに牛耳られる学校なんてあっていーはずがない! 夢に描いた私の高校生活を返せ!
中学の時に気になってた彼はサッカー部だったのだが、中学のサッカー部はそれなりのスペースを得ていた。もともと中学の校庭は高校より広く(どーして高校の方が狭いの?)、また部活同士に遠慮というか譲り合いの精神があり、スペースと曜日を分け合い、みんな仲良く活動していた。ハンド部とテニス部も、同じ校庭で練習していたのだ。それに対してわが高校は、謙譲の精神を持ち合わせていないのか? 効率というものを考える頭がないのか? 中学の生徒会予算は、野球部だけが突出するということはなかったぞ!
みなさんには、文句ばかりになってしまい申し訳ない。しかし、止まらない。高校という所は、他の学校もこんな感じなのだろーか? みんなでたのしく(特にイケメンと)、キャッキャ、ウフフする場所が、高校ではなかったのか? 教室内を見回しても、登下校中の先輩がたの姿を見ても、わが校にイケメンを名乗るほどの男子はいない。惜しい人はいる。しかし、全体的に見ると不作である。不作すぎる。がっかりである。残念だ。失望。絶望。
校内でイケメンと触れ合えない生活が3年間も続くのかと思うと、不登校になりそうだ。こうなったらいっそ、登校拒否だ。ほんとに拒否するぞ! いいのか? と、こっそり虚空につぶやく私であった。(ママに言ったら、大変なことになる)
そういうわけで、あらためて周りを見回すと、高校という場所にはこの他にもずいぶん野蛮な人種がいる。しかもけっこうたくさん。地方の高校は、こんなものか? アニメや映画の中のさわやかなイケメンは、架空の世界にしか存在しないのか?
こうして、現実世界と空想世界のギャップに打ち砕かれて、私の高校生活は始まったのだった。




