衣織の物語26「浪江町10」~ママの高校~
帰路の途中にママの卒業した高校があるということで、だいぶ陽が落ちてきていたけど、寄ってみた。校門は閉ざされ、すぐわきにスクールバスが止まっている。この高校は野球部が強かったので、後援会が所有していたものだろう。甲子園にも何度か出場したことがある。スクールバスも自転車置き場も校舎も、黒ずんで壊れかけている。雑草がすべての存在を覆い、廃墟のようだ。校舎を包む雰囲気が暗かった。ママは、近くの駅から走って登校したことや、部活動の体力づくりのため海辺まで走ったことを語った。パパと私はそれを静かに聞いていた。双葉町はまだ帰還が許されていない地域が多い。それだけ原子力発電所に近い場所だということだ。
ひっそりと静まり返ったそこは、かつてたくさんの高校生たちがそこで過ごしていたということがまったく想像できない場所だった。無残な校舎は残っている。時が人工物を荒廃させる。現在だけでなく、かつての命も感じられない。
放射線量を気にして、私たちはすぐに車に戻った。帰路を急ぐ車の中でママは、「私が関係した場所は、みんななくなっちゃうのよね」と言い、寂しく笑った。パパと私はどう返事していいものかわからなくて、黙ってた。ママは、私たちに気を遣わせてすまないという表情をした。私は、大丈夫だよという微笑をママに返した。パパもルームミラー越しにママに優しく微笑んだ。
ママが卒業した学校は、浪江町の小学校も、中学も、双葉町の高校も、みんな長期間の休校になってしまった。ママが働いたことのある富岡の中学校も、休校になっている。私の幼稚園もそうだ。すべて、原発のせいである。これらの学校が再開される日は来るのだろうか。
放射能は、人々から、住む場所や仕事や友達や思い出や将来の希望や、そういうとても大切なものたちを奪ってしまった。奪われたものを取り戻すことができるのは、いつになるのだろう。それとも、もう取り戻せないのだろうか。
結局、まとめると、いろいろがっかりした残念な旅だったのである。思い込みが強すぎた? 期待しすぎ?(カルボナーラ……) 期待しちゃダメ? 帰り道の車は、三人分の沈んだ気持ちを載せて、夕闇の中を西に向かった。
それから一週間後、ふとママがつぶやいた。「わたし、もう、ふるさととは心が離れてしまったかもしれない。もういいかって思った」 その言葉に、パパは寂しくうなずいた。私はまだ、気持ちの整理がつかないというか、曖昧というか、決められないというか、微熱が続いてボーっとしてるような、よくわからない状態だった。そもそも、何をどう、どの順番で考えなければならないのかが、とても難しい。さんざん考えた先にちゃんと答えがあるのかさえおぼつかない。非常に心が疲れる。考えるのをやめたくなる。考えるのをやめる。一時保留。永遠の保留。




