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衣織の物語  作者:
24/65

衣織の物語23「浪江町7」~園長先生の訃報~

 おじいちゃん・おばあちゃんと別れ、10年ぶりの町内を車で一周することにした。私は避難してから初めての帰町だったので、その後どうなってるのかなという気持ちと沈んだ気持ちとがあり、その二つ以外にも言葉にできないもやもやがあり、簡単に言うと憂鬱な気持ちで車に乗って外を眺めていた。天気は良かったんだけど。いつもの楽しいドライブとは全く違うものだった。


 実家は町はずれにあるので、まず町中に向かった。国道が整備・拡張されており、道のわきに建てられていた家々は取り壊されたものが多かった。特にJR浪江駅前周辺のあたりは、商業施設や住宅がコンパクトにまとめて建設される計画があるらしい。人気(ひとけ)も家もない更地だらけなので、新しいものを建設するのは簡単だろうけど、そんな立派なものを作っても、人は集まるようになるのだろうかと思った。

 とにかく町に、人がいないのだ。働く場所や安心して暮らせる環境は、いつ整うのだろうか。現在は、簡単に言うと、町全体に人の営みというものが全くないに等しい印象だった。生活というものがまるで感じられない。


 更地に整備された隣には、新しく建設された住宅やお店もあった。そのいくつかは、ママもなじみの店で、同じ中学だった人の電気店も新しくなっていた。帰町しているのは高齢者が多いので、クーラーの取り付けだとか、電気製品の修理だとかで忙しいみたい、とママが言った。その様子は、テレビでも放送された。このような形で、町は再生していくものなのか。

 JR常磐線は、全線開通している。数人の乗降客が駅舎に見られた。ママとよく行ったパン屋さん。お刺身がおいしくて、刺身といえばこの店と決めていた、パパのなじみの魚屋さん。パパとママの眼鏡を作ってくれためがね屋さん。みんな、建物自体も無くなってしまっていた。お店のみなさんは、どうしているんだろう?


 その後、町役場のそばにある、私が通っていた幼稚園に行った。もう何も残っていなかった。整地されていて、草がたくさん生えている。道路際に、黄色い靴の跡が残っていた。そこで両足をそろえて止まり、園児が道路に出る前に左右を確認するためのものだ。コンクリート造りの門も、遊具も、建物も、全部無くなっていた。パパが、まだ建物が残っている時に撮った、震災数年後の写真を見せてくれた。この写真の姿が私が知っている幼稚園に近い。ただ、草が枯れ、たくさんの落ち葉が園庭に吹き溜まりになっているのだが。遊具が黒ずんで、ただそこにある。取り残されている。その写真を見た時、そう思った。それであっても、存在してくれているだけ、まだましのような気がする。いま、目の前に広がるのは、ただ、「無」だけだったから。

 私自身は幼稚園があまり好きだったわけではなかった記憶もあるが、何も残されていない目の前の空間に、やはりなにか大切なものを失った気がした。しかも完全な形での喪失。かつての幼稚園を前にして、パパもママも私も、無言だった。

 幼い記憶と現前の光景のギャップに、あれは幻だったのではないかと思うほどだった。私は記憶も過去も失ってしまったのか。私の心も少し欠けてしまった。


 いつも大きな声であいさつしてた園長先生の訃報が届いたのは、もう5年も前のことだ。

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