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衣織の物語  作者:
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衣織の物語20「浪江町4」~幼稚園の小さな黄色いバッグ~

 ママの実家の門を入ると、小さな黄色いバッグが物干しざおにぶら下がっているのが見えた。車から降りると、私たちを出迎えたおばあちゃんが、「これ、覚えてる?」とそのバッグを見せてくれた。表側には、私が通っていた幼稚園のマークがついており、手に取って裏返すと、私の名前がマジックで書いてあった。年月が過ぎているので、その文字はかすれている。私の幼稚園のバッグだった。中に入っているハンカチやティッシュを取り出し、おばあちゃんは太陽の光にあててくれ、「ずっとこのままだったから、カビ臭くなっててね。中に物が入ってること気づかなくて、ごめんね」と言った。バッグの横には小さな上履きと黄色い帽子が干してある。やはり幼稚園で使っていたものだった。10年経っても覚えているものだ。それを告げると、おじいちゃんは、「よく、覚えてたね」と笑った。


 地震の時、ママと私は、たまたまママの実家のこの家に遊びに来ていた。幼稚園に私を迎えに行き、そのまま実家に行ったのだ。

 そうして、家の中で遊んでいると、体験したことのない揺れが来た。その後、大きな地震が何度も続いた。ママは私を抱きかかえ、急いで庭に飛び出した。庭の植木が激しく左右に揺れていた。その非日常的な風景をママの腕の間から見ていた私は、世界とはこんなにも激しく動くものなのかと思っていた。飼い犬が泣いていたが、それを心配する私を抱くママの腕は、決してその力を緩めなかった。ママは娘の命を最優先に考えていたのだろう。屋根瓦が波を打って崩れ落ちた。


 海の方から響く不吉な海鳴りが止まない。それに呼応するように裏山も不気味な地鳴りを立てつづける。こんなひどいことが、いったいいつまで続くのだろうと、幼い私は考えていた。


 その日は、車の中で一夜を過ごした。大きな地震が続いており、家にもひびが入ったり瓦が落ちたりして傾いていたからだ。一晩中、車ごと何度も地震で揺さぶられた。

 翌日、車に乗り込む人数と、積み込めるだけの荷物の量を考えた結果、私の幼稚園のバッグと帽子と上履きは、ママの実家に残されたのだろう。もっとも、実家から避難するときにはあまりに慌てていたから、物事をよく考えたり判断したりすることはできなかっただろうが。


 久しぶりに入ったおじいちゃんの家の中は、がらんとしていた。震災後、帰宅できるようになると、おじいちゃんとおばあちゃんが協力して、家の片づけをしていたそうだ。二階建ての大きな家なのだが、瓦が数カ所落ち、壁にひびが入った。隣にあった古い家は、半壊状態だった。屋根が壊れていたため雨水が部屋の中まで入り、数か月ぶりに帰宅したときには、部屋中がカビだらけになっていた。とりあえずビニールシートをかけ、応急処置をした。そうして、瓦屋さんに頼み、先に屋根の補修をした。

 おじいちゃんは大工なので、補修を手伝うとともに、壁や天井の痛みを直していった。壁紙をはがし、ヒビを埋め、新しい壁紙を張った。おばあちゃんは、ペンキを塗ったり、部屋の道具類の片づけをしたりした。傷んだものや不用品を整理し、廃棄した。震災からずっと、これらの作業を年老いた二人で何年もかけてやっていたのだ。大変だったろうなー。


 これらの大変な作業を経た後で私たちがお邪魔したので、部屋はすっかりきれいに片付けられていたわけだった。二世帯が住んでいたので、もともと大きな家だったのだが、部屋の中に物がないので、がらんとしていた。おじいちゃんは、各地の地名が書かれた小さな提灯を集めるという変な?趣味があったが、それらはもうない。置物やぬいぐるみもほとんどない。たまに帰宅してなんとか暮らせる程度のものしか残していないということだった。電気と水道は通じているが、ガスはない。調理ができず、ポットでお湯を沸かす程度だった。

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