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衣織の物語  作者:
15/41

衣織の物語14「後期中間テスト2」

 私たちがよく行く喫茶店(オアシス)は、オトナの人が行くような店構えと価格設定なので、他に中学生は見かけない。以前、私たちも、他の店が混雑していて、たまたま入ったくらいだ。それ以来、心の貴族である私が、いたく気に入った場所だ。一緒の彼女もちょっと大人っぽいところもある子なので、騒いではいけない場所とわきまえているようだ。その店では、いつもより元気のトーンが落ちる。よきかな。


彼女「テスト勉強、進んでる?」(メロンソーダ+アイスフロートをひとくち)

私「うん、ボチボチ」(コーラ+アイスフロートをひとくち)

彼女「私も」

私「教室、うるさくない?」

彼女「そだね」

私「放課後、勉強しようと思ったんだけど」

彼女「うん」

私「うるさくて」

彼女「そんなに?」

私「スマホで音楽流してる子もいて」

彼女「ハー」

私「踊ってる子もいて」

彼女「なんと!」

私「それで、逃げてきた」

彼女「つらいね」

私「うん、つらい」

たわいがない。たわいがなさすぎる会話だ。でも、まだ続く。

彼女「私、こないだサー」

私「うん」

彼女「交通事故にあっちゃって」

私「ヘッ!」

彼女「こないだの休みの日に、友達としゃべりながら歩いてたら、車にぶつかった」

あまりにも簡潔すぎて、内容が頭に入ってこない。事故の場面がイメージできない。

私「それで、ダイジョブだったの?」

彼女「ぜんぜんヘーキ。どこも痛くない。2メートルぐらい弾かれたらしいけど」

私「ほんとに大丈夫?」(ほんとに大丈夫?)

彼女「うん、大丈夫。それでね」

まだ他に何かあるのかと身構えた私だった。交通事故だけでもビックリなのに。不死身なヒトである。

彼女「そこで、お父さんに会った」

私「ヘッ!」

彼女「たまたま通行人として歩道を歩いてたのがお父さんだった」

私「ハー(ため息)」

彼女「車にはね飛ばされて倒れてた私に、真っ先に駆け寄ってきて、『大丈夫ですか?』と声を掛けてくれたのがお父さんだった」

私「そんなことも、あるんだねー」

彼女「私もびっくりしちゃって、『だ、ダイジョブです』って答えた」

私「車にはねられただけじゃなくて、久しぶりのお父さんだものねー」

彼女「そーなの。ホントびっくり」

彼女の両親は、確か一年前に離婚したはずだ。そして、お父さんは、海外に高飛びしたはずである。別の女と一緒に。いつ、帰ってきたんだろう? (もちろん、人のうちのことだから、そんな詳しくあれこれ聞くわけにはいかない)

彼女「それで、警察が来て、現場の確認が終わった後、久しぶりにちょっといいか? ってことで、お父さんと居酒屋に行った」

私「居酒屋?」

中学生である。離婚した父親と居酒屋である。いいのか?

彼女「ほんとは会っちゃダメって言われてるんだけど、お母さんには」

私「うん」

彼女「ほんとにヒドイ人だからって」

私「…」(反応に困る)

彼女「あなたにも言えないようなことがたくさんあるからって」

私「…」(反応に困る)

彼女「ちょっと一杯やりたいから付き合ってって言われて、居酒屋に入った」

私「…」

彼女「お父さん、ビール飲んでた」

私「うん」

彼女「おいしそうだった」

私「そうだね」

彼女「私も、飲みたくなった」

私「あー」(同意。たまに私も飲みたくなる。どんな味かは知らないけど)

彼女「ひと口、飲ませてもらった。苦かった」

ここで突然思い出したんだけど、交通事故の後、病院に行かなかったのか?

私「事故の後、病院に行かなかったの?」

彼女「うん、体は大丈夫だったし、頭も打ってないっぽかったから、いいかって思って」

私「ほんとに大丈夫だったの?」

彼女「うん、大丈夫だった。今も大丈夫だよ。お父さんにも言ったら、お前は生まれた時から丈夫がとりえだったもんなーって、笑ってた」

私「あー」(そこ、笑うか?)

彼女「それでね、その時、お父さんに、……お母さんとは結局、何で別れたのって聞いた」

私「うん」

彼女「そしたらね、お父さん、ごめん。って言った」

私「……」

彼女「ほんとにお前には、すまないことをした。すまないことをしたと思ってるって言った」

私「……」

彼女「思春期の壊れやすい女子には、それ以上突っ込めなかったよ。恨みや苦情を申し入れようと思ったけど、できなかった。お父さん、私の前で、恐縮してた。お父さんが、小さく見えた」

私「……」

彼女「それで、その時は、それ以上はもういいかって気持ちになった。またビールなめさせてもらった」

私「(私もなめたい……)」

彼女「あっ、その時は私服だったから、大丈夫だよ」

私「そうなの?」

彼女「うん、全然平気。わたし、大人っぽく見られるから」

私「そだね。お父さんとは、その後……」

彼女「お父さんは、その後ちょっと飲んだだけで、すぐ帰ることになった」

私「うん」

彼女「それでね、お父さん、帰り際にこう言ったの」

私「ん?(何て?)」

彼女「お母さんは元気か? 体に気をつけてって伝えてくれって。」

私「……」

彼女「わたし、急に涙が出てきた……いろいろあって、いやな思いをしたはずなのに、お父さんがかわいそうになった」

私「……」

彼女「あの女とは別れたよって言って、お父さん、歩いて行った」

私「……」

彼女「……ごめんね、テスト前に変な話して」

私「ううん」

彼女「誰かに聞いてもらいたくって、話した」

私「うん」

彼女「聞いてもらって、よかった」

私「うん」

彼女「私さん、ありがとう」

私「そんなことないよ、いつでも話しなよ。私でよければ、いつでも聞くよ。」

彼女「うん。ちょっと、すっきりした」

私「いつでも、聞くよ」

彼女「うん。ありがとう。テスト、ちょっと、やる気出てきた」


 私の方は、テストが吹っ飛ぶほどの重い話だった。でも、私という存在が、誰かの役に立てた気がした。ただ、話を聞いただけだけど。カウンセラー向きか?


 内容がまったく見出しにそぐわないことに気づいたけど、テストは何とか乗り越えた。

 中学生にはいろんなことがあり、たまにビックリし、苦悩する。日々はこうして過ぎていくのだと思った。

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