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衣織の物語  作者:
13/41

衣織の物語12「金木犀とりんご飴と彼」

 下校の時、雨や雪の日はもちろんのこと、私が疲れてるときも、ママに車で迎えに来てもらう。化粧っけのない人だし、学校と家はそれほど離れていないのに、ママは待ち合わせ場所まで来るのに時間がかかる。何をやっているのか、どうしてそんなに時間がかかるのかは、いまだに謎だ。

私はママ到着まで、公園やコンビニで少しの優雅な時間を持つことになる。(それなら、自分で歩いて帰れよ! とおっしゃるゴジンがたくさんいるとは思うが、私は貴族だ。却下する)


 校門を出てすぐのところに、こじんまりとした公園がある。そこは、季節の変化が感じられる、趣のある場所だ。葉の色合い、それが風へなびく様子、日のさし方、風のにおい。それらが総合して、季節ごとにそれぞれの雰囲気を形作る。そしてその中を、クラスメイトが帰っていく情景がいい。この辺の中学生は、基本、素朴なので、そのイモっぽさがまたいい。庶民の帰る姿を、小高い公園のベンチから眺める至福。為政者たる資格が、やはり私には備わっているとしか思えない。よきかな。私は威張っているのではない。持って生まれたこの資質を世の中のために生かさないではもったいないではないかと言っているだけだ。私の幸せは、結局、庶民の幸せとなる。WinWinである。


 秋には金木犀のいい香りが漂う。夏の終わりに、近所の神社でお祭りがあり、金木犀の香りは私にとって、お祭りと秋の訪れとセットになっていた。

ただこの香りは、命が短い。今年は一週間ちょっとで、香りが飛んでしまった。公園にも金木犀があり、その下には、オレンジ色の小さな花がたくさん落ちていた。人に踏まれ、もうすでに香りは薄くなっている。

 夕暮れは次第に情景を変える。夕日が当たり茜色だった木々や建物が、次の瞬間には暗く変化する。町に暗闇が少しずつ溶け出してくるなか、私は、お祭りで買ったりんご飴をなめながら、地面に落ちてそこだけカーペットを敷いたような金木犀の花の粒を眺めていた。

と、突然、香りが立った。見上げると、最近気になっている男子が、友達数人と向こうから歩いてくるところだった。彼とは、前に一度だけ話したことがある。私はとっさにりんご飴を隠そうとして、やめた。(下校途中の買い食いは禁止されている) その子たちも、チョコバナナをほおばっていたからだ。でも、こっちに近づいてくる。マズイ。どーしよ。私が視界に入ってるはずなのに、その子たちは無視したかのように歩いてくる。そんならこっちも気づかないフリしよ、って思って、体を斜めにしてりんご飴をかじった。お互い、気づいているようないないような、変な雰囲気だった。そして、その子たちが私の横を通り過ぎようとした時、突然、彼に話しかけられた。

彼「私さんもお祭りに行ったの?」

私「ヘッ?」

 変な声が出た。だって、びっくりしたんだもの。いきなり、声を掛けられて。

 私はその時初めて正面から彼の顔を見た。フーン。こんな顔してんだ。(だって、マスク生活だし、正面から見たことなかったし) と思うと同時に、恥ずかしいという感情がどっからか湧いてきて、思わずまた、顔を伏せた。私も、マスク、してないし。素顔(?)を見られた!

彼「りんご飴って、定番だよね」

私「エッ?」

 また疑問形。しかも一音。反応に困る。いちいち反応に困る。そばにいる男子たちは、私たちの様子をうかがってる。それに、「定番」って、どーいう意味? バカにされた? 素直な感想? 彼は立ち止まり、私をずーっと見てるから、なにか返事をしなければならなくなってる。困る。この状況は。ちらっと彼を見ると、目がすっごく大きかった。こんな大きかったっけ? まつ毛も長い。女の子みたい。すごくきれい。それが瞬きするごとに、とーーーっても魅力的に揺れる。一瞬見ただけで、これほどの情報量をドッと送り込んでくる彼という存在、恐るべし。でも、やっぱり周りの男子が気になる。早く誰か何とかしてほしい。この状況から逃れたい。私の顔に、夕日が真正面から当たってる。もう一度、勇気を出してちらっと見てみると、彼の表情は、斜めの光越しでさらにカッコイイ。陰影って言うの? もしかして彼はそれを狙ってる?

彼「でも、りんご飴って、当たりはずれがあるよね。それに、おいしいのは少ない」

私「うん」

 やっと出た。私の言葉。でも、後が続かない。そして、顔が赤くなってる気がする。赤くなるな!赤くなるな、私の顔! これは夕日のせいだ!

彼「買い食いは、お互い内緒な」

 そう言って、ちょっと笑って、彼は去って行った。夕日のしずくが、彼のまつ毛の先で揺れた。その後ろ姿を、私は見送った。


そのあとかじったりんご飴は、さっきより甘酸っぱい味がした。


私の秋の記憶は、金木犀の香りとりんご飴と彼になった。

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