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死線の国境──《ゾンビ》よ、知れ。日本が、容易く滅びると、思うな。  作者: 斉城ユヅル@希望を灯す小説家
第8章 白百合作戦、点火――The Ignition of the White Lily(下)
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第2節 反撃の狼煙──決意の証に

長い沈黙の果て、如月の内に再び、ふと、小さな《火》が灯った。



絶望の中、その微かな温もりを見失わないように、如月の眼差しは、遠慮なく審議官を射抜く。


それはもう、涙も迷いもない、ただ《やるべきこと》だけを見据えた目だった。



如月の中に灯った火は覚悟という燃料で赤々と燃える《炎》へと変わっていく。



「分析官の権限では、個人情報保護法や医師の倫理規則に阻まれ、異常行動者のバイタル情報を確認することも、測定を強要することもできませんでした」



如月はそこで審議官が味方であるという事実をかみしめるように言葉を続けた。


「ですが、岡田審議官、危機管理局審議官の権限であれば、合法的に可能なはずです」


「厚労省へ、官邸主導の緊急感染症対策の非常措置として《異常行動者のバイタル測定》を要請してください!積極的疫学調査の名目で、即時対応を求めることができますよね?」



彼女の言葉に、涙を流していた感傷は蒸発し尽くし、微塵も残っていなかった。


突破口が見えた《法律》の壁。


審議官の圧倒的な権限、それを自分の使える武器として、盤面を再構成し、最短距離で《勝利》へ。



燃えるような熱が、如月を突き動かしていた。



「それが突破口です!」



岡田はその瞳の奥に、燃え盛る《炎》を見た。


地獄の底から這いあがる亡者もかくやという執念の炎。



だが、どこまでも自分の胸を熱くする《炎》だった。


その炎に焙られるように、魂が熱を帯びていくのを感じる。



「あぁ、審議官であれば、官邸指示として、各省庁に《要請》することが可能だ。この異常行動を感染症と私の権限で仮認定し、事後承諾に回すことで、緊急感染症対策の積極疫学調査を私の権限で要請できる。そして、俺の立場での要請は、事実上の《命令》だ」



何かに急かされる様に、岡田は椅子を押しのけ、立ち上がり、官邸省庁間連絡用の受話器を取り上げる。



迷いなどない。


俺が動く。


俺が責任を取る。



──全ては、この国のため。



「……岡田だ。大至急、厚労省担当を出せ」


電話越しの相手の戸惑いも、岡田の圧に押されて消えていく。



「官邸の緊急指示に基づき、内閣危機管理局審議官・岡田の権限で、緊急感染症対策として積極疫学調査を要請する。直ちに、都内の主要医療機関に、入院中の《異常行動者》と思しき患者のバイタルを報告させろ。どんな結果であれ即時報告を徹底させること。未測定の場合は、理由を問わず、測定を強行し、即時報告しろ。各階層に、これは《官邸指示》であると伝えろ」



「理由は後でいい。《今すぐ》やれ!」



ひと呼吸。更なるプレッシャーを乗せる。


これこそが《権力》の使い方だと言わんばかりに。



「これは要請だ。だが、国家規模の緊急案件だ。遅れた場合は、誰の責任か、後からしっかりと説明を聞かせてもらう」



「……結果が分かれば、逐次でいい。即座に私に連絡を寄越せ」



切れ味の鋭い《命令》が終わる、最後の保証とばかりに担当者に言葉を押し付ける。



「……あぁ、私の名を使っていい。私が全ての責任を取る」



用件を伝え終えるとガチャリと電話を切り、岡田はふと視線を如月に戻す。



「……おおよそ30分もあれば報告が上がってくるだろう」



短く力強い声で、岡田は《宣言》した。



如月は、自分に超えられなかった壁を、易々とぶち破る権力行使に、言葉もなく頷く。


岡田はその様子に口元を一瞬緩めるが、内側から溢れ出す獰猛な戦意に表情は直ぐに引き締まった。



赤々と燃える闘志を抑え付けるように、彼は、静かに引き出しを開ける。


無言で、厚手の封筒から二枚の白い紙を抜き取り、滑らせるように机の中央に置く。



そして、1枚を如月に押し出した。


横には、高級感のある万年筆も添えられている。



「辞表を、書きたまえ」



《辞表》、一線を越えるための、決意の証。



「今ここで」



(この提案が通らないなら、この仕事を続ける意味などない)



「私も書こう」



岡田の声は低くも鋭く、熱を帯びた決意に満ちていた。



その覚悟の熱を正面から受けてもなお、如月は僅かな怯えすら見せなかった。


──それどころか、その表情には、微笑みさえ浮かんでいた。



(今更ね。辞表なんて束にして叩きつけてやるわ)



岡田を見つめ、何も言わず、如月は、迷いなく万年筆を取り上げる。



その指先は、使命に突き動かされ、力強く名前を書いていく。



──如月 遥。



書き終えた紙を、互いに見せ合うことはしない。


ただ、二つの《辞表》が、彼らの不退転の決意の証として、机の上に並んでいた。

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