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死線の国境──《ゾンビ》よ、知れ。日本が、容易く滅びると、思うな。  作者: 斉城ユヅル@希望を灯す小説家
第8章 白百合作戦、点火――The Ignition of the White Lily(中)
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第1節 貴女の命に賭ける――国家官僚の天啓

思わず、衝動のまま飛び込んでしまった。


それでも、もう後戻りはできない。



理性はかろうじて戻りかけていたが、《迷う余地》はなかった。



如月は、短く深呼吸をした。



(落ち着け。もう一度、立て直す。今、迷えば全てが終わる)



指先は小刻みに震えていた。


けれど、今の自分が何をすべきかだけは分かっている。



ミューズの支援で、端末に、全ての集積データが瞬時に立ち上がる。



「……岡田審議官。昨日、私が提出した報告書。あれは、決して大げさな警告ではありませんでした」


「今、医療機関は、表面上はまだ《余裕》があるように見えていますが、現実には、静かに崩壊が始まっています。


スタッフの欠勤率は急上昇。感染者も、表に出てこないだけで、確実に増えています」



「つい先ほど、感染症シミュレーションでご協力いただいた、感染症専門医の新城先生と連絡を取りました。現場スタッフも多くが負傷し、異常行動をする患者には誰も近づきたがらない、と」



「先生はこう断言しました。『これは感染症だ』、『天然痘よりも危険な、人類史上最悪の疫病』だと」



そこで、一拍、間を取り、如月は、岡田の顔をまっすぐに見つめる。




自分に舞い降りてきた天啓。


――これが最後の賭けだ。


吉と出るか、凶と出るか。




しかし、彼女を止めるものなど、もはや何も残っていなかった。





「……岡田審議官」


「娘さんは、大丈夫ですか?」





一瞬、時間が止まった。



*



「娘さんは、大丈夫ですか?」


その言葉を聞いた瞬間。



飛び込みざま「助けて」と叫んだ如月の姿。


それが、ふいに自分の娘と重なって見えた。



――千嘉。



無事なのか。



これは……


こればかりは。



父親として《絶対に無視できない》衝動だった。



*



如月は、声が震えるのも厭わず、さらに畳みかけた。



「今すぐ、電話してください。娘さんが、現場で、今、何を見ているのか、直接、確かめてください」


「……感染すれば、絶対に助からないんです!この感染症は、治りません。娘さんが感染していないかも。今すぐ、確かめてください」



岡田は思わず、携帯電話に手を伸ばした。



震える手で携帯を握り、しかし、逡巡しつつも、静かに、如月に問いかける。



「それは、父親としての私に言っているのか。審議官としての私に言っているのか」



如月は、迷わず返す。



「父親として」



使えるものは何でも使う。


それが今の自分にできる《最善》。


(国を救うためなら、私の矜持などどうでもいい)



岡田は、小さく息を吐き、僅かに肩を落とし、目を閉じる。



「……逞しいものだ」



岡田は、机の上にそっと仮面を外す。


審議官ではなく、父親として、娘の番号を迷いなく押し始める。



「少し、待っていなさい」



如月は、父親の背中を見つめていた。


この瞬間、自分が《国家》ではなく、個人の《命》に賭けていることを、彼女は痛烈に自覚していた。

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