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死線の国境──《ゾンビ》よ、知れ。日本が、容易く滅びると、思うな。  作者: 斉城ユヅル
第8章 白百合作戦、点火――The Ignition of the White Lily(中)
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序節 天啓――冷静の仮面の裏で

【15:40】



「じゃあ、どうしろっていうのよ……ミュズ……」



昼下がりの執務室の空気は、緩やかな静けさに満ちている。


だが、如月だけはその場の誰とも違う、孤絶した世界に立ち尽くしていた。



ミューズの必死な制止が、現実の身体を辛うじて引き留める。


けれど、心だけは、前へ進もうとしていた。



(もう、他に手がない。どうすればいいの……)


引き裂かれそうな自分の中で、心が今まさに決壊しかけている。



拳を握りしめ、ただ立ち尽くす。


立っているのか、倒れそうなのかも、分からない。


呼吸は浅く、視界は涙で霞んでいた。



岡田審議官が、何気なく歩み去る背中が、視界の端に映る。


――その時だった。



(胸の奥で、何かが閃いた)



――天啓。



瞬間、全身の血が脈打ち、《気づき》ではなく、雷鳴のような《衝撃》が如月を突き動かす。



もう理屈ではなかった。


迷いも逡巡も、一瞬で吹き飛んだ。



無意識のまま、身体が動く。



椅子を蹴る音が、静かな室内に鋭く響く。


倒れそうな足取りで、否、縋るような勢いで。


如月は、岡田を追って、審議官室へ駆け出す。


ノックも、呼吸を整えることも、すべて頭から抜け落ちていた。



ただ、《天啓》に、すがるために。



彼女は半ば転がり込むように、執務室のドアを押し開けた。



*



【15:41】



金曜日。


日本政府の司令塔は、連続する会議と事務の奔流に呑み込まれていた。



岡田も例外ではなかった。



早朝にWHOの会見を横目で流し見してから、朝から会議、会議、また会議。


気が付けば、自室に戻るのも久しぶりだった。



彼の意識は、常に《昨日の報告書》の残響を引きずっていた。


燻る危機感は消えない。



しかし、その焦燥は他の優先業務のノイズに埋もれていく。


思えば、その程度の《余裕》を、自ら許していたのかもしれない。



「岡田審議官……!」



如月遥の絞り出すような声。


その瞳は、《涙》で赤く滲んでいる。



「もう、どこにも道がないんです……!」


「公式も非公式も、考えうるルートは全て調べ尽くしました。それでも《証拠》が……どうしても、どうしても見つからないんです」



「どうか、助けてください……!」



やつれ果て、涙を浮かべ、叫ぶ。


こんな如月の姿を、岡田は一度も見たことがなかった。



――胸がざわついた。



それは、本能的な警鐘。


論理を超えた直感。



彼女の姿が、現実を叩き割った気がした。



*



俺は、何か、とんでもないものを、見落としたのではないか。



理由など、聞くまでもない。


昨日の報告書だ。



俺は「証拠が足りない」と突き返した。


だから、彼女は動き続けたのだ



しかし、何故、彼女はここまで必死になる?



俺自身も、危機感がなかったわけじゃない。


だが……優先度を誤ったか。


もっと早くに動くべきだったのか。



*



岡田は、その胸のざわつきを押さえつけるように、審議官としての仮面を付けなおす。


努めて冷静な彼の声が空間に返る。



「落ち着きたまえ、如月君。君らしくもない」



一瞬にして、日常の上司と部下の構図が再現される。


だが、その声は僅かに震えていた。



岡田は、ゆっくりと椅子に座り、真正面から如月を見据えた。



「昨日の話の続きを、聞こうじゃないか」



――この瞬間からだった。


自分でも気づかぬうちに、岡田は本気で、事態の本質と向き合い始めていた。

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