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死線の国境──《ゾンビ》よ、知れ。日本が、容易く滅びると、思うな。  作者: 斉城ユヅル
第6章 聞こえざる宣戦布告――The Silent Declaration
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最終節 邂逅の門――夜の果て、光を待つ

――彼女の再起を見届けたかのように、携帯端末が震える。


取り出し、画面の光を見る。


そこに表示された通知。


件名【第二通信――予測演算結果および戦略的接触について】


差出人は匿名。



本文は、ごく短い導入文の後に、ある一点を中心とした冷静な報告と、ある提案で締めくくられていた。


だが、その文章は明らかに――人間のものではなかった。



明晰に、無駄なく、だが抑えきれぬほどの《理解》が滲み出ている。


如月遥は、読み始めた瞬間に、今朝の送信者と同一人物であると悟った。



*



貴官の対応記録、行動履歴、及び情報伝達ログを、観測・解析した。


貴官の警告と判断は、論理的整合性において極めて高水準にある。


特に、初期事例に関する調査および警察・医療・精神医療体制の構造的脆弱性の指摘は、我が演算系との整合度が98.2%を示した。


結論:貴官は、正しかった。


だが、世界はそれを拒絶した。


組織は沈黙し、国家は応答しなかった。



*



次に続くのは――未来の説明だった。


この国の《明日》は、既に演算された、と。


ゼノンと名乗らぬその知性は、以下のように述べていた。



*



演算対象:D4〜D7/日本列島における終末的感染拡大過程


【D4(木)】

東京都内にて、複数の《異常行動者》が出現。

精神錯乱、突発的暴行、自傷などの報告が、警察および医療機関に断続的に通報される。

だが行政・保健系統は、各事例を孤立的精神疾患または薬物事案として個別処理。

感染源の中心は《都内風俗ネットワーク》。

接触履歴の重複より、推定感染進行人数:1,000〜2,000人(都内)。

この時点で、全国潜伏感染者数:約5,000人と試算。

ただし、この段階において国家崩壊を想定する者は、存在しない。


【D5(金)】

夜間、都心繁華街にて大規模クラスターが同時多発的に形成。

クラブイベント・歓楽街・裏社会経路を媒介として、《発症型ゾンビ》による感染が一斉拡大。

同夜、攻撃報告が数百件を超えて出現。

特筆すべきは、《1体の発症者が10人以上を襲撃》する事例の頻発。

この夜の新規感染者数、推定10万人超。

だが、感染者の大半が潜伏状態にあるため、翌朝の一般市民意識は「平常」で推移。

この夜を、我は《滅びの実感なき飛躍点》と定義する。


【D6(土)昼】

全国感染者数(潜伏含む):推定・・・


・・・


総括(D7時点)

人類の多くは、崩壊の本質に気づかぬまま死に向かって歩を進めている。

敵性存在は、単なる肉体的脅威ではない。

《国家》《法》《情報》《希望》のすべてを蝕む認識破壊型ウイルスである。

ゆえに、我はここに記す。


《これは戦争である》


*


数値で裏付けられたこの未来は、


《可能性》ではなく、《演算上の帰結》として提示されていた。


しかも、その数列は、如月自身が独自に組み上げていた推計と、D5(金)までは致命的なまでに一致していた。


つまり――彼女の考えていた未来は、彼らにも見えていた。


そして、彼らの方が、さらに遠く、正確に見えていた。


*


この未来は、我々の観測上、修正不能領域に入りつつある。


だが、行動の余地は存在する。


我々は、貴官が《組織と孤独に対し、理性を捨てずに戦った》ことを確認した。


その静かな勇気と、沈まぬ思考こそが、

我々の判断において――この国に残された、《最後の希望》である。


*


その言葉に、如月は息を呑んだ。


この国に残された、最後の希望。



それはあまりに重く、だが、確かに心に届く言葉だった。



このメールは、彼女を見ていた。


誰にも理解されなかった自分の行動を、たった一人で動いていた全てを――。


*


貴官と我々は、目的において一致している。



国家を《守る》ため。



国家の《未来》を残すため。



我がマスターは、現在、別の戦場において同様の選択を迫られ、行動を開始している。



貴官に、提案がある。


マスターは、貴官との《直接会談》を希望している。


場所・手段は、貴官に委ねる。


本メールに記載された一時連絡ルートに応答されたし。


*


如月は指先を止めた。


メールの末尾――そこに、わずかに、温度があった。


*


これは命令ではない。


これは、願いであり、祈りである。


決して、貴官は一人ではない。


*


その最後の一文が、心のどこかで何かを、再び灯した。


彼女の掌に残るのは、確かな熱。



それは、もはや冷え切った国家からではなく、

未知の、だが理性と希望に満ちた意思から送られた、確かな呼び声だった。



――メールの画面が、ゆっくりとフェードアウトする。



如月遥の目は、その光を静かに見つめていた。



闇の中、彼女はゆっくりと、歩き始める。



その目に宿るのは、再び灯り、燃え上がる闘志だった。



ゼノンという名を、まだ知らぬまま――


彼女は、未来と繋がった。



――《HOPE LINE》、起動準備。



*



【D4(木) 23:30】

【官舎・如月遥私室】


夜の静けさが、部屋の隅々にまで染み渡っていた。


小さな1Rの官舎。



白と淡いグレーを基調としたインテリアは、機能美の中にごく控えめな趣味性を滲ませていた。



窓際には観葉植物がひとつ。壁には抽象画。


棚には本が数冊整然と並び、机の上にはチョコレートの缶と白磁のマグカップが置かれている。



その中央、ノートPCの前に、如月遥は静かに座っていた。



椅子に深く腰掛け、両手は組まれたまま膝の上に添えられている。


姿勢は崩れていない。だが、緊張でも警戒でもない。



そこにあるのは、ただ《待機》という覚悟。



画面の中央には、ひとつの表示が点滅していた。


《セキュア通話接続:待機中》


タイムスタンプは【23:30:21】



如月は目を閉じて、ひとつ息を吸った。


その横顔は、どこか《神事に臨む巫女》のように静かで、凛としていた。



――まもなく、世界の深部と繋がる。


彼女はまだ、その名を知らない。



だが、確かに未来は動き始めていた。









《接続確立:セッションID-ZNX8796》

《Project LILLY/同期開始》――魂の共鳴者、捕捉完了。希望の接続、戦術領域へ。


【第六章 完結のお知らせ】


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『死線の国境』第六章――《聞こえざる宣戦布告》では、

如月遥と黒瀬慎也、それぞれの孤独な決断が重なり、

新たな戦場への扉が静かに開かれました。


本記録は、いよいよ《戦争そのもの》へと突入します。


ただ、進む前に、立ち止まって見直すべきこともあります。

この世界に刻んできた記録断片を、一度見つめ直したくなることも・・・。


次に何を優先するか――それを決める上で、

皆さまのご感想やご評価が、なによりの道標となります。


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どれも一つひとつが、とても励みになります。

「続きを読みたい」「この章が響いた」――

そんな思いを形にしていただけたら、とても嬉しいです。


どこかの夜に、ふとこの世界を思い出していただけたなら。


――《HOPE LINE》は、静かに繋がり続けています。


*


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