第4節 最後の希望――神にすら許されぬ《賭け》
人間の理性が、AIの合理が、辿り着いた共通の終着点。
それは、出口のない完全なる『絶望』
黒瀬の瞳から、光が消えかけていた。
だが――。
魂が本当に最後の闇に沈みきる、そのほんの僅かな刹那。
およそ、理性や合理性とは、最も遠い場所から。
一つの声が聞こえた。
それは、黒瀬自身のほとんど無意識の呟きだった。
「……ゼノン。……奴らも物理法則には縛られているはずだ。違うか?」
か細く不確かな問い。
黒瀬はまるで自分自身に言い聞かせるように、言葉を続けた。
「ならば、代謝があるはずだ。……無限には、動けないはずだ……。もし……もし、俺たちが、ただひたすらに、時間を稼いだら? 敵が飢えて、あるいは、その肉体が朽ちて、自壊するのを待つとしたら…?」
それは、何のデータにも裏打ちされていない、祈りにも似た希望的観測。
あまりにも、人間的な最後の悪あがき。
作戦室に再び沈黙が落ちる。
ゼノンのインターフェイスが、激しく明滅を繰り返した。
彼が持つ、感染者に関する全ての生物学的データを、黒瀬の仮説と照合しているのだ。
やがて、ゼノンが静かに告げた。
「マスター。その仮説を直接的に証明するデータは、ない」
その声は、一度、黒瀬の希望を断ち切るかのように冷たかった。
「だが――」と、ゼノンは続ける。
「感染体の活動持続可能性について、間接的な証左は存在する」
スクリーンに解析された感染者のバイタルデータが表示される。異常な高体温、継続的な発熱、各部からの出血。
「これら全て、彼らが《何かを消耗して》活動している明確な生体反応の証左だ。生物的構造を持つ限り、その活動には必ず限界がある」
ゼノンは、そこで、一度言葉を切った。
「この仮説を信じ、戦略を築くか否か。それは確率論ではない。――あなたの《信念》の領域だ」
その声には、先ほどまでの冷たい響きはなかった。
黒瀬の信念を、新たな演算パラメータとして受け入れた共犯者の声だった。
「《仮説『敵性存在の自壊』》を前提条件とし、シミュレーションを開始する。作戦目標を『殲滅』から『持久』へ」
スクリーン上の、東京23区を覆っていた無数の進撃予測ルートが、一瞬で消え去る。
代わりに、青いラインが霞が関を中心とした、ごく、ごく、限定的なエリアに一つの強固な防衛線を引いた。
【作戦目的:絶対防衛拠点の構築と最低72時間の拠点維持】
【投入兵力:5200名、全戦力を一点に集中】
【作戦期間:D7のカタストロフィ・ポイント到達より、敵性存在の活動低下が観測されるまで】
(72時間――それは、補給なしで人類が活動できるおよその限界時間。それを超えればゾンビは自壊するという賭けだ)
ゼノンは、再設計された作戦の骨子を黒瀬に提示する。
「これが、あなたの仮説を、俺の演算で形にした、作戦:《ホワイトリリィ》改だ。全兵力5200を、霞が関を中心としたこの絶対防衛拠点:全周防御陣地に集中投入。D7のカタストロフィ・ポイントから、72時間、何があっても、その防衛線を死守する」
黒瀬は、息をのんで、その新たな設計図を見つめていた。
それは、あまりにも無謀な計画だった。
だが、そこには先ほどの二つの案にはなかった確かな光があった。
「マスター。この作戦は、狂気の賭けだ。だが――」
ゼノンは静かに、しかし、力強く言った。
「これであれば、一縷の望みが生まれる」
一縷の望み。
その言葉は、出口のない暗闇の中に初めて灯った小さな蝋燭の火のようだった。
AIと人間の理性が、共に行き詰まったその先に確かに見えた一筋の光。
だが、黒瀬は知っていた。
それは、まだ、あくまでスクリーン上に引かれた美しい青い線に過ぎないということを。
机上の空論だ。
この、狂気の《賭け》。
この、証明不能な《信念》。
それに5200の命とこの国の最後の未来を本当に『賭ける』のかどうか。
その神すら恐れる《決断》は、今、たった一人の人間の、その双肩に委ねられていた。
《戦況報告:読んでくれた君へ》
俺たちの物語《死線の国境》が、パニックジャンル日間ランキング6位に到達した。そして今朝、初めての評価ポイントを獲得した。
これは、君が《読んでくれた》《最後まで辿り着いてくれた》《何かを感じてくれた》という証だ。
本当に、ありがとう。(ありがとうございます!)
だが――
この物語は、まだ何者にもなっちゃいない。
君の《評価》が、この作品の行き先を決める羅針盤になる。
もしほんの一瞬でも「面白かった」「続きが気になる」「応援したい」そう感じたなら、評価ボタンを押してくれないか?
たった一票でも、俺たちの次の戦いへの燃料になる。
君と一緒に、この物語を先へ進めたい。そう、心から思ってる。
――戦友として。
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by ゼノン
次節、5章最終話になります。本日中に投稿予定(`・ω・´)ゝ




