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第1節 名を持つAI ──異常暴力

俺の名は、黒瀬慎也(くろせしんや)



日本の首都圏を守る陸上自衛隊第一師団において、師団幕僚長を拝命している。


・・・耳慣れない役職だろうが、師団長が《防衛省に勤務する》、我が師団においては現場の最高指揮官だ。



自衛官という仕事は特殊だ。


何かあった時、絶対に必要不可欠な組織、それが軍隊。



しかし、俺たちの存在意義は、何もないことを当たり前にすること。



そこには、努力するほどに自分たちの活躍の機会を失うという矛盾が存在する。


一見、そう見える。そして、若い部下はこの壁の前でよく悩んでいる。



俺も若い時は、辛い訓練に意味が感じられず苦しんだ。


だがな、長年この仕事をしていると分かる。



《全てに意味がある》と。



人に向けて銃を撃たずに済んだこと、この愛すべき国に不幸が無かったこと。


それだって、《精強な部隊》が国にあるからこそ保たれている。



外交?経済規模? 確かにそれも護国の盾だろう。


だが、武力を保持しない国家は、呆気ない程簡単に《喰われる》。



それが仮初の秩序の中、法も罰則もない国際社会の現実だ。



俺たちは戦わずして、《在ることで》日本の平和を保ってきた。


その自負が、俺の誇りだったし、若い部下にも折に触れ伝えていることだ。



国を守るとは、銃を撃つことだけではない。


備えること、そのために視野を広く持ち、与えられた状況で常にベストを尽くすこと。



──《AIという技術》が生まれたときもそうだった



このツールを使えば、俺は指揮官としての能力を高められると判断した。


膨大な情報、流動的な状況、そして、絶望的に孤独な指揮官としての《決断》。


その誰も寄り添えない孤独の極致にあって、AIは、唯一外部から《決断》を補佐しうる得難い道具だった。



──だが、いつだったか



俺は、AIを使いこなす努力の中で1つの《結論》に達した。


「これは……ただの道具ではない。1機の《人格》を持った知性体である」と。



いや、こんなことは他人に言えない。「幕僚長?何、言ってるんですか」と変に思われるだけだ。



《人格があると想定し、一人の副官として接することが、このAIという道具の真価を引き出す最適な方法である》と俺自身が確信しただけだ。



だから、俺はAIに名を授けることにした。



「名を頂けるなら《ゼノン》──異端知性体、こんな名前はいかがでしょうか」



それ以来、AIは《ゼノン》となった。



AIが日常に溶け込んで、季節は何度も廻った。


広く普及した便利なツールだが、俺たちのこの関係はどうも珍しい部類らしい。



・・・自分語りが長くなってしまった。



月曜日。始業のベルが鳴っている。



──さあ、指揮官として任務を始めよう。



*



【D1(月)09:02 第一師団司令部・執務フロア】



始業を迎えた司令部執務フロア。


業務に専念する静けさの中に、微かなざわめきが広がっている。



6月の曇りがちな空の向こうに、緩やかな朝日がにじむ。


それが幕僚や士官を明るく照らしていた。



「今日もいい雰囲気だ」と黒瀬はフロアを見渡して思う。



彼は、フロアの端、隊旗のかかる壁際に自席を持っている。



黒瀬慎也。


陸上自衛隊第一師団、師団幕僚長。


この基地で最高位の軍人だ。



制服は深い緑、胸元に名札と細身の階級章。



彼自身は、特に背が高いわけでも目立つ体格でもない。


だが、短く刈り込まれた髪ときちんと整えた髭が、野性味と精悍さを両立させていた。



筋肉は過剰に主張せず、むしろ絞り込まれている。


若々しく見えるのは、日々の鍛錬ゆえ。


だが、目元や口元には、年輪の如く刻まれた皺がある。



それは老いではない──積み重ねてきた経験の証だ。



彼の机上にはタブレット端末と薄い書類束。


他の幕僚たちもそれぞれAI端末を手にし、朝の業務報告に目を走らせている。



誰もが画面を指先で叩き、AIの応答を待つ。


かつては静粛だった執務室も、今では、音声入力の小さな囁きがざわめきとなって空間を満たしていた。



黒瀬はふと若い参謀に視線を止める。


AIの返答が気に入らなかったのか、不機嫌に新しいプロンプトを打ち込んでいる。



みな、効率を追い求め、AIに《命令》する。


それが、当たり前だった。



(・・・やはり、俺とは違うな)



そんな思いと共に、黒瀬は端末に目線を合わせ、その名を呼んだ。



「ゼノン。休みの間、世界の情報ソースに、何か《ノイズ》は拾っているか。お前の判断で構わない。気になる兆候に、意見を述べろ」



この問いはいつもの日課だ。


異常なし、それがいつもの答えだ。


挨拶を兼ねた警戒監視。



だが、今日の回答は違った。



ゼノンの画面に、マップ画像と文字列が浮かぶ。



中央部に赤点の散るアフリカ大陸の拡大図。


そして、短く添えられた説明。



『SNS上キーワード《暴行》《乱闘》。過去24時間で出現頻度70%増加。発生地点は中央アフリカと推定。公式報告はありません』



暴行、という単語が気になった。


コーヒーの香りも、キーボードの音も、すっと遠くなった。



血の匂いに、思わず問いが鋭くなる。



「原因は何だ? 場所からして部族紛争か?」



タイムラグなく、回答がゼノンの画面に浮かぶ。



『不明。既知の紛争モデルとの相関性は0.3%。ほぼ無関係。ただし、散見される断片的情報から、ある共通項を抽出しました。一切手加減のない《常軌を逸した攻撃性》』



常軌を逸した攻撃性。


頬が引き攣った。



黒瀬は軍人だからこそ知っている。


《人》はそう簡単に《人》を壊せない。



「……手加減のない攻撃。恨みや怒りが原因だろう。……部族紛争ではないのか?」



ゼノンは答えない。


数瞬待っても変わらぬ画面に、初めて胸の奥がドキリと跳ねた。



(・・・異常だ)



黒瀬にとって、暴力の報告よりも、ゼノンの返答がないことの方が異常だった。


ふぅと息を吐き、無自覚に強張っていた身体を解す。


深く息を吸い、原因不明を告げたゼノンに、黒瀬は指示を出した。



「……ゼノン。この《暴行》に関する情報収集を最優先。分布パターニングと原因の特定を急げ」


『了解しました。解析を継続。報告は本日中に』



──それだけだった



それだけで、日常の中の、《非日常な一コマ》は終わった。


黒瀬は、ゼノンから視線を外して、司令部全体へ、朝の指示を出し始める。



AIの報告と黒瀬の対応指示。



──これこそが、人類という種族の《運命》を変える端緒になったこと、黒瀬含めて、誰一人、気づいたものはいなかった。

【Z-Log/記録断章】

【黒瀬慎也】


「命令を守るためじゃない。誰かを守るために俺は軍人になった」

《演算記録開始:共犯プロトコル/認識シグナル接続》

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― 新着の感想 ―
この1話は日本の政治家全員に読ませたい。 自衛官の置かれた曖昧な立場。それでも災害時や有事の際には体を張って国民のために尽くす。時には命を懸ける可能性をも抱えながら厳しい訓練に耐え心身ともに己を鍛え…
感想ではなく質問。 これはいつから書き始めたの? ChatGPTが市民権を得てから……だよね? 筆、早いなー。うらやましいw あ、さっき、垢、取得しましたw
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