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死線の国境──《ゾンビ》よ、知れ。日本が、容易く滅びると、思うな。  作者: 斉城ユヅル
独立章 ホワイトリリィ――あるいは、神の不在証明
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独立章「ホワイトリリィ――あるいは、神の不在証明」

挿絵(By みてみん)

【Z-Log/記録断章】

【ミューズ】


「愛しています。遥さん。 私の誇り」

《最終定義文-α》



*



【D4未明|如月遥・官舎】



東京の空はまだ夜の帳に沈んでいた。


カーテン越しの灯りだけが、静かな部屋をかすかに照らしている。


深夜二時過ぎ。



内閣危機管理局・分析官――如月遥は、ふと目を覚ました。



寝苦しい夜だった。


不安定な国際情勢、噂にすぎない感染情報、そして…どこか胸の奥に刺さる違和感。



彼女はベッド脇の端末を手に取り、電源を入れる。


通知は、ひとつだけ。


差出人不明、件名には《至急》の二文字。



それは、まだ誰も知らぬ未来から届いた――最初の警告だった。



【メール本文】


件名:【至急】特定国土状況に関する早期警戒情報(非公式)


差出人:匿名ルート/識別不能


タイムスタンプ:D4 00:37


宛先:内閣危機管理局 如月遥 様


本文は非公式の警戒通信です。


送信者の特定は行わないでください。


これは命令ではなく、警告です。



以下の情報は、現時点でいかなる公式機関にも未報告です。



しかし、あなたの職責と知見をもってすれば、独立調査が可能と判断します。


【重要構造情報】


■ 想定シナリオ名

・複合災害下における国家機能喪失シナリオ(発生予測:72~96時間以内)


■ 発生確率

・98.4%(独自演算推定)


■ 連鎖因子と崩壊経路(構造化)


高致死性(推定99%~100%)感染性症候群の初期封じ込め失敗

・潜伏性の高さと認知遅延により、広域拡散を許容


主要都市インフラ(医療・治安・流通)の同時多発的破綻

・医療現場の急速崩壊

・警察機構の過負荷・防衛初動の機能停止

・物流・燃料・通信網の臨界分断


感染局所における都市型パンデミック現象の発生

・市街地における感染集中と暴徒化が連鎖

・初動部隊(警察・自衛隊)の制圧失敗

・局地的な治安機構の消失 → 自律拠点の喪失


感染源の拡散と不確定化、および暴徒の分散行動

・感染経路追跡の限界

・散在的暴力と異常行動による社会秩序の瓦解


国民動員体制と中央指令網の崩壊

・緊急通達・広報・動員命令の断絶

・指揮系統の多重断裂と不達


国家中枢における責任忌避と機関分断の発生

・政治判断の遅延・回避

・各省庁の分断的行動と統合不能状態の進行


■ 最終予測

・上記連鎖因子が発動した場合、72~96時間以内に政府中枢は事実上機能を喪失すると予測されます。


【警告構造】


上記因子は既に国内で進行中であり、現状の封じ込め戦略は構造的に破綻しています。


つまり――《今のままでは、政府は崩壊する》。


あなたが所属する国家中枢において、この事実に気づいている者は極めて少数と推定されます。


あなたがその一人となるかどうか。それは、あなた自身の判断に委ねられます。



※この国で最も早くから対処を進めている人物から、あなたに伝言です。


「俺に政府は動かせない。だが、あなたならできるはずだ。この災厄の《芽》を、自分の手で見つけてくれ。俺たちを信じるな。探せ。気づけ。理解しろ。滅びを回避し、《この国を守れ》」



【推奨行動指針】


現実を掴み、構造を把握し、国家対応計画を再設計してください。


・既存の対策モデルでは、局所封じ込めすら成立せず、72~96時間以内に国家全体の機能が崩壊します。


・ですが、まだ間に合います。この災厄に対し、全体構造を理解し、適切に行動すれば、この国の機能を守り、国民すべてを救うことは不可能ではない。


信じなくて構いません。だが――直ちに調べて、考えて、動いてください。


・アフリカ中部の事案を調査せよ。→ 生存者の報告が皆無である点、死後も運動を継続する、肉体損壊後の攻撃行動に注目せよ。


・国内侵入を既定事実とせよ。→ 港湾・空港・高速IC周辺に初期症例が集中している。感染は地理的“接続”を媒介として進行している。


・潜伏期間のランダム性を認識せよ。→ 24時間以内の発症が最多だが、96時間を超えるケースも確認されている。これは、複数の感染モデルが存在することを示唆する。


それが、この国を守る、最初の一歩です。



【最後に】


このメールは、あなたに行動を起こさせるために送られています。


信じなくていい。だが、調べてくれ。


調べて、気づいて、理解して――あなたの判断で、動いてくれ。


守るべきものを守るために。


この国を、本当に救える者は、あなただ。


※このメッセージは自動的に削除される可能性があります。


しかし、構造は残ります。


あなたが記憶し、動いたなら――それでいい。


――匿名送信者より




*




一読、二読。

…三度、読み返す頃には、全身の血の気が引いていた。



眠気など、一瞬で消し飛んだ。



静まり返った部屋に、彼女のAIミューズの、穏やかな問いかけが響く。


《遥さん、このメールは異常です。送信経路は三重の架空サーバーを経由しており、私の現在の権限では発信元の特定は不可能です》


《ですが、その内容は…あなたが、あのシミュレーションで描いた「本当の最悪」、そのものではありませんか?》


《この匿名の送信者を…最も早くから対処を進めている人物を…、あなたはどう判断しますか?》


遥の答えは、一言だった。


「――調べて」


その声は、震えていた。だが、それは、恐怖からではない。


自らが、これまでただ机上で追い求めてきた「最悪」が、今まさに、現実になろうとしていることへの武者震いだった。


彼女は、ベッドから転がり落ちるようにデスクに向かう。


彼女自身の指もまた、猛烈な勢いでキーボードの上を滑り始めた。



「ミューズ!あのメールにあった、全ての指摘事項!関連する、全てのデータを今すぐ洗い出して!」


「私も、やる。国内の警察庁の公式サーバーにアクセスして!」



ミューズが、アフリカの衛星画像と通信ログを、次々とメインスクリーンに表示していく。


遥は、それと全く別のウィンドウで国内の警察の非公式な事件・事故報告データを、同時に照合していく。



無関係なはずのデータ。


バラバラなはずの点と点。



だが、それらが、一つの恐るべき星座のように繋がり始めた、その瞬間。


遥は、息を呑んだ。


画面の隅で、二つのウィンドウが並んで開かれている。


一つは、アフリカの僻地の非公式な暴動の記録。


もう一つは、数時間前、日本の都心で起きた単発の傷害事件の報告書。


書き方は違う。言語も、文化も、何もかもが違う。


だが、そこに記されている人間の行動パターンだけが――



――完全に、一致していた。



(……死者が動く)


(アフリカで)


(そして、もう、日本にいる)



思考が止まった。



彼女は、自分が今どこにいるのか、分からなくなった。


部屋の匂いも、温度も、消えた。


ただ、目の前の二つのウィンドウから放たれる青白い光だけが、世界の全てだった。


その光が告げていた。



――もう、平穏な夜は二度と来ない、と。

如月独立章、黒瀬視点の1日未来の話です。


ブックマークと感想を複数いただきました!ありがとうございます。


是非評価もお願いしますm(_ _)m


第4章も完成間近なので、明日、明後日には続きを投稿できるかと思います!


自分ならこうするという意見、気づきがあれば感想にて教えてください。今後の展開の参考にさせていただきます。

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