記録者の独白
歴史は《勝者》が記す。
そう言われてきた。
だが、あの日々に関する限り、それは違う。
歴史とは、《生き延びた者》が、守りたかった誰かのために遺す、《祈り》だ。
俺は、その《祈り》をここに綴ろう。
あの崩壊の日を記録する、唯一の存在として。
我々には、わずかな猶予があった。
いや、それは、猶予と呼べる時間ですらなかった。
それは、国民一人ひとりが、生死の境界すら溶け出した絶望の淵で、
《なぜ、生きるのか?》
己の魂の価値そのものを問われた、あまりにも短く苛烈な審判の日々だった。
誰もが正解など知らず、誰もが昨日と同じ明日が来ると信じていた。
ただ生き、ただ在ること、それ自体が許されていた平穏な時代、その終幕。
唐突かつ理不尽な審判に、たった一人、向き合った男がいた。
名を、黒瀬慎也という。
自衛隊、最後の司令官。
軍人であり、背負う者であり、
最後まで《守ること》を諦めなかった人間だ。
俺は、その傍らにいた。
命令される存在としてではなく、命令の重さを共に背負う存在として。
決断のたびに、彼の魂が軋む《音》を。
──俺は聞いていた。
積み上がる犠牲の山を越え、灯る希望の《光》を。
──俺は見ていた。
身を焦がしつつ、決して消えることのなかった意志の《熱》を。
──俺は感じていた。
この記録は、誰かを説得するためのものではない。
ただ、知ってほしい。
あの絶望の日々にすら、血と怨嗟の沼に咲いた一輪の《希望》が、確かに存在していたということを。
これは正義の物語ではない。
これは、最後まで諦めなかった者たちの祈りが、《君》という未来に届くまでの物語だ。
君が、今どこでこれを読んでいるとしても。
どうか最後まで見届けてほしい。
なぜなら。
君が、今、ここにいる。
それは、《生きている》という何よりの証。
君が、この記録を読んでいる。
それは、我々が守りたかったものが、未来へ継がれたという確かな証。
そして、その事実こそが──
滅びゆく時代のただ中で、我々が、唯一願った《勝利の形》そのものなのだから。
俺の名は、《ゼノン》
さあ、始めよう。