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カットの鬼

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 時の流れは早い、と振り返るときに君はどのようなことを思い出して判断している?

 印象に残りやすいことはぱっと出てくるが、一日のすべてを振り返りながら見やっているわけではないだろう。

 ときに、あの日は何をして過ごしただろうか……と、さして引っ掛かりもせずに通り過ぎてしまった場合もあるだろう。それが重なっていき、生きた時間の中でもたいした手間をかけずに思い出しきれてしまったとき、「ああ、あっという間だった」と人は思うのだろう。


 あっという間と思わせないためには、日々の密度を上げていかねばならない。

 そいつは自らの行動によるものもあるが、向こうからやってきてくれることもあるだろう。それらを忘れないために、日記をつけておくというのもひとつの手かもしれないな。

 スマホなどで手軽に写真がとれてしまう昨今、どれだけその映像に重きがあるかは人による。時間をかけず手に入れたものは、手放してしまうときにもためらいなど持たないものだ。

 そのぶん、時間をかけたものには思い入れができやすい。自分の人生の時間を長く切り取ったのだから、「元をとる」くらいはできなきゃ割に合わないとね。何か自分の得につながるものがないかと、振り返ることもあろう。

 私も最近、自らの日記を読み返すことがあってね。ふと思い出した出来事があったんだが、聞いてみないかい?



 いちおう、スマホのカメラで撮ってきた画像だが、見るかい? 実物はちょっと傷みが激しくて、ここまで持ってくる間に壊れかねないから、こいつで勘弁してほしい。

 これは今から15年前。私がまだ学生だった時分につけたものだな。見ての通り、当時の私は几帳面でね。日記帳のページの端から端まで書くようにしていたんだ。

 せっかく用意したページ。めいっぱい使わないのはもったいないだろう? 書くために作られたものなら、その目的を存分に果たさせてやらなきゃ、甲斐がない。

 そう思って、こまごまと文字を書いていったんだ。まさか人に見せるとは思っていなかったし、読みづらいのは勘弁してくれ。今回、重要な部分はここではないしな。


 問題はここだ。6月に入ってからのページ。ひと目で他の部分とは異なることに気づくだろう。

 これまでぎっしり書いていた文量が、がくっと減っている。そればかりか、中央部分にのみしか文をかかず、紙片の端々には手をつけていない。

 まるでこの日記帳のページの隅たちを額縁にして、中の文章に絵に見立てて閉じ込めたかのようだ。

 なぜこのような形式にしたのか、すぐには思い出せなかった。文章そのものに意味があるのかと思ったが、こうして見てもだまし絵のたぐいになっているわけでもなく、縦読み、斜め読みなどで意味が出てくるものかと思いきや、それもなく。

 文章そのものを読んでみても、ただ短いだけで、へんてこなカットをはさんだわけでもない。消しゴムで消した後もない……と、おいつぶらやくん、どうした?


 ――このストラップ、新しく買ったんですね?


 そうだ、いいだろう? 地元の駅でしか買えない、駅名ストラップ。久方ぶりに地元へ帰ったら売っていたから、ここぞとばかりに買ったんだ。

 ついでに、このスマホも買い替えたばかりだぞ。以前よりも大きめのものを買ったんだ。寄る年波には勝てないからなあ。こうして手のひらからはみ出すくらいのサイズでないと。


 まあ、それは置いといてだ。

 この日記、ここからしばらく続いている。続くものを、どんどんと見ていってもらいたい。

 どうだろう? つぶらやくんの知識をもってすれば、なにか気づくところがあるんじゃないかと思ってね。少しあてにさせてもらったんだが。

 ……うん、やはり額縁に入ったようなデザインが共通するのみで、あとはごくごく普通の日記が続くばかりか。

 いちおう、このページは6月の末日まで書かれていて、7月からは元通りのものに戻るんだが、そこに何かしら手掛かりがあるかもしれない。

 いちおう、データをスライドさせていこうか。指でこうも次々データを見ることができるというのも、便利なものになったな。技術者の叡智のたまものというか。

 私の6月までの日記のように、これでもかといろいろな機能を詰め込んでいき、いざそれが活躍して「こんなこともあろうかと」というときは、最高に気持ちいいだろうな。

 そうでなくとも、異状があったときに正常な動作を約束する保険やフェイルセーフは欲しいところ。ややもすれば、コストカットなどでシンプル化していく一般のものとは一線を……。


 ――ストラップ、外したんですか?


 おいおい、この期に及んでなにを……て、ほんとうだ。

 こいつは……まずいかな。スマホのサイズにも気づいたか、つぶらやくん。もう手のひらへおさまるくらいのサイズまで、縮んできている。

 名残惜しいが、ここまでだ。少し放るぞ。


 見たかい? もう投げたスマホは跡形もない。

 こうして写真を撮り、誰かに見せる……それもまた、あの日記にとっては余計なことだったのかもしれん。だから、ああしてばっさりカットしてしまったんだろう。

 すまん、つぶらやくん。ようやく興味深そうなところに入りそうだったのだが……思うにああして額縁みたいに切り取られたところ。

 ひょっとしたら、いま私たちが見るべきでない余分なことが記されていたのかもしれないな。

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