90、信用
「何とも痛ましい出来事です。皆さんも、もしその不審人物に心当たりの方がいれば、情報提供をよろしくお願いいたします」
(自分は何も悪いことはしていない、自分は何も悪いことはしていない、自分は何も悪いことはしていない……)
私はさっきの呪文を再び脳内で繰り返す作業にまい進する。頭の中にはそれだけが木霊する状態で、少しでも気を抜けば今にも気絶しそうだった。
(しかもあいつ、明らかに私を疑っている……)
今や司祭のごとき存在のCEOは壇上から明らかにこっちをチラ見しては密かにほくそ笑んでやがる。全てをわかっていて、こちらの反応を楽しんでいるのだろう。蛇のように底意地の悪い奴だ。サノヴァビッチ! ファックユー! ボニュール!
「もっとも、仮に容疑者が当レースの選手であった場合、ここは選挙戦同様一種の治外法権であり、レース中は逮捕されるおそれは無いのでご安心ください。たとえどんな極悪悪役令嬢であろうとも、身の安全は保障しますよ。さあ、選手の皆さん張り切っていきましょう!」
「ぐああああああああやっぱこいつ一々イライラするわ! 本当に殺してやりたいわ!」
『落ち着け! 殺したら不妊症の治療してもらえなくなるぞ!』
「そうです、それに殺した場合連続殺人事件に発展しますよ、お嬢様」
「だからホーリン殺ったのは私じゃないって! 夜説明したでしょ、二人とも!」
「『……』」
「おい、二人とも急に黙るんじゃない!」
『……い、一応信じてはいるよ。でも、普段が普段なので……まあ、何だ、その……』
「……お嬢様、お気持ちはわかりますが、これからレースのルール説明が始まりますので、この話はまたにいたしましょう」
(こ、こいつら、本心では信じてねえ……!)
急に歯切れの悪くなった二人を目の当たりにすると、自分の信用の無さが浮き彫りになって落ち込みそうになるが、確かにいつもの行いがものを言うので、まあ仕方がないかと一旦割り切った。マザーファッカー!