89、疑惑
「彼女はレースを順調に進んでいきましたが、昨晩零時少し前にコロニーに突如落下してきた貨物船から他の選手を守るため体を張って盾となり重傷を負い、病院カーに搬送され緊急手術を受けましたが、その直後に息を引き取りました。誠に自己犠牲の精神に満ち溢れた、気高く尊い最後だったと言えるでしょう」
ここで彼は一旦口を閉ざし、マイクを持っていない方の手を胸に当てるという敬虔なポーズを取る。一方私はと言えば心臓が今にも身体から飛び出しそうに暴れるのを抑えるので精一杯だった。
『嗚呼……ホーリンちゃん……嗚呼』『最後が尊すぎる……惜しいキ○グスライムおっぱいを失くした……』『さすがに不謹慎すぎるぞ!いくらドデカ乳輪好きとはいえ許せねえ!』『お前の方が不謹慎すぎるぞ!』
どうやら配信のコメントの方も彼女の死のため朝から紛糾している様子だ。お前ら仕事しろ。
「但し、」
CEOの口元からゆっくりと嫌な一言が紡ぎ出された。否定型の接続詞が使われる文章に古来よりろくなものはない。
「但し、彼女の死には不審な点があります。実は亡くなる少し前、突如彼女の寝ていたベッド周辺に強い下向きの力が発生し、酸素マスクのチューブや点滴などを含め全ての機器類のケーブルや管が引き抜かれ、ダウンしたのです。それをちょうど目撃した医療スタッフの話によると、その場にはピンク色のナース服を着た見慣れぬ看護師が一名いたとのことですが、混乱のさなかすぐにどこかへ姿をくらませたそうです。何者かは未だ判明していませんが、もしその不審者が何かをしたのであれば、ホーリンさんに強い恨みを抱いている者である可能性は高いでしょうね。何しろわざわざ深夜に救急病棟に忍び込むくらいですから」
(うがああああああああああああああああああ嗚呼!)
私は内心かつてない大絶叫を発し、咄嗟に耳を塞ぎたくなるも立場上聞かざるを得なかった。助けてサムソンティーチャー!