88、黙とう
会場内は先ほどまでの浮かれた雰囲気は微塵もなく、水を打ったように静まり返っている。そして彼の言葉を合図に突如正面の巨大スクリーンに青髪でボブカットの、地味めだけどよく見たらやけに巨乳な少女の学生服姿の上半身の写真が、坊やだから死んだアレみたいに大写しになった。おそらく証明写真か何かだろうと思われるが、表情筋が死んでいるのかってくらい無表情だ。遺影だ。
そう、ホーリンはこともあろうに、つい数時間前に鬼籍に入って還らぬ人となったのだ。嗚呼……。そしてその残酷かつ厳然たる事実こそが私の不眠の最たるものだったわけである。
1分間がまるで永遠のように感じられる。目を閉じてうつむきつつ私は深呼吸をして息をゆっくり出し、何とか平静を保とうとするがどだい無理な相談だった。脈がハードロックのリズムのように跳ね上がり、冷汗が額から流れ落ちて瞼の隙間に入り込む。
(自分は何も悪いことはしていない、自分は何も悪いことはしていない、自分は何も悪いことはしていない……)
脳内で念仏のように繰り返し、自分自身に言い聞かせる。別に嘘でも何でもなく、単なる事実だ。それでもまずは己を納得させねば、今後の展開に耐えられそうもないからだ。
長い長い六十秒間がやっと終わるも、まだ誰も沈黙を破ろうとはせず、静かに時は過ぎていった。いっそ会場爆発テロでも発生してすべて吹っ飛んでくれないものかと私は真剣に神に祈った。
「皆様、ありがとうございます。では、ご存じの方もいるとは思いますが、このレースの総責任者として、私から彼女が亡くなった状況についてご説明いたしましょう」
ようやく静寂を割ってチガソンが再びマイクを握ったが、私の不安と動悸と不定愁訴はおさまるどころか、かえって悪化する兆しを見せていた。
「彼女は今回が初めてのSDAG参加だそうです。機体の名は【プロベラ】で、クラゲのようだとよく言われたそうですが、彼女に言わせるとあれはタコだそうです」
奴の言葉で緊張の塊だった私は思わずずっこけそうになった。タコかよ!?