72、ドルフィン
「まあ、人にはそれぞれ他人には話せない事情があるということくらいは僕も理解しているよ。でも、それが君の隠している目的と何らかのかかわりがあるんじゃないかって推測しているんだ。君は何故この過酷なレースに出場したんだい?」
相変わらず千里眼でも有しているかのようにサラっと自説を述べるやつのせいで、私はせっかく温まってきた身体の中心にゾクっと悪寒が走った。でも、こんな時こそポーカーフェイスだ。
「中々妄想たくましいのね、陥没乳頭探偵さん。いっそ海洋生物にでもなったらいかが? あの陥没乳頭ばかりの……えーっと、何だっけ?」
せっかく格好つけたのに後がいけない。くそっ、こんな時にアロエがいてフォローしてくれたら……!
「ああ、それならイルカやクジラのことだね。彼らの乳首は乳溝の中に隠れているので、イルカやクジラの赤ちゃんは大変だそうだよ。まず探乳といって乳首、もとい乳溝を探し当てることから始まり、見つけたとしても舌をストローのように丸めて乳首を吸う必要があるんだよ。産まれた直後からそうしないと死んでしまうんだし、生きるって本当に過酷だねぇ」
「詳しいな、おい!」
「なに、普通の知識の範疇だよ。ちなみに授乳中お母さんはずっと赤ちゃんの泳ぐ速度に合わせてゆっくり泳ぎ、更に赤ちゃんがお腹の下に潜りやすいように尾びれを上に上げて動かさず、頭を下げている必要があるんだよ。そちらも大変だね。子育てって人間も動物も難しいんだろうね。君もお母さんの手を焼かせた口じゃないかい?」
「知らないわよ! 私は母親の記憶すらろくにないし、メイドに育てられたんだし……」
勢いで叫んでしまって、慌てて口に手を当てるがもう遅い。うっかり奴の術中にハマって漏らしてしまったようだ。気をつけないと……。
「そうかい、それは失礼したね。結構厳格そうなおうちだからしつけが厳しかったのかな、と思ってね。聞いた話だとルーラン君の家も様々なしきたりがあり、うるさいそうだよ」
彼女はさっきのロウリュウ現場を見るともなしに見やった。