71、侵攻
実は今回敵の城を攻めている軍隊は、先に屈服させた火炎の王国の兵隊たちで構成されていました。お姫様はかの国の住民たちを全員一人残らず徴兵し、最前線に送り込んだのです。哀れな彼らの背後には巨大な悪魔自らが退路を防いで目を光らせ、敵前逃亡しようとする臆病者は、もはや悪魔の胸のオブジェと化した焔の姫の発する火炎魔法によって全身を丸焼きにされるという念の入れようでした。
おかげで戦いは熾烈を極め、城の前の谷には瞬くうちに屍山血河が築かれていくといった時刻絵図が展開されました。ですがそのせいか、幻影の王国の兵隊たちも一人また一人と倒れていき、侵攻は亀の歩みですが着々と確実に進んでいきました。
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「ああ……生き返るわ……」
月並みな感想だが、思わず声が唇から漏れ落ちるほどやはりお湯は素晴らしかった。ちょうど良い湯加減の風呂はまるで遠く地球の温泉郷より運んできたかのようで、疲れた身体をダイレクトに温め、癒してくれた。なんか魔動力まで心なしか回復した気がする。
「良いねえ……実に良いねえ……」
隣に浸かっているいるバルコーゼももはや語彙力を失い心は桃源郷に遊んでいるかのようだ。白い肌をほんのりと桃色に染め、ムンムンとした色気を放っているのが気にくわないが。
「本当に、アロエも一緒に来ればよかったのに……でも、無理か……」
温泉効果で気持ちが解放されたせいか、ついそんな台詞を口にしてしまう。途端にほぼ廃人と化していたかに思われたバルコーゼが、ビクっと反応した。
「アロエ君というのは確か君に付き従っているメイドのことだね。今回の副操縦士にもエントリーされていたはずだ。何故彼女は銭湯に付き合ってくれなかったんだい?」
「うるさいわね、色々と事情があるのよ……」
私は口を滑らせたことを後悔したが、まあまだばれたわけではないし、何とでもなると己の心に言い聞かせ、自身を落ち着かせた。事は結構深刻な案件で、我がピコスルファート家の名誉にもかかわることなのだ。こんなところでおいそれと敵に語れる話ではないのだ。