70,幻影の王国
さて、次なる標的は北の方角にある「幻影の王国」です。氷と雪に閉ざされた常冬のその国を治めるのは、幻覚魔法を得意とする、幻の姫。彼女の寝所である城は山中深くの峻険なる岩山の上にそびえ立ち、古くから難攻不落の天然の要害と謡われていました。
しかも幻の姫が城主となってからは彼女の魔力によって様々な想像を絶する凶悪なモンスターや心肝寒からしめる怪奇現象が城を外敵より守り、現在では許可なく近づくことすら困難と言われていました。
そんな無敵の要塞をどう攻めるかというと、我らがお姫様の考案した策とは、極めて悪魔的なものだったのです。
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よく言われることだが、沈黙とはそれだけで雄弁な解答である。
「やはり図星か……君は彼の愛情が僕に向いたことが悔しいんじゃなくて、無惨にプライドを傷つけられ、そして君の計画になんらかの問題が生じたため、怒っているんだね」
相変わらず端倪すべからざる驚異的な洞察力に私は舌を巻きそうになるも、おくびにも出さずに言い返すことに決めた。
「何さ、知ったような口を叩いて! あんたなんかに何がわかるっていうのさ!」
いけない、つい安っぽい悪役みたいな台詞を吐いてしまう。
「わかるとも。こう見えても僕もこの若さに似合わずけっこう苦労人でね、人の心情を察するのが得意なんだ。様々なレースで人間たちの些細な衝突やすれ違いなどの悲喜こもごもを直接この目で見てきたのもひょっとしたら関係あるのかもしれない」
彼女はまるで老成した大賢者のような遠い目をして、やや顔を上げながら悠久の星々を眺めた。先ほどとは違う質の静寂が空間を包み込み、場は侵すべからざる神聖な空気に満たされた。私は緊張で呼吸をすることも忘れそうになりながら、ふと疑問に思った……このバルコーゼという女性は、一体何者なんだ?
「センナ君、とりあえずこんな格好でずっと立ち話もなんだから、ちゃんと湯舟に浸からないかい? 明日の朝も早いんだろ?」
「……まあ、確かにその通りね」
しぶしぶ私はチューブをしまうと、彼女の提案を受け入れた。