4、脳髄デバイス
『だからって本当に俺の脳みそを取り出す奴があるかー!?』
パールピンクの内装を施されたコックピットの中に、もはや機械音声と化した哀れなアローゼンの悲鳴が木霊する。
「いいじゃないの、飲み食いする必要もないし楽ちんなものよ。大丈夫、もしSDAGに優勝出来たら元の身体に戻してあげるわ」
操縦席に座って唐揚げをかじりながら、私は親切に答えてあげた。因みに右の副操縦士席のアロエは私の代わりになんか色々チェックしてくれている。
『本当か!? てか俺の身体は今現在どうなっているんだ!?』
「ご安心ください、自分の華麗なるメス捌きによって、あなたの頭蓋内には現在ビザコジルの脳髄が移植されております。ご両親には急に様子がおかしくなったので当家の所有する病院に強制入院させるとお伝えしておきました」
眉一つ動かさず、アロエが衝撃の事実をいとも簡単に口にする。
『ビザコジルって……あの俺が贈ったでかい雌猫かよお!? 安心できるかうがあああああああ!』
「あれ、ご存じないのですか? 動物の脳は頭蓋の形によって様々に異なりますが、猫の脳は人間と同じく半球形に近いので、色々と実験に便利なんですよ」
『何でそんなこと知ってやがる!?』
「アロエはメイドだけど医師免許も持ってるのよ。だから私の主治医も兼任してるの」
『じゃあ猫の身体はどうなったんだよ!?』
「今食べてる真っ最中じゃないの。それにしてもあまり美味しくないわね、これ」
「あれだけ高価な餌を自分が毎日与えてやったというのに……まったく恩知らずな畜生ですね、お嬢様」
『食うなやあああああああ!』
「ま、そういうわけで早いとこ優勝しないとあんたの大事な身体がオス猫たちに掘られちゃうわよ。あの子の発情期ってそれはそれは激しかったから」
「確かに……それに尾籠な話題で申し訳ありませんがオス猫の生殖器というものはドリル状の凶器ですから大事な箇所に刺さるとかなり」
『やめろおおおおおおお!』
「うるさいマシンね。いーい? 一言言っておくけど配信の時はちゃんと他の脳髄デバイス同様に堅苦しく喋るのよ。でないとあんたの……」
『ワカリマシタ、センナ様』
急にクソ野郎の声が機械的になったので、私は唐揚げを喉に詰まらせそうになった。
「では、そろそろスタート地点に参りましょう、お嬢様。操縦方法はわかりましたか?」
「これ中々面倒ね。確か……」
私がひじ掛けについている丸いボタンを押すと、コンソールパネルが割れて、目の前にガラスの器に入った溶液に浸かった脳みそがせりあがってきた。これぞ間違いなく現在のアローゼンだ。
「えーっと、まずは脳に振れるか振れない程度に手をかざし、動かしたい身体の部位に軽く触る。発進するならば背筋の辺りを司る部位に触って羽根をイメージし魔動力を注ぎ……」
『ひああああああああああん!』
脳の表面をあれこれつついていると、まるで女の子が感じた時のような嬌声を彼が上げるため、何だか楽しくなってきた。
「魔動力エネルギー充填率100%! 行けます!」
「よーし、レッツゴー!」
轟音と共に我が愛機こと全長18m、重量72tの悪魔のような外見の漆黒の機体【ラキソベロン】は我が家の庭から虚空に向けて飛び立った。鎖に繋がれた数匹の番犬ならぬ番熊が、驚いたのか虚空に吠えたてていた。