3、顔を洗う猫
そしてアローゼンは思わず口に手を当てた。自分の失言に気づいたのだろう。まったく、語るに落ちるとはこのことだ。
「あまり我が社の諜報部員を舐めない方が良いわよ。この女性ってSDAG選手のバルコーゼさんですってね。すごい数の登録者数と再生回数を誇る超有名配信者だそうだけど、中々お綺麗じゃないの。この泥棒猫も宇宙腫瘍だってことは先刻承知よ!」
猫と聞いて呼ばれたと思ったのか、ビザコジルがスリスリと側に寄ってきた。なお、彼女は宇宙猫なので大型犬並みに大きく、餌代が結構馬鹿にならない。
「ゆ、許してくれ! 別に裏切るつもりはなかったんだ! たまたまSDAGの配信見てたら気になったんで大金を投げ銭して連絡入れたら運良く会ってくれただけなんだ!」
「言い訳無用! さて、どうする、アロエ?」
「そうですね……」
細い顎に手を当て考えていたメイドだったが、何かを思い出したようにポンと両手を叩いた。
「近々ドパコール社主催のSDAGの大会が開催されるとの情報を昨日入手しました。なんでも優勝者には無料で宇宙腫瘍の最新の治験を受け、子供を授かるようになる権利を与えると……参加するにはもちろんOBSが必要ですが、それはお嬢様の財力からして問題ないかと思われます」
「ええっ、そんな医療技術がいつの間に!?」
私は驚き目を見張った。宇宙腫瘍は対処療法は出来たとしても根治は不可能とのことでここ何世紀も治療に関して何の進展もなかったのだ。
「さあ、自分には真偽のほどは不明ですが、ドパコール社は我がピコスルファート社同様の巨大複合企業体であり、軍事部門や食品部門などの他、製薬部門や医療機器関連の部門もありますので……さて、OBSのメインコンピュータの内容はご存じですか、お嬢様?」
「えーっと、確か生体の培養脳髄だっけ?」
「はい、その通りです。ですが聞くところによると、実は密かに人間の脳でも十分可能とのことです。取り出した脳に強制的に各種データをインストールすればよいとか。つまり……」
「なるほど、それはとてもいいアイデアね」
私はにっこりと悪魔的な笑みを浮かべる。
ニャアンとビサコジルが無邪気に鳴いて、前脚で顔を拭った。明日のコロニー内の天気は雨だっただろうか?