2、終わりの始まり
―あれはレース開催日よりも一週間前のこと―
私の名はセンナ・ニフレック・ピコスルファート16歳。マグコロールコロニーの巨大コングロマリット・ピコスルファート財団を統べるCEOの一人娘です。お胸が非常に小さいことと、自慢の長い黒髪をセットするだけで一日一時間以上かかるのが最近の悩みです。巷では、恨みのある相手に少しばかり毒のある仕返しをする為悪役令嬢なんてひどいことを言う方もおられますが、それは単なる逆恨みでしょう。
さて、本日はロココ調の自室に婚約者のプルゼニド家のアローゼン・ミルマグ・プルゼニド様を招いて、彼からお誕生日にプレゼントされた飼い猫のビザコジルと一緒に優雅にティータイムを行っていたのですが……
「突然だが、センナさん……あなたとの婚約を破棄させてもらう!」
「ぶはあ!?」
私は思わず飲んでいたフルーツティーを吹き出して彼の顔にぶっかけてしまいました。
「うわっ、熱ちちちちち!」
「あら、ごめんあそばせ。変な聞き違いをしてしまったので、つい……コンニャクおはぎが食べたいですって?」
「だ・か・ら・婚約破棄だって! あんた色々悪い噂があるし……それに内緒にしてただろう! 子供が作れない宇宙腫瘍の身体だってことを!」
「ガーン! 腫瘍だけに」
「そのダサいギャグも大嫌いだ! 隠しても無駄だ。俺は記憶力は抜群なのでな、さっきちらっとゴミ箱に落ちていた採血の検査結果を拝見したが、全ての値が陽性なことを示唆していたぞ!」
しまった、さっき急いで室内を片付けていた時、まずい物は全部まとめて捨ててしまったんだった……てか、お嬢様言葉が面倒になってきたのでもうやめる。
「悪いが失礼させてもらう!」
「お待ちくださいませ、アローゼン様」
ハンカチでハンサムな顔を拭きながら席を立った彼の前に、我が家の優秀なミニスカメイド、アロエが厳然と立ちはだかる。
「なんだ君は!? そこをどけ!」
「いいえ、どきません。確かにお嬢様は宇宙腫瘍ですが、あの腫瘍は身体に巣くったとはいえ稀に年齢を重ねて悪性化する場合を除いては命に別条はなく、普通に社会生活を送ることが出来るんですよ。奪われるのは生殖能力だけです」
「それって結婚に一番重要だろうが!」
「そうでしょうか、今時子供のいない夫婦などいくらでもいますし、養子を取るという手もあります。他にも……」
「もういいわ、ありがとうアロエ。でも私知ってるの。アローゼン、あなた私の他にも付き合っている女性がいるんでしょう」
忠臣のメイドを手で制し、私はとある一枚のプリントアウトされた画像を彼に突きつけた。そこには金色のOBS型巨大ロボットとメイドをバックに、にこやかな笑顔を浮かべているアローゼンと身体にフィットしたパイロットスーツ姿のショートカットの金髪碧眼の女性の姿が写っていた。ちなみに巨乳。
「な……なぜそれを!?」
端正な彼の顔が瞬時に青ざめた。