19、床の間の天井
確かに外見上は問題なくても、普段との何らかの違いを肌で感じるということは往々にしてあるらしい。例えば伝統工芸品の細かい技術などは、その日の温度や湿度によっても細部で異なるため、AIではまだまだ再現できないと聞く。人間の感というのは機械より優れている点がどこかであるのだろう。
「わかったわ、あんたの意見を尊重する。違和感のある場所をもっと具体的に教えてちょうだい」
『おお、信じてくれるのか?』
「本当は浮気野郎の言動なんか1ミリもトラストしたくないんだけどね……場合が場合なだけに仕方がないわ」
『相変わらず心を的確に抉ってくるな……まあ、俺が悪いんだろうけど。えーっと、画面上にマーカーで記すぞ』
電子音の元気がややパワーダウンするも、即座に赤い丸を表示してくれる。中々仕事のできる奴だ。
「えーっと、400m先の天井か……アロエ、ここって一番最外層部よね」
「はい、お嬢様。天井の上は宇宙空間です」
「なるほどね……」
私の危険センサーが敏感に反応する。大昔の船乗りたちは、「舟板一枚下は地獄」などと言って海の恐ろしさを表現したが、ここコロニー内では逆に、「天井一枚上は地獄」ってわけだ。ここは気を引き締めねばならない。
「よし、今から加速魔法で最大速度まで上げつつ、あの床の間の天井を魔動力ミサイルで攻撃するわよ!」
「良いのですか? 意味のない器物破損は後でとやかく言われる可能性がありますよ」
「そこが罠の罠たる所以よ!訴えられたとしてもこちとらいくらでも弁護士くらいダース単位で用意できるから安心して! ついでにちゃんと記録も取っておいてよ!」
「そこまで仰られるのならば了解しました。配信再開いたします。ところで床の間の天井って何のことですか?」
「誰にも読まれない哀れな記事や作品のことを、昔新聞業界の隠語でそう言ったそうよ。言い得て妙ね」
「なるほど、お嬢様のこっそりWEBで投稿されておられる悪役令嬢ものもほとんどPV数やブクマが伸びておられませんしね」
「あんたなんでそんなこと知ってんのよ! うがああああああああああ!」
ショックのあまり、ついさっきのアローゼンと同様に雄たけびを上げてしまう。まったく油断も隙も無いスーパーメイドだ。