131、猫なで声
「フン、言われなくてもやらせてもらうとするわ。では……」
私はここで大きく一つ息を吸い込んだ。身体中に活力がみなぎり、眠気が雲散霧消していく気がする。ここからはわずかなミスも許されない。間違えればその時点で業の深いサラジェンちゃんとやらの後を追うことになる。
「ではルーラン・モイゼルト! 貴様と【ザジテン】に指令を下す! 耳をかっぽじってASMRのようによーく聞け!」
相変わらずの軍隊方式で、私は隣りでホバリングしている彼女とその乗機に下知した。
「そんなの命令内容にもよりますわよ! 昔から、『無茶な命令には逆らう義務がある』って言いますからね」
やつも予想通り果敢に突っかかってくる。まあいいだろう。
「私は考え抜いた上で最上の作戦しか立てない。だからたとえ一見無茶だろうが従ってもらう。それよりも一つ質問がある」
「……一体何ですの? 時間がないから手短にお願いしますわ」
遂に獲物が餌に喰いついた。
「今朝のスタート時、貴様、もとい【ザジテン】は、私、もとい【ラキソベロン】の背中を突如押してグレートホールに突き落としてくれたな。あれは何だったんだ?」
「そ、それは……」
急に彼女が言い淀む。まあ、当然と言えば当然のことだが。
「どうした? 怒らないから正直に言ってみろ」
すごい猫なで声で優しく話しかける。どうせこいつはチョロインだからすぐ落ちるだろう。
「ぜ、絶対に怒ったりなさいません?」
「ああ、リーダーとして、天智神明に誓って約束する」
「じゃ、じゃあ言いますけど、あの時、親友のホーリンを殺したと思しき憎い怨敵である貴方を一番苦しむような方法でじわじわとなぶり殺しにするため、大穴に落とした後、炎のシャワーを浴びせてあげようと考えまして……ねぇ、本当に怒ったりしてませんわよね?」
「……」
私の返答は無回答だった。一旦再び呼吸を整える必要があったからである。ちなみに私が誓うのは悪役令嬢の魂のみであった。