100、潜入
室内は広く、普通の教室ほどはあるかと思われた。様々な機械類に取り囲まれたベッドが十個二列に別れて並んでおり、壁の低位置には地窓がいくつか見られた。夜間にもかかわらず灯りが煌々と灯っており、機械音がピーピーピーピー絶えずやかましく鳴り響いていた。十床のベッドの半数ほどには人が寝ていたが、皆ピクリともせず、入ってきた私に対して何の反応も示さなかった。
(医療スタッフは……?)
私は油断なく周囲に気を配る。私と対角線上にある部屋の隅のベッドサイドに白衣を着た看護師と思われる人影が一人見受けられたが、幸いこちらに背を向けて何やら機械を操作するのに手間取っている様子で、私に気づいた形跡はなかった……今のところは。多分、機械音がうるさいせいで、ドアを開けた音すらろくに聞こえなかったのだろう。
(どうやら大丈夫そうね……さてと、お次は……)
私は更に感覚を研ぎ澄ませる。さっさとホーリンのベッドを特定せねばならない。ざっと見た感じでは、患者たちは皆全身包帯まみれで点滴などの管が繋がっており、誰が誰やらさっぱりだったが、注意深く目を凝らすと、私と三つくらい離れたベッドの上に、青い髪の毛が包帯の隙間から覗いている者が一人だけいた。背丈などから考えて、おそらく彼女だろう。
私は意を決して身をかがめると壁伝いに移動を開始する。ここからはスニーキング技術がものを言う。息を殺し、物音を立てず、出来得る限りの速さで接近していく。失敗は決して許されない。
ベッドに寝ている者たちは、多分レースの脱落者なのだろうが、全員惨たらしい怪我をしたと思われ、側を通るたびに痛々しい姿が目に入るのが精神衛生上あまりよろしくないが、そんなことを言ってる場合じゃない。私は忍者のように存在を消して、一つ、また一つとベッドサイドを通過していく。
(よし、あと一つ……!)
ついにホーリンのベッド間際まで達したとき、眠れる森の予言者の閉じた瞼がわずかに動いた。