1、カウントダウン
昔々、あるところにそれはそれは美しいお姫様がいました。彼女は大地の神を祭る国に産まれ、すくすく成長し、隣国の王子様と婚約しとても幸せでした。しかしある時お姫様は子供が作れない身体だということが王子様にばれてしまい、婚約破棄を言い渡されます。絶望した彼女は悪魔を召喚し魂を売り渡しました。そう、お姫様は魔王だったのです!
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SDAGオーラ杯一日目。
途方もなく太いパイプの中のような、全て白い壁で覆われた通路を漆黒の巨大ロボット型OBS(お嬢様武装システム)を操縦しながら直進中、私ことセンナ・ニフレック・ピコスルファート(16)は何やら嫌な違和感に襲われた。
「センナ様、前方ノ機体ノ動キガ変デス。何ダカワザトユックリ飛ンデイルヨウデス」
悪魔の姿に似た愛機【ラキソベロン】の、脳髄デバイスが私の感覚を見事に言語化して告げる。
「確かにその通りですね、お嬢様。いかがなさいますか? またどこかで恨みでも買われましたか?」
副操縦士席でさっきから呑気に半紙を広げて習字なんぞしていたミニスカ巨乳メイドのアロエが尋ねてくる。茶髪のセミロングだが結構昔かたぎで年齢不詳だ。
「まるでしょっちゅう買ってるみたいに言わないでちょうだい! 今はとりあえず様子を見て……えっ!?」
その時自分の前方を飛んでいた真紅の巨大な西洋の僧兵風の機体が反転すると、いきなり手にしたメイスを構えて呪文の詠唱を開始した。
「お嬢様、魔動力バリアを!」
「わかっているわアロエ! チラージン!」
慌てふためいているうちに敵機の武器の先端から大きな炎の塊が射出され、こちらに向かってくる。だが間一髪完成した魔法障壁のお陰で燃え盛る火の玉は我が黒き機体の表面に触れる寸前に弾け飛んだ。
「危ないわね! 何よあなた!」
ブチ切れた私は相手との魔動力通話を試み、怒鳴りつけた。
「あらあら、お忘れですか、妾のことを、センナさん」
「その妙ちきりんな一人称は……ルーラン!?」
私はようやく相手の正体に気づいた。私が通っている聖ハルシオン学園の同級生で学級委員長をしているいけ好かない奴だ。一見クソ真面目の堅物だが、私の父の会社よりもあっちの家の方が格下なのを根に持って、わざと私の分のプリントを配布しなかったり、私の友達を勝手に昼食に誘ってハブる最悪な腹黒令嬢だ。ちなみに髪は機体と同色の赤毛をゆったりとポニーテールにまとめている。
「いつものネチネチ陰険なイジメはやめてこの機会に実力行使に来たってわけ? こちらこそ望むところよ!」
「何をぬけぬけと仰るのよ悪役令嬢さん! あなたこそ妾にしたことをお忘れですか!? 証拠は握ってますわよ!」
「えーっと、そういえば……あんたが他人の彼氏と浮気してテレビ電話SEXに及んで、クライマックス中に、『ああっ、そろそろ達しますわ! 一緒に参りましょう! 5、4、3、2、1、イックーうッおッほおおおおおーッ!』ってクソ汚いけど笑えるオホ声出してたのをこっそり録画させて『カウントダウンTVSEXNTRオホ声お嬢様』ってタイトルでネット中に動画ばら撒いたアレのこと? 捨て垢でやったのによくわかったわね」
「それですわ! アレがバズったお陰で3カ月間も妾は家にこもる羽目になったんですわ! 一体誰に撮らせたんですか!?」
「ああ、それなら自分がこっそり屋根裏に忍び込んで撮影しました」
ようやく習字を書き上げたアロエが通信に割り込んでくる。彼女は我が家屈指の優秀諜報員でもあるのだ。
「おのれえええええ! くたばりなさいませ! スルピリド! スルピリド! スルピリド!」
勝手に一人で憤慨しているルーランは次々と火球を乱射してくる。もっとも怒りで我を忘れているためか、狙いは大雑把で助かるが。
「まったく逆恨みもいいとこね。こっちの火力はショルダーミサイル二門のみか……いちいちまたバリア張るのも面倒だし、どうする、アロエ?」
「こういう場合には昔から良い戦術がございます。三十六計……」
「逃げるに如かずってね! ケフラール!」
潔い私は思い切って反転し、加速魔法を唱え、通路を逆走した。
「お待ちなさい、センナ! 私の【ザジテン】のスピードからは逃げられませんわよ!」
相手も魔動力バーニアをガンガン蒸して追いかけてくる。想定内だ。
「ふふん……待たないわよ、アロエ!」
「はい、お嬢様。後はこれを……」
「よーし、ドネペジル!」
私は通路を滑空しながらコックピットの窓を開けてさっきアロエから受け取った大きな半紙を風に流して外に飛ばしつつ、我が家に伝わる家系固有魔法を唱える。この重力魔法はある程度の距離の離れた物体の重力に干渉する魔法で、使い用によっては便利なものだ。宙を舞う半紙はたちまちのうちに糊で貼られたようにピタッと白壁に付着した。
「何よ一体……って、えっ!?」
高速でかっ飛ばしていた相手の動きが急に鈍る。してやったりと私はほくそ笑む。人間条件反射には逆らえないものだ。そして今こそ最大の反撃のチャンス!
「くらえ、ドネペジル最大出力!」
魔法の最大出力は発射までにやや溜めがいるが、効果は絶大だ。【ラキソベロン】の手にする黒剣ジクアスが数秒間鈍くうなると、先端から呪文によって増幅され安定した魔動力エネルギーが放出され、腑抜けたようなルーランの機体を直撃する。途端に奴は潰れたカエルのように通路にへばりつき、動けなくなった。
「く、くそおおおお! こんな手に引っかかるとは!」
「あんたみたいな条件反射的に品行方正やってた種類の人間はこんな見え透いた馬鹿な作戦に容易くやられるのよ。あんたが参加しているって聞いてどこかで使えるかと思って念のため暇そうなアロエに頼んでいたのよ。じゃあお先に失礼〜」
「暇そうは余計です、お嬢様」
無表情でブーたれるアロエが、チラッと彼女の作品を見やる。そこにはまるで活字体のように綺麗な文字で『スピード落とせ』と大書されていた。
ちなみに配信動画のコメントは、『カウントダウンTVSEXワロタwてか何時の時代の番組だよ』『アレ消されちゃったみたいだけど誰か動画プリーズ!』『その動画は母乳も出ますか?』『レース中にお習字すんなメイドw』『お習字と言えばファ○通だったっけ?』『スピード違反もダメだけど逆走もダメだよ!免停だよ!』『惚れたぜ悪役令嬢!』と大盛況だった。
「何が悪役令嬢よ! そりゃまあ、たまには結構手ひどくやり返しちゃう時もあるけど、相手が悪いし……」
「お嬢様、クソコメなんぞ放っておいて、先を急ぎましょう」
「……ま、そうね。行くわよ!」
巨人の住処の廃墟のごとき通路を私は威風堂々驀進する。レースに優勝し、不妊治療を受けるため!